独自のAI技術を用いて新規の抗がん抗原を同定し、その抗原を認識するCARを載せたγδT細胞を用いた他家移植CAR-T細胞療法を開発しているバイオベンチャー
ホームページ:https://kiromic.com/
背景とテクノロジー:
・血液がんの治療薬として、CAR(キメラ抗原受容体)-T細胞療法の著効が報告され、この分野への大手製薬会社の投資が進んでいる。先行したのは、NovartisのKymriah、Kite Pharma(2017年Gileadにより買収)のYescartaだが、メガファーマ、ベンチャーが次のCAR-T療法の開発を進めている。
・これまで承認されているCAR-Tはすべて、患者さんの血液から抽出したT細胞にレトロウイルス/レンチウイルスで外来遺伝子としてCARを導入する自家細胞を用いた移植療法である。だが、この方法には以下のような問題点がある。
①血液採取からCAR-T投与まで時間がかかる
患者さん自身のT細胞を体外で増殖させ加工するために、診断して治療法が選択されてから実際に治療が行われるまでに時間を要する(現在の技術で約3週間)。
②効力のバラつきがある
患者さんごとに異なる細胞を用いるため効力がばらつく。
③製造コストがかさむ
患者さん一人一人に個別に細胞を作るため製造コスト・輸送コストがかかる。
④再治療のハードル
再度同じ治療を行おうと思っても非常に困難である。
・そこで、これらの問題点を解決するために、健康なドナーからのT細胞、つまり他家T細胞にCARを導入した他家移植可能なCAR-T細胞療法の開発が進められている(例:Cellectis、Adicet Bio、Allogene Therapeutics)。
・他家移植可能なCAR-T細胞療法は以下のようなメリットがある。
①素早い投与
事前に作製しておけるため、治療法決定から投与まで時間がかからず、治療タイミングを逃さないため、効果を最大化できる。
②効力の増強(安定)
全ての患者さんに同じ細胞を用いるため、安全性と効力に関して予想がつく。
③製造効率が良い
1回の製造から100人程度分の細胞を調製可能である。製造行程を効率化することでコストを下げることが可能。
④再治療可能
再度同じ治療を行うことが容易(自家の場合、採取できる細胞数に限りがある)。体外で細胞が増えにくい患者さんにも適応可能。
・しかし他家移植可能なCAR-T細胞療法には以下のような問題・課題がある。
①移植片対宿主病(GVHD)
患者さん自身の細胞ではないため、投与されたCAR-T細胞が患者さんの細胞を異物として攻撃する、致死性のあるGVHDを引き起こす可能性がある。
②宿主免疫によるCAR-T細胞排除
患者さんに投与されたCAR-T細胞が、患者さんの免疫細胞によって異物と認識されると排除され、CAR-T細胞の抗腫瘍効果を発揮できない可能性がある。
・そこでこれらの課題解決のために以下のようなアプローチが試みられている
①臍帯血由来のCAR-T細胞
臍帯血由来のT細胞は独自の抗原ナイーブ状態を有している。また、臍帯血由来のT細胞は、活性化T細胞の核内因子(NFAT)シグナル伝達の障害と反応性の低下という特徴を有している。これらのことからGVHDを引き起こすリスクが減少する可能性がある。
②iPS細胞由来のCAR-T細胞
共通のHLAハプロタイプを持つiPS細胞バンクから分化させたT細胞を用いたCAR-T細胞は、免疫拒絶のリスクを最小化できる可能性がある(参考)。
③ウイルス特異的メモリーT細胞
ウイルス特異的メモリーT細胞は非自己細胞を認識しない可能性がある。エプスタイン・バーウイルス特異的メモリーT細胞を用いた他家CAR-T細胞療法が開発中である(参考)。
④γδT細胞
γδT細胞(TCRγ鎖+δ鎖を持つT細胞)は、ヒトの身体の中で数が少ないT細胞である。その役割の多くは分かっていないが、活性化される抗原が見つかっていないことから、他家移植してもGVHDを引き起こしにくいことが示唆されている。Adicet BioはγδT細胞を用いた他家移植CAR-T細胞療法を開発中である。
⑤ゲノム編集によるαβ TCR 欠失
T細胞受容体α鎖定常遺伝子(TRAC)をゲノム編集等の技術でノックアウトすることでαβ TCR を欠失させるとGVHDを抑制できることが示唆されている。Cellectis、Allogene Therapeuticsはこの方法を用いた他家CAR-T細胞療法を開発中である。
・今回紹介するKiromic Biopharmaは、γδT細胞を用いた他家CAR-T細胞療法の開発を行っているバイオベンチャーである。人工知能と独自のニューラルネットワークプラットフォームDiamondを活用したターゲット分子探索技術と独自の非ウイルス性遺伝子編集技術を持ち、これらの技術を新規がん免疫療法に応用している。
・Diamondの認知学習機能とディープラーニング機能は、臨床研究、ゲノム、プロテオミクスデータセットからなる膨大なデジタルライブラリーから情報を抽出する。すべての生データを調和させ、がんターゲットのスクリーニングを可能にするデータセットを作成する。患者集団全体の分布とメチル化状態を提供しながら、関心のある疾患で高度に特異的に発現している遺伝子(バイオマーカー、野生型、変異型、アイソフォーム、ネオエピトープなど)のリストを特定し、優先順位を付ける。これによりT細胞に発現させるCARの抗原およびエピトープを決定する。
・CancerSplice (アイソフォーム標的予測)
独自AIプラットフォームDiamondの構成要素の一つ。
がん細胞は、T細胞(免疫系)による検知と排除を避けるためのさまざまなメカニズムを持つ。この腫瘍防御のメカニズムの一つは、ターゲットタンパク質のオルタナティブスプライシングの選択である。これらのターゲット分子または変異体は、アイソフォームとして知られている。ターゲット分子のアイソフォームには、ターゲット分子の最終的な折り畳まれた形態に加え、以下の方法で認識される能力の両方を変化させることができる一次アミノ酸配列の変化が含まれる。
不均一ながん細胞集団内では、アイソフォームはT細胞による検知と排除を避けるために優先的に拡大し得る。これらのアイソフォームは、T細胞ががん細胞上のターゲット分子に結合することを不可能にし得る。ターゲット分子に結合しないということは、がん細胞を殺すことができないことを意味する。
CancerSpliceは、あるがん種に共通のがん特異的抗原を同定するためのがん特異的アイソフォームを予測する統合されたin silico手法である。CancerSpliceでは、がんターゲット分子の新たなソースとして機能し得るアイソ抗原の予測と優先順位付けを可能にし、がん細胞に高度に特異的でありながら、患者に高度に特異的であるという欠点もなく、がん特異的なアイソ抗原の予測を可能にする。
CancerSpliceは、オープンソースデータベースであるThe Cancer Genome Atlas(TCGA)のデータから、選択した組織においてがん組織で高発現、正常組織で低発現となっているアイソフォームの選別されたリストを提示する。その後、差分分析が実行され、以下の2種類のリストを生成する。
(1)がんでは発現しているが正常組織では発現していないアイソフォーム
(2)正常組織では発現しているが腫瘍でははるかに高いレベルで発現しているアイソフォーム
CancerSpliceでは、リスト内のアイソフォームをクリックして特定のアイソフォームを選択して詳細なパネルに表示することを可能にし、これはその遺伝子の他のすべてのアイソフォームと同様に、そのアイソフォームのための複数配列のアラインメントを表示する。
選択されたがんアイソフォームに特異的なアミノ酸の配列は、Diamondの人工知能ニューラルカプセルネットワークに直接供給され、ペプチド設計と優先順位付けのために利用されている。
・ABBIE(A Binding-Based Integrase Enzyme)
ABBIEは、T細胞のゲノムのあらかじめ決められた正確な位置に、目的のDNAを挿入する非ウイルス性の遺伝子編集法である。ABBIEは以下の2つの主要なコンポーネントから構成されている。
①がん細胞を殺す細胞を再誘導するために必要な治療用遺伝子を含むゲノムテンプレート(ALEXISプラスミド)
②このプラスミドを治療用細胞のゲノムに安全に挿入するための遺伝子編集装置
ABBIEは、ウイルスベクターと比較して、低コストかつ短期間でT細胞のゲノムに目的DNAを導入できるとKiromic Biopharmaは考えている。
また、ゲノムテンプレートが細胞膜を通過して核内に入ることを可能するHIV由来のインテグラーゼをプラスミド末端につないでいる。
・CAR-T細胞療法の安全性向上のため、オフスイッチ(予期せぬ毒性が発生した場合に迅速なシャットダウンを可能にする遺伝子)や、追加の抗腫瘍因子(毒性のある腫瘍微小環境を中和する)を挿入する技術も開発している。
パイプライン:
・ALEXIS AIDT-1
AIDT-1に対するCARを発現する他家移植γδT細胞療法。AIDT-1は悪性B細胞を含むB細胞の表面に発現する抗原。
開発中の適応症
・前臨床試験段階
再発B細胞性急性リンパ芽球性白血病および難治性大細胞リンパ腫
・ALEXIS AIDT-2 EOC
AIDT-2に対するCARを発現する他家移植γδT/NKT-Like細胞療法。
開発中の適応症
・前臨床試験段階
上皮性卵巣がん(EOC)
・ALEXIS AIDT-2 MDM
AIDT-2に対するCARを発現する他家移植γδT/NKT-Like細胞療法。
開発中の適応症
・前臨床試験段階
悪性胸膜中皮腫(MPM)
・PD1-AR
詳細不明。開発ステージは前臨床研究段階。
コメント:
・固形がんに対するCAR-T/TCR-T療法にはさまざまなアプローチがなされているが、現状承認されている治療法はない。他家移植CAR-T療法であれば、複数の抗原に対するCAR-T細胞の投与や、CAR-T細胞の再投与がしやすいため、固形がんに著効する治療法が見つかるかもしれない。
・がん細胞の新規抗原探索のためのAIプラットフォームを持ちながら、自分たちで非ウイルス性ベクターによるCAR-T療法の作製、そして非臨床試験、臨床試験まで行う大掛かりなベンチャー。他家移植CAR-T療法の領域は競争が激しいが、メガファーマにない新規がん抗原CAR-T細胞が作れるかどうか注目。
キーワード:
・他家移植CAR-T細胞療法(γδT細胞)
・非ウイルス性ベクター
・AI創薬
・血液がん、固形がん
免責事項:
正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対してもケンは責任をとれません。よろしくお願いします。
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