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Vir Biotechnology (San Francisco, CA, USA) ー元製薬研究員ケンのバイオベンチャー探索(第163回)ー

更新日:2020年6月20日


抗体医薬品、siRNA、T細胞を用いた感染症治療薬の創製を目指すバイオベンチャー。新型コロナウイルス感染症COVID-19に対する抗体医薬品の開発も行っている。

ホームページ:https://www.vir.bio/


背景とテクノロジー:

・創薬の歴史が語られる際に、ペニシリンの発見から始まることが多い。ペニシリンが自然界の細菌から発見されて以降、環境中の物質を単離し、抗菌活性を調べて抗生物質を作るというアプローチが創薬の中心だった。それにより数多くの抗生物質が生み出され、細菌による感染症の多くは治療できるようになった。


・その結果、多くの感染症は治せる病気となり、創薬のフォーカスは感染症から生活習慣病(代謝性疾患)に移り、高血圧症、動脈硬化、糖尿病などの治療薬が化学合成をベースとした創薬によって生み出された。これらの治療薬は対症療法的な治療薬である場合が多いため、疾患を治すわけではなく、薬を常用する必要がある。そのため、製薬企業は生活習慣病の治療薬によって多くの利益を得ることができた。その結果、完治すると薬が要らなくなる感染症治療薬は利益を生み続けにくいとして、あまり創薬が進まなくなった(多くの感染症が治療可能になったという側面もある)。


・そんな状況下でも多剤耐性菌、結核などは今も治療薬が必要とされていて、創薬を続けている製薬企業もある。また、細菌に対する治療薬(抗生物質など)に比べて、ウイルスに対する治療薬は開発が遅れており、HIVウイルスやB型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、インフルエンザウイルスへの治療薬開発を進めている会社はある。例えばギリアド・サイエンシズは、インフルエンザ治療薬タミフルや、C型肝炎ウイルス治療薬ハーボニー、ソバルディを開発した。しかし、多くの製薬企業にとって感染症は主流ではなく、ギリアド・サイエンシズでさえ、最近はがん免疫創薬に主軸を移しつつある(参考)。


・そんな中で2020年に新型コロナウイルス感染症COVID-19が世界中でパンデミックとなり、原因となるコロナウイルスSARS-CoV-2に対する治療薬、ワクチンの開発が強く求められている。治療薬としては、ギリアド・サイエンシズのエボラ出血熱治療薬レムデシビルや、富士フィルムのインフルエンザ治療薬アビガンのドラッグリパーパシングによるアプローチに注目が集まっている(どちらも臨床結果が報告され始めているが、治験デザインに課題があり、まだ結果はでていない)。また、武田薬品などの血漿分画製剤は、COVID-19から回復したヒトの血漿から作られる抗SARS-CoV-2抗体が含まれる薬のことで、治療薬開発のスピードは早く進む可能性が高い。しかし、原料はCOVID-19から回復したヒトからの血液であり、安定供給が難しい可能性がある。


・SARS-CoV-2に対するワクチンの治験も進められている(参考)。従来型の無毒化・弱毒化ワクチンの開発も進められているが、SARS-CoV-2の持つたんぱく質を発現するmRNA型のワクチンを投与するアプローチは迅速な大量製造に利点があり注目を浴びている。この分野ではバイオベンチャーが活躍しており、ModernaBioNTechCureVacなどが開発競争をリードしている。


・今回紹介するVir Biotechnologyは、B型肝炎、インフルエンザなどの感染症治療薬の開発を行っているバイオベンチャーで、近年の免疫学の発展によって分かってきた知見をベースとした感染症治療薬の探索、開発を行っている。具体的には以下のような4つのプラットフォームを構築している。SARS-CoV-2への治療薬開発も行っている。

抗体プラットフォーム

感染症から回復した人から中和抗体を同定し、完全ヒト抗体として生産する技術。

T細胞プラットフォーム

ヒトサイトメガロウイルス(HCMV)は、ヒトウイルスの中で最も強力なT細胞応答の誘導剤として知られており、他のウイルスワクチンで観察されているものよりも幅広いエピトープに対して、強力かつ長期的なT細胞応答を誘導する可能性がある。Vir Biotechnologyでは、HCMVゲノムに独自の改変を加えることで、病原体に適した様々なタイプのT細胞応答を誘発する技術(免疫プログラミングと命名)を開発している。このプラットフォームは、感染症のみならず、がん領域へも応用できる可能性がある。

自然免疫プラットフォーム

標的病原体に対する獲得免疫を誘導する従来のアプローチと異なり、宿主タンパク質を標的にした宿主指向型の治療技術。自然免疫の力を活用することで、複数の病原体に対して必要な性質を持つ薬を1つ作ることで、「1つの病原体に1つの薬」というパラダイムを打破することを目指す。

siRNAプラットフォーム

病原体の複製を阻害し、病原体の生存に必要な重要な宿主因子を排除し、微生物の免疫対策を取り除くsiRNA。


パイプライン:

VIR-2218

B型肝炎ウイルス表面抗原(HBsAg)を含む全てのB型肝炎ウイルスたんぱく質の産生を阻害するsiRNA。 HBsAgはB型肝炎ウイルスに対するT細胞活性を阻害すると考えられている。Alnylam Pharmaceuticalsとの共同開発。

開発中の適応症

・Phase II

B型肝炎ウイルス


VIR-3434

B型肝炎ウイルスの中和モノクローナル抗体。10種の遺伝子型全てのB型肝炎ウイルスの肝細胞への侵入を阻害し、血中のウイルス粒子レベルを下げる。この抗体は半減期を延長し、B型肝炎ウイルスに対するT細胞ワクチンとして機能する可能性を持つように開発されている。

開発中の適応症

・前臨床研究段階

B型肝炎ウイルス


VIR-2482

A型インフルエンザウイルスに対するユニバーサル(あらゆるA型インフルエンザウイルスに効果を持つ)な予防薬。筋肉内投与。受動免疫を誘導することが期待される。また、半減期を延長するように改変されており、1回投与でインフルエンザ1シーズンの間効果が持続する可能性がある。

開発中の適応症

・Phase I/II

A型インフルエンザ予防


VIR-1111

ヒトサイトメガロウイルスをベースとしたHIVに対するT細胞ワクチン。既存のHIVワクチンとは異なるエピトープを認識する。VIR-1111は、HIVに対して、HLA-E限定免疫応答という特殊な免疫応答を誘導する。

開発中の適応症

・前臨床研究段階

AIDS予防


VIR-2020

ヒトサイトメガロウイルスをベースとした結核菌に対するT細胞ワクチン。既存の結核菌ワクチンとは異なるエピトープを認識する。

開発中の適応症

・前臨床研究段階

結核予防


VIR-7831

VIR-7832

SARS-CoV-2のスパイクたんぱく質を認識する中和モノクローナル抗体。GSKとの共同開発。

開発中の適応症

・Phase II準備中

新型コロナウイルス感染症COVID-19


最近のニュース:

上記「パイプライン」欄記載のVIR-7831、VIR-7832の共同開発に加えて、CRISPRスクリーニングとAI技術を組み合わせて、ウイルスの細胞への感染を阻害できる細胞内ターゲット分子を探索し、抗コロナウイルス化合物を見出す研究を行う。Vir Biotechnologyは、GSK以外にも、①Alnylam Pharmaceuticalsと、COVID-19治療のためのsiRNA、②Generation BioとSARS-CoV-2に対する抗体治療をブーストするための非ウイルス遺伝子治療の探索を行うことを発表している。


COVID-19治療のための抗体医薬品の開発と製造に関するコラボレーション契約をBiogenと締結。


上海のWuXi Biologicsと、SARS-CoV-2に対するヒト抗体医薬品の開発、製造、商業化に関する契約を締結。WuXi Biologicsは中華圏における販売権を持つ。


Vir Biotechnologyの持つパイプラインのうちの4つまでのプロダクトについて、上海のBrii Biosciencesは中華圏における権利を獲得。

コメント:

・近年技術開発が進んだ抗体医薬品、T細胞、siRNAの最新テクノロジーを、感染症に特化して開発するというユニークなアプローチを行ってきたVir Biotechnologyが、COVID-19のパンデミックによって一気に注目を浴び、今年に入り多くの大手企業とコラボレーションを発表した。ドラッグリポジショニングやワクチンと異なる新規の抗体医薬品というアプローチで、どれほどの速さでどんな結果が出るのか注目される。


・新型コロナウイルス感染症COVID-19のパンデミックによって、Vir BiotechnologyやModernaBioNTechCureVacなど、疾患領域横断的に使えるプラットフォーム技術を持つ会社の価値が高まっている。スピード感を持って創薬ができることの重要性もますます高まってきているのではないだろうか。



キーワード:

・感染症

・新型コロナウイルス感染症COVID-19

・抗体医薬品(中和モノクローナル抗体)

・核酸医薬品(siRNA)

・免疫


免責事項:

正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対しても元製薬研究員ケンは責任をとれません。よろしくお願いします。

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