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Audentes Therapeutics (San Francisco, CA, USA) ー元製薬研究員ケンのバイオベンチャー探索(第142回)ー

更新日:2020年1月12日

希少疾患に対してアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを用いた遺伝子治療薬の開発を行っているバイオベンチャー。現在課題となっているAAVの大量製造およびヒトへの高濃度投与に関して先行している。2019年12月アステラス製薬による買収が発表された。

ホームページ:https://www.audentestx.com/

背景とテクノロジー:

・遺伝子治療のベクターとしてアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターの利用が進んでいる。例えば、2019年にRocheに買収されたSpark Therapeuticsは、先天性の遺伝子変異疾患患者さんの網膜下にAAV2ベクターを投与することで視力を回復させる治療法でアメリカにおけるAAV治療法の初承認を得ている。また、2018年にNovartisに買収されたAveXisは、先天性の神経疾患患者さんに全身投与でAAV9ベクターを投与することで歩行機能などの障害を回復させる治療法で、承認間近と言われている。

・このようにAAVベクターが注目を浴びているが、一方でいくつかの問題点がある(以下Lysogene紹介記事より一部改変して転載)。

①成人はAAVにすでに感染歴があり、抗体を持っている人が多い(中和抗体という)。そのため、AAVの全身投与ではその中和抗体が投与されたAAVを排除してしまう。治験では事前に中和抗体の有無をチェックしているケースがある。また遺伝性疾患の場合、小児から発症していることが多く、小児の場合中和抗体を持つ可能性が低いため、小児を対象とするアプローチも多い。

②AAVの大量投与は実験動物において肝臓毒性が報告されており、ヒトでもその懸念がある。実際、ヒトにおいても静脈内投与されると多くは肝臓に局在する(今のところそれほど問題とはなっていないようだが)。生殖系列への感染の可能性も報告されている(まだ確認はされていない)。

③大量生産が難しく、コストがかかる。非臨床実験ではHEK293細胞への一過的発現によって生産するが、大量生産では浮遊系のHEK293細胞もしくは昆虫細胞であるSf-RVN細胞を用いたりしているが、それでも大量生産にはまだまだ改良が必要とされている。

④AAVは一本鎖DNAウイルスのため遺伝子発現に時間がかかる。そのため臨床においても非臨床でも、効果が見られるのに時間がかかる。

⑤AAVは小さなウイルスのため、ウイルス内に入れられる遺伝子のサイズが小さい。現状プロモーターを含めて4.7kbが限界とされる。例えばデュシェンヌ型筋ジストロフィー症の治療ではジストロフィン遺伝子を発現させるが、ジストロフィン遺伝子は大きいため、重要な部分だけにした人工のミクロジストロフィン遺伝子が用いられている(Solid Biosciences紹介記事参考)。

⑥脳内に移行できるAAVなど特殊なAAVは特許があり、利用にライセンス契約が必要とされる。例えば、AveXisのAVXS-101はREGENXBIOのNAVテクノロジーのライセンスを受けている。Abeona TherapeuticsもNAVテクノロジーのライセンス契約を締結した(参考)。新たな特長を持つAAVの開発競争も加熱している。

・これらの課題の中でも、最近特に注目されているのが、③の大量製造の課題である。これは、AAVを全身投与する場合、非常に高濃度のAAVが必要であり、その生産が非常に難しいという課題である。その難しさとしては、高濃度の精製されたAAVを作るのにノウハウが必要というだけでなく、高濃度にすることで、不純物の混入リスクが上がるという生産の問題点がある。実際にSolid Biosciencesが治験を行っているミクロジストロフィン遺伝子発現AAV、SBT-001は、高濃度投与(5.0 x 10^13vg/kg)AAVにおいて適切な製造プロセスが行われているか確認するためpartial clinical holdになった(参考)。

・今回紹介するAudentes Therapeuticsは、高濃度の精製されたAAVのGMP製造、およびヒトへの高濃度AAVの投与に関して先行知見を持つバイオベンチャーであり、1回に3.0 x 10^14 vg/kgという高濃度のAAVを静脈内投与するPhase I治験を2017年にスタートさせている。

・AAVのベクターコンストラクトの設計から、ラージスケールの最新式cGMP製造、品質管理など、治験薬製造から商業用製造まで行える製造設備を構築している。1000リットルスケールの製造設備は、リードプロダクトであるAT132の全世界での販売、およびそれに続くパイプラインプロダクトの治験薬製造に対応可能とのこと。さらに追加で8000リットルスケールの拡張が可能な施設を保有している。

パイプライン:

AT132

ミオチューブラリンをコードする遺伝子MTM1をデスミンプロモーター下で発現するAAV8ベクター。1回の静脈内投与。プロモーター制御により筋細胞にのみ遺伝子が発現する。適応疾患であるX連鎖性ミオチュブラーミオパチー(XLMTM)はMTM1遺伝子の遺伝子変異によって起こり、極度の筋力低下があり生後18ヶ月以内に死亡する確率が50%の希少疾患。罹患率はおよそ4万人から5万人の男児に1人。現在のところ治療法はない。

開発中の適応症

・Phase I/II

AT845

グリコーゲンの分解に必要な酵素、酸性αーグルコシダーゼ(GAA)を発現するAAV8ベクター。1回の静脈内投与。疾患によって影響を受ける組織である骨格筋、心臓、神経系に発現する。適応疾患であるポンペ病は、GAA遺伝子の遺伝子変異によって起こるライソゾーム病の一つで、筋力低下、心臓、神経系の障害などを主症状とする。ライソゾームにグリコーゲンが蓄積することと、ライソゾームの機能障害、自己貪食の亢進が筋組織を破壊すると考えられている。罹患率はおよそ4万人に1人。治療法として酵素補充療法があるが、影響を受ける組織へ十分な量届いていないために治療効果が不十分とされている。

開発中の適応症

・IND申請可能試験段階

AT702

ジストロフィン遺伝子のエクソン2をスキップするアンチセンスを発現するAAVベクター。デュシェンヌ型筋ジストロフィーの中でもジストロフィン遺伝子のエクソン2の重複や、エクソン1−5に変異を持つタイプの患者さんへの適応。野生型に近いタイプのジストロフィンたんぱく質の発現を可能とする治療法。

開発中の適応症

・IND申請可能試験段階

AT751

ジストロフィン遺伝子のエクソン51をスキップするアンチセンスを発現するAAVベクター。デュシェンヌ型筋ジストロフィーの中でもジストロフィン遺伝子のエクソン51を読み飛ばすことでフレームシフトしないジストロフィン遺伝子が発現出来るタイプの変異を持つ患者さんへの適応。

開発中の適応症

・非臨床研究段階

AT753

ジストロフィン遺伝子のエクソン53をスキップするアンチセンスを発現するAAVベクター。デュシェンヌ型筋ジストロフィーの中でもジストロフィン遺伝子のエクソン53を読み飛ばすことでフレームシフトしないジストロフィン遺伝子が発現出来るタイプの変異を持つ患者さんへの適応。

開発中の適応症

・非臨床研究段階

AT466

ミオトニンプロテインキ ナーゼをコードするDMPK遺伝子のRNAノックダウンもしくはエクソンスキップを誘導するAAVベクター。これにより毒性を持つDMPKのmRNAの蓄積を阻害する。適応疾患は、19番染色体に存在するDMPK遺伝子の3’非翻訳領域に存在するCTG反復配列の異常な伸長(反復が35回以下が正常、50回以上が異常)によって起こる疾患である筋強直性ミオパチー。筋強直および筋力低下を主症状とする。現在のところ治療法は存在しない。

開発中の適応症

・非臨床研究段階

最近のニュース:

アステラス製薬によるAudentes Therapeutics買収を発表。買収金額は約3200億円。

コメント:

・買収したアステラス製薬は、AAVによる遺伝子治療を希少疾患だけでなく、患者さんの数が多い疾患にも適応したいと考えているが、「背景とテクノロジー」の欄で紹介したようにAAVの課題の一つに「中和抗体」がある。これは、AAVが広く自然界に存在するため、通常の生活の中で不顕性感染して、AAVに対する免疫ができ、中和抗体を保持している人がたくさんいて(健常人の半数以上)、中和抗体を持つ患者さんにAAV投与を行っても免疫で排除されてしまうという課題である。このため今のところAAVによる遺伝子治療は全身投与なら小児のみか、免疫特権部位と呼ばれる目などへの局所投与に限られている。StrideBioではこの問題を解決するためにカプシド部分を改変し中和抗体が反応しないAAVの開発を行っている。

Sayamaさんのツイートによると、Audentes TherapeuticsのCEO Matthew R. PattersonはGenzymeやBioMarine Pharmaceuticalsで遺伝子治療の開発経験があり、それがこの会社のAAV生産体制構築に活かされているとのこと。AAVベクターによる遺伝子治療は、生産・製造ノウハウを持つことが重要との認識からアステラス製薬は買収に踏み切っている。

・最近NovartisやPfizerは、自社で遺伝子治療製品を製造する生産設備の構築に投資している(参考)。生産・製造ノウハウが重要視されている流れの一つだと考えられる。

・AAVベクターを用いて、遺伝子発現のみならずエクソンスキップやRNAノックダウンのアプローチまで行っていることが特長で、今後どのような疾患に広げていくのかが注目される。

キーワード:

・遺伝子治療(アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター)

・希少疾患

・筋肉疾患

・AAVベクターの大量製造

免責事項:

正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対しても元製薬研究員ケンは責任をとれません。よろしくお願いします。

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