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Taysha Gene Therapies (Dallas, TX, USA) ーケンのバイオベンチャー探索(第186回)ー


中枢神経系疾患に対するAAVベクターを用いた遺伝子治療を開発しているバイオベンチャー。AAVベクターの再投与技術、搭載遺伝子の発現量調節技術、中枢神経系疾患に最適化した新規カプシド探索技術などの独自技術を保有。


ホームページ:https://tayshagtx.com/


背景とテクノロジー:

・遺伝子治療のベクターとしてアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターの利用が進んでいる。例えば、2019年にRocheに買収されたSpark Therapeuticsは、先天性の遺伝子変異疾患患者さんの網膜下にAAV2ベクターを投与することで視力を回復させる治療法でアメリカにおけるAAV治療法の初承認を2017年に得ている。また、2018年にNovartisに買収されたAveXisは、先天性の神経疾患患者さんに全身投与でAAV9ベクターを投与することで歩行機能などの障害を回復させる治療法で、2019年にFDAから承認された。


・このような状況の中でAAVベクターによる遺伝子治療を開発しているベンチャーは非常に多い。上記2社以外にも、Voyager TherapeuticsREGENXBIOSolid BiosciencesuniQureLogicBio TherapeuticsSangamo TherapeuticsLysogenePrevail TherapeuticsStrideBioAudentes Therapeuticsとこのブログで紹介したバイオベンチャーだけでもこれだけある。


・一方で最近、AAVベクターの治験では重篤な有害事象の報告が出てきている。Solid Biosciencesのデュシェンヌ型筋ジストロフィー治療のためのAAVベクターSGT-101は、Phase I/II治験中に赤血球と血小板数の減少、補体免疫系反応の活性化、急性腎障害、心肺機能不全が確認されている(参考)。またAudentes TherapeuticsのX連鎖性ミオチュブラーミオパチー治療のためのAAVベクターAT132は、Phase I/II治験中に3例の死亡が確認されている(参考)。これらの治験では高用量のAAVベクターが投与されており、高用量AAVベクターの投与には副作用の懸念がある。


・今回紹介するTaysha Gene Therapiesも、AAVベクターを用いた中枢神経系疾患の治療法を開発しているバイオベンチャーである。中枢神経系疾患のAAVベクター治療薬としてはAveXisの脊髄筋萎縮症治療薬Zolgensma®(Onasemnogene abeparvovec)があるが、すでに2019年にFDAから承認されているが、高用量のAAVベクターを静脈内投与する。Taysha Gene Therapiesでは、AAV9ベクターの髄腔内投与で行っており、脳脊髄液内への直接投与になる。静脈内投与に比べて低用量での治療が可能と考えられる。髄腔内投与は外来患者さんにも適応できるとのこと。


・AAVベクターの次世代技術として以下のような技術の開発を行っている(詳細不明)

AAVベクターの再投与

AAVベクターは一度投与すると生体内にAAVベクターに対する中和抗体ができてしまい、再投与してもAAVベクターの効果が打ち消されてしまう。Tayshaでは、再投与においてAAV9ベクターを迷走神経に投与する技術の開発を行っている。ラットを用いた試験において、AAVベクターの髄腔内投与4週間後もしくは14週間後にAAVベクターを迷走神経に直接注入した結果、迷走神経および神経細胞における導入遺伝子の発現が観察されている。一方、神経炎症や慢性炎症性浸潤は見られなかった。

miRNAを用いた遺伝子発現の時間的制御

レット症候群やFOXG1症候群などの一部の疾患においては、疾患原因遺伝子の発現量は多過ぎても問題がある(例えばレット症候群の原因遺伝子MeCP2は、その発現量が多いために起こるMeCP2重複症候群がある)。Tayshaでは、ハイスループットmiRNAプロファイリングとゲノムマイニングを組み合わせて、新規miRNAターゲットパネルであるmiRARE(miRNA-Responseive Auto-Regulatory Element)を作製している。これらの情報を基に、以下の技術開発を行っている。

搭載遺伝子の3’UTR(3’非翻訳領域)にmiRNA応答配列をいれたAAVベクターを細胞に感染させると、搭載遺伝子が発現し、発現した搭載遺伝子がさまざまな内在性miRNAを誘導し、miRNA応答配列に結合することで搭載遺伝子の発現が抑制されるというネガティブ・フィードバックループ機構を持つ遺伝子発現制御型AAVベクター。

新規カプシド探索

機械学習、カプシドシャッフリング、指向性進化を利用した新規AAVカプシド探索プラットフォームを開発している。シャッフルしたカプシドで作製されたAAVベクターライブラリーを、マウス、非ヒト哺乳類と用いて検証する。これらのカプシドのハイスループットな特性評価のために、単一分子リアルタイムシークエンシング解析(1回の測定でキャプシド遺伝子全体を高精度にシーケンシングできる)を利用している。ニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトそれぞれに指向性を持つカプシドを見出すことで中枢神経系疾患に利用可能なAAVベクターの開発を目指している。


パイプライン:

TSHA-101

CAGプロモーター下でバイシストロニック(1つの遺伝子が2種類のタンパク質をコードすること)にHEXB、P2AとHEXAを発現するAAV9ベクター。脳を中心にGM2ガングリオシドなどの糖脂質が蓄積するライソゾーム病の1つGM2ガングリオシドーシスにおいて遺伝子変異しているHEXA、HEXB遺伝子の補充療法。

開発中の適応症

・前臨床研究段階


TSHA-118

CAGプロモーター下でコドン最適化されたヒト CLN1 相補的DNAを発現するself-complementary AAV(scAAV)9ベクター。scAAVベクターはプラス鎖とマイナス鎖がつながった状態でカプシドに包まれたベクターで、標的細胞内ですぐに二本鎖の状態になることから、遺伝子発現が効率よく起こる。すなわち、遺伝子発現が素早くピークに達するだけでなく、従来の一本鎖 AAV ベクター(ssAAVベクター)に比べて、少ないベクター量でより高い発現レベルが得られる。一方で搭載できる遺伝子サイズは半分(およそ2.3kb)になる。

開発中の適応症

・前臨床研究段階


TSHA-102

神経細胞特異的プロモーターであるMeP426プロモーター下で、MECP2の一部で構成されるminiMECP2遺伝子、miRNA-Responseive Auto-Regulatory Element(miRARE)を組み合わた遺伝子を搭載するself-complementary AAV(scAAV)9ベクター。

開発中の適応症

・前臨床研究段階

レット症候群(MeCP2の遺伝子変異によって起こる疾患)

TSHA-103

JeTプロモーター下で、コドンを最適化したヒトSLC6A1遺伝子を発現するself-complementary AAV(scAAV)9ベクター。SLC6A1ハプロ不全症によっておこるてんかん脳症への治療薬として開発している。

開発中の適応症

・前臨床研究段階

SLC6A1ハプロ不全症(ミオクロニー性アトニー発作、自閉症スペクトラム障害、知的障害を特徴とするてんかんの最も一般的な単発性の原因の一つ)


TSHA-104

イントロンをハイブリッドして改変されたチキンβアクチンプロモーター下で、コドン最適化されたヒトSURF1(Surfeit locus 1)遺伝子を発現するself-complementary AAV(scAAV)9ベクター。

開発中の適応症

・前臨床研究段階

SURF1欠損症(呼吸鎖複合体 Ⅳ欠損症 / COX欠損症(ミトコンドリア呼吸鎖複合体Ⅳ(シトクロムC酸化酵素)の活性低下によりエネルギー産生が低下する)、リー(Leigh)症候群シャルコー・マリー・トゥース病


・その他に主に中枢神経系疾患を適応とした13個の探索段階プログラムがある。


コメント:

・遺伝子補充の遺伝子治療だけでなく、miRNA応答配列を挿入し遺伝子発現量を制御した遺伝子治療や、miRNA遺伝子治療、shRNA遺伝子治療、P2Aをいれることによるバイシストロニック(1つの遺伝子が2種類のタンパク質をコードすること)な遺伝子発現の遺伝子治療など、発展型の遺伝子治療を開発している。in vivo遺伝子治療の方向性の一つになっていきそう。


・self-complementary AAV(scAAV)ベクター(scAAVベクターはプラス鎖とマイナス鎖がつながった状態でカプシドに包まれたベクターで、標的細胞内ですぐに二本鎖の状態になることから、遺伝子発現が効率よく起こる。すなわち、遺伝子発現が素早くピークに達するだけでなく、従来の一本鎖 AAV ベクター(ssAAVベクター)に比べて、少ないベクター量でより高い発現レベルが得られる。一方で搭載できる遺伝子サイズは半分(およそ2.3kb)になる)は遺伝子発現が早くなるメリットがお大きい。ssAAVベクターは遺伝子発現までに非常に時間がかかるため治療効果が見えてくるのも時間がかかる。治験は長期間になるだけで費用がかかるので、メリットがある。一方で、搭載できる遺伝子サイズが小さくなるデメリットに注意が必要。CAGプロモーターはそれだけでかなり大きなサイズだし、miRNA応答配列などいろいろ機能付加したい時には悩ましい問題になるだろう。機能性遺伝子だけにサイズダウンしたミニ遺伝子(TayshaはminiMeCP2)は、その機能が十分かどうかの検証が必要になる。


キーワード:

・遺伝子治療(アデノ随伴ウイルスベクター)

・中枢神経系疾患

・遺伝子変異疾患

・miRNA応答配列


免責事項:

正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対してもケンは責任をとれません。よろしくお願いします。

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