中枢神経系疾患に対してAAVによる遺伝子治療に取り組む、2009年創業のバイオベンチャー。ライソゾーム病にフォーカスしている。
ホームページ:http://www.lysogene.com/
背景とテクノロジー:
・遺伝子治療のベクターとしてアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターの利用が進んでいる。例えば、2019年にRocheに買収されたSpark Therapeuticsは、先天性の遺伝子変異疾患患者さんの網膜下にAAV2ベクターを投与することで視力を回復させる治療法でアメリカにおけるAAV治療法の初承認を得ている。また、2018年にNovartisに買収されたAveXisは、先天性の神経疾患患者さんに全身投与でAAV9ベクターを投与することで歩行機能などの障害を回復させる治療法で、承認間近と言われている。
・このようにAAVベクターが注目を浴びているが、一方でいくつかの問題点がある。その中の一つに、感染効率の低さ、そして感染したとしても発現量はそれほど高くないという問題がある(その他の問題点については”コメント”欄参照)。
・この問題点があるため、現状のところ臨床応用されている疾患は限定されている。Lysogeneでは、中枢機能に異常を持つライソゾーム病に着目している。その理由は以下の通り。
・ライソゾーム病は細胞内小器官の一つであるライソゾーム内にある酵素を発現する遺伝子の変異によって起こる疾患であり、本来であれば酵素によって分解される物質が体内に蓄積されてしまうことによって病気が起こる先天性代謝異常疾患である。
・ライソゾーム病の治療法として、欠失している酵素を静脈内投与により補充するという方法がある(酵素補充療法)。この方法である程度の症状緩和がみられるが、酵素の静脈内投与では脳内に届かないため中枢異常の症状は改善することができない。
・一方で、この病気では酵素が、本来、内在性遺伝子より発現する量の10%程度の酵素量で症状改善が見られる。このため低感染効率で低発現の問題を持つAAVベクターでも、症状の十分な改善が期待できる。このためLysogeneでは欠損酵素を発現するAAVの脳内投与による遺伝子治療の開発を行っている。
・LysogeneではAAVを脳内に直接投与する方法を行っている。侵襲性は高いが、中和抗体の問題(”コメント”欄参照)、大量投与による毒性の問題(”コメント”欄参照)などを回避することができる。
パイプライン:
・LYS-SAF302
ムコ多糖症IIIA型(サンフィリッポ症候群A型)において欠失しているヒトN-sulfoglucosamine sulfohydrolase (hSGSH)遺伝子を発現するAAV.rh10ベクター。脳両半球への直接1回投与。Phase I/IIでは小児4人の患者さんに投与された。
開発中の適応症
・Phase II/III
・LYS-GM101
GM1ガングリオシドーシスにおいて欠失しているベータガラクトシダーゼ1遺伝子を発現するAAV.rh10ベクター。脳内への直接1回投与。
開発中の適応症
・前臨床段階(2019年までのPhase I入りを予定)
・LYS-XXX
5’トランケート型ジアシルグリセロールキナーゼκ(Dgkk)遺伝子を発現するAAVベクター。
開発中の適応症
・非臨床研究段階
最近のニュース:
Lysogeneのムコ多糖症IIIA型治療薬LYS-SAF302についてヨーロッパ以外の地域(アメリカ含む)における商業化の権利をSarepta Therapeuticsに供与する契約を締結。
コメント:
・上記の”背景とテクノロジー”に書いたAAVの問題点以外にもAAVには以下6点の課題がある。
①成人はAAVにすでに感染歴があり、抗体を持っている人が多い(中和抗体という)。そのため、AAVの全身投与ではその中和抗体が投与されたAAVを排除してしまう。治験では事前に中和抗体の有無をチェックしているケースがある。また遺伝性疾患の場合、小児から発症していることが多く、小児の場合中和抗体を持つ可能性が低いため、小児を対象とするアプローチも多い。
②AAVの大量投与は実験動物において肝臓毒性が報告されており、ヒトでもその懸念がある。実際、ヒトにおいても静脈内投与されると多くは肝臓に局在する(今のところそれほど問題とはなっていないようだが)。
③大量生産が難しく、コストがかかる。非臨床実験ではHEK293細胞への一過的発現によって生産するが、大量生産では浮遊化したHEK293細胞や昆虫細胞であるSf-RVN細胞を用いたりしているが、それでも大量生産にはまだまだ改良が必要とされている。
④AAVは一本鎖DNAウイルスのため遺伝子発現に時間がかかる。そのため臨床においても非臨床でも、効果が見られるのに時間がかかる。
⑤AAVは小さなウイルスのため、ウイルス内に入れられる遺伝子のサイズが小さい。現状プロモーターを含めて4.7kbが限界とされる。例えばデュシェンヌ型筋ジストロフィー症の治療ではジストロフィン遺伝子を発現させるが、ジストロフィン遺伝子は大きいため、重要な部分だけにした人工のミクロジストロフィン遺伝子が用いられている(参考)。
⑥脳内に移行できるAAVなど特殊なAAVは特許があり、利用にライセンス契約が必要とされる。例えば、AveXisのAVXS-101はREGENXBIOのNAVテクノロジーのライセンスを受けている。Abeona TherapeuticsもNAVテクノロジーのライセンス契約を締結した(参考)。新たな特長を持つAAVの開発競争も加熱している。例えば上記①を解決できる中和抗体に反応しないAAVの開発も行われている。
・脳内投与は侵襲性が高く、外科手術が必要となるところがハードル。ただ、投与するAAVの量が減らせ、しかも全身へは暴露されないため毒性の懸念は下がるのが利点。
キーワード:
・遺伝子治療(アデノ随伴ウイルスベクター)
・ライソゾーム病
・脳内投与
免責事項:
正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対しても元製薬研究員ケンは責任をとれません。よろしくお願いします。