今注目が集まっている血液脳関門透過型アデノ随伴ウイルスベクターであるAAV9による神経変性疾患への遺伝子治療を開発しているバイオベンチャー
背景とテクノロジー:
・脊髄筋萎縮症はSMN1という遺伝子の変異によって起こる神経の病気で、小児期に発症し、最もシビアなI型は歩行さえ困難で、数年以内に死に至る。
・2019年5月、脊髄筋萎縮症治療薬としてAveXis/Novartisが開発したZolgensma(AVXS-101)がFDAによって承認された。これはアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターの一つであるAAV9にSMN遺伝子を載せた遺伝子治療薬であり、静脈への1回注射のみでAAVが血液脳関門を超えて中枢神経系に届き、脳でSMN遺伝子が発現することで生涯に渡って効果が続く(と考えられている)。
・中枢神経系に薬物を送達させる方法としては、これまで脳への直接投与を除くと、低分子化合物による方法しかなかったため、治療の選択肢が限られていた。Zolgensmaの登場により、中枢神経系に対して遺伝子治療するアプローチが確立され、製薬大手を含めて開発が活発化している。
・中枢神経系への遺伝子治療としては今のところ、AAVの脳への直接投与法の開発からスタートさせている会社が多い(例:Voyager Therapeutics)が、AAV9を用いた1回静脈注射の開発もそれに続いている。例えば、AveXis/NovartisはMeCP2遺伝子の変異によって起こる神経疾患であるレット症候群に対してAAV9を用いてMeCP2遺伝子を中枢神経系に発現させる遺伝子治療(AVXS-201)の開発を行っている。
・Prevail Therapeuticsも同様に、AAV9を用いて神経変性疾患の遺伝子治療を開発しているベンチャーである。AAV9のライセンスについてはAveXis/Novartisと同様にREGENXBIOからの技術供与を受けている。REGENXBIOからのスピンアウトベンチャー。
パイプライン:
・PR001
パーキンソン病患者さんの10%以下において、glucocerebrosidase (GBA1)の変異もしくはリスク関連バリアントを持っていることが報告されている。GBA1はβglucocerebrosidaseというライソゾームにある酵素をコードしている遺伝子で、加齢に伴い蓄積する糖脂質(αーシヌクレインなど)の排除や再利用に必要とされる。αーシヌクレインなどのある種の細胞内脂質の蓄積は細胞にとって毒性を持つ。GBA1変異を持つパーキンソン病患者さんへのAAV9ベクターを用いた遺伝子治療。
開発中の適応症
・Phase I/II
GBA1変異を持つパーキンソン病
・ライソゾーム機能関連遺伝子を用いた神経変性疾患への遺伝子治療
パーキンソン病を含む神経変性疾患の一部では、ライソゾームの機能に関連した遺伝子がリスクファクターとして報告されている。ライソゾームの機能を正常化させる遺伝子を発現する遺伝子治療プログラム。
コメント:
・ヒトは生きていく中で野生のAAVに感染している可能性が高い(病原性がないため不顕性感染となる)。そのため成長するにつれAAVに対する抗体を保有しているヒトが多くなる。AveXisのZolgensma(AVXS-101)やAVXS-201は幼少期にAAV9を投与することで、この可能性を回避している。しかし、パーキンソン病などは加齢性疾患のため、幼少期に治療できないため、患者さんの一部(もしくは多く)はAAVへの抗体を保有している可能性が高い。抗体を保有しているかどうかを検査の上で投与されるのだろうが、果たしてどの程度が治療可能な患者さんになるのだろうか。
・AAV9による1回静脈投与による神経疾患は画期的な治療法だが、確かに血液脳関門を透過するのだが、脳内での発現効率は高くない。脊髄筋萎縮症ではそれでも十分な治療効果が見られているが、パーキンソン病で治療遺伝子の発現は十分な量なのかどうかは未だ分からず、不安要素(このため、AAV9よりも中枢移行性が高い変異体AAVの作製競争が加熱している)。
キーワード:
・遺伝子治療(アデノ随伴ウイルスベクター)
・神経変性疾患(パーキンソン病)
免責事項:
正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対しても元製薬研究員ケンは責任をとれません。よろしくお願いします。