40Hzの光の明滅刺激と40Hzの音刺激を組み合わせたデバイスGENUSを用いたアルツハイマー病の治療法開発を行っているバイオベンチャー。Phase IIaの結果は矛盾点を含んでいたが、今後行われるPhase IIIの結果が待たれる。
ホームページ:https://www.cognitotx.com/
背景とテクノロジー:
・アルツハイマー病は、老年期に発症しゆるやかに進行する、記憶障害を中心とした認知機能障害を主な症状とする認知症であり、認知症の中で最も多くを占める。病理学的に海馬をはじめとする大脳皮質の萎縮、組織学的には細胞外の老人斑と細胞内の神経原線維変化を特徴とする神経変性疾患である(出典)。
・アルツハイマー病治療のためにその病因が探索されていく中で、アルツハイマー病の老人斑の主要成分がアミロイドβであること、家族性アルツハイマー病の原因遺伝子としてアミロイドβの前駆体であるAmyloid Precursor Protein (APP)が同定されたことなどから、アミロイドβの形成や蓄積がアルツハイマー病の原因であるというアミロイド仮説が提唱された。また、APPを切断しアミロイドβを産生させる切断酵素であるγセクレターゼの構成要素であるプレセニンリンも、家族製アルツハイマー病において変異が報告されている。
・そのため、アミロイドβを標的とした創薬が行われた。主要なものは以下の通り。
①アミロイドβの産生抑制
前述の通り、アミロイドβはAPPが切断酵素によって切断されることによって産生される。この切断酵素はγセクレターゼ、βセクレターゼである。これらの酵素活性を抑制したり調整する化合物が多数開発されたが、臨床試験において強い副作用が見られたり、効果が見られなかったことから、現在のところ、承認に至った薬はない。
②アミロイドβの除去
産生されたアミロイドβを除去するコンセプトの薬。代表的なものとして抗アミロイドβ抗体がある。世界のメガファーマがこぞって臨床試験を行ったが、アミロイドβの除去が確認されている抗体もあるものの、認知機能改善効果が見られないなどから、現在のところ、承認に至った薬はない。
・アミロイドβ以外の標的として代表的なものはタウたんぱく質がある。これは上記の神経原線維変化の主要構成成分が微小管結合タンパク質タウであり、さらにリン酸化されていることが報告されている。そこでタウを除去する創薬が行われているが、こちらも現在までのところ臨床試験で芳しい成果は得られていない。
・これらのことから、アルツハイマー病の病因によらない、新しいアプローチの創薬が求められている。そのような創薬を行っているバイオベンチャーの例として、エピジェネティクスを調節する酵素HDACの阻害剤を開発しているRodin Therapeutics、脳内の炎症反応を抑制するRIPK2阻害剤を開発しているDenali Therapetuics、また逆に脳内のミクログリアによる貪食を活性化することで脳内の蓄積物を除去する薬を開発しているAlector、歯周病菌が原因となってアルツハイマー病が進行するという仮説に基づいて、アルツハイマー病治療薬として歯周病菌の出すプロテアーゼの阻害剤を開発しているCortexyme、ミクログリアの貪食能を活性化しつつ脳内炎症を抑える経口投与可能な低分子化合物を開発しているGliaCure、糖代謝・脂質代謝の異常を改善するアルツハイマー病治療薬を開発しているT3D Therapeutics、アルツハイマー病のリスクファクターであるApoE4たんぱく質にアロステリックに作用してApoE4たんぱく質の構造を変化させ、その構造をApoE3様にするアロステリック調整薬を開発しているE-Scape Bio、神経栄養因子であるHepatocyte Growth Factorシグナルを活性化する低分子化合物を開発しているAthira Pharma、小胞体とミトコンドリアの間の相互作用の乱れがアルツハイマー病などの原因であるとの仮説に基づいた治療薬開発を行っているAmylyx Pharmaceuticalsなど、そのアプローチは幅広い。
・今回紹介するCognito Therapeuticsも、新たなアプローチでアルツハイマー病治療を目指すバイオベンチャーだが、その方法は上記のバイオベンチャーと一線を画している。特殊な光の点滅と音の刺激によってアルツハイマー病の治療を目指すアプローチである。
・20~50Hzで共振する興奮性ニューロンと高速スパイクを持つ抑制性ニューロンの局所回路が活性化すると、ガンマ振動と呼ばれる局所磁場電位の振動が生じる。アルツハイマー病などさまざまな神経疾患でガンマ振動が乱れることが明らかになっているが、病理とこの回路特性との相互作用はまだ解明されていない。Cognito Therapeuticsの創業者であるマサチューセッツ工科大学のProf. Li-Huei Tsai、Prof. Edward S. Boydenらは、5XFADモデルマウスを用いて、ガンマ振動が分子病態にどのように影響するかを調べた。その結果、光単独、もしくは音刺激と光刺激を組み合わせた方法によるアルツハイマー病改善の可能性について、2016年にNature、2019年にCellにアルツハイマー病モデルマウスを用いた実験結果として報告している。
・2019年のCellでの報告では、眼からの40Hzのγ波照射(光の明滅)と40Hzの音(振動音のような低い音)を20分間持続的に聞かせた場合、アルツハイマー病モデルマウスの空間記憶および認識記憶が改善したことを示している。また、視覚野、聴覚野、海馬、前頭前皮質など脳全体においてアミロイドβの減少とミクログリアの活性化が観察された。
・2016年のNatureの報告では、オプトジェネティクスを用いて抑制性神経細胞であるFirst Spiking神経細胞をガンマ波(40Hz)で光刺激するとアミロイドβ量が低下した。また遺伝子発現解析では、ミクログリアの形態変化に関連する遺伝子が誘導された。組織学的解析では、ミクログリアとAβの共局在が増加することが確認された。しかし、この方法は侵襲性が高いため、40Hzの光を非侵襲的に点滅させる方法を試した結果、マウスの視覚野におけるアミロイドβ量を低下させることができた。しかし、光刺激単独では一次視覚野領域のみの変化にとどまっており、認知機能改善に対する効果は限定的である可能性があった。そこで2019年のCellの報告では光の明滅刺激に加えて、音の刺激を加えることで、広い脳領域におけるアミロイドβ量の減少と共に、アルツハイマー病モデルマウスの認知機能改善が観察された。
パイプライン:
・GammaSense Stimulation System
40Hzの音刺激と、40Hzの明滅する光刺激を与えるデバイスGENUS(gamma entrainment using sensory stimuli)。これを60分間毎日6ヶ月行うプログラム。
開発中の適応症
・Phase IIa
軽度から中度のアルツハイマー病
最近のニュース
6ヶ月間GammaSense Stimulation System治療群の患者さんは、ADCS-ADLスコアの機能低下が84%、MMSEスコアで測定される記憶力および認知機能の低下が83%、それぞれ有意に抑制された。ADに関連する全脳の萎縮および体積減少が61%有意に減少した。
上記と同一の試験の中でで、ADAS-Cog14、CDR-sbなどの別の認知機能指標においては、改善効果が見られなかった。
コメント:
・アルツハイマー病モデルマウスである5xFADマウス(家族性アルツハイマー病で見られる遺伝子変異5つを併せ持つマウス)において、光刺激と音刺激の組み合わせが認知機能を改善し、マイクログリアを活性化しているという結果は驚いたが、モデルマウスにおいて認知機能改善効果を示しても、臨床では効果がないことが多いため、臨床でどうなるかは未知数だと考えられていた。しかし、「最近のニュース」欄の1つ目のニュースにもある通り、MMSEというアルツハイマー病認知機能スコア、および脳の萎縮について改善効果が見られたことは非常にエキサイティングな結果だった。一方で、「最近のニュース」欄の2つ目のニュースにもある通り、結果については矛盾している部分もあり、今後開始されるPhase IIIの結果を待ちたい。
・本当にこんなことで治療効果が得られるのか?と考えてしまうような話だが、創業メンバーであるマサチューセッツ工科大学のProf. Li-Huei Tsai、Prof. Edward S. Boydenはこの領域の著名研究者であり、その結果や動向は注目されている。
・現状、アルツハイマー病のFDA承認において、CDR-sbやADAS-Cogでの効果確認が必要とされているのではと認識しているのだが、MMSEスコア有効、CDR-sbとADAS-Cogスコア無効で承認される可能性はあるのだろうか?(詳しい方教えてください)
キーワード:
・γ振動
・光刺激と音刺激
・アルツハイマー病
・医療機器
免責事項:
正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対してもケンは責任をとれません。よろしくお願いします。
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