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SpliceBio (Barcelona, Spain) ーケンのバイオベンチャー探索(第258回)ー

更新日:2022年3月20日


アデノ随伴ウイルスベクターの課題の一つである搭載遺伝子サイズの制限(4.7kb以下)に対して、たんぱく質スプライシングという独自技術プラットフォームでの解決を目指すバイオベンチャー


ホームページ:https://splice.bio/


背景とテクノロジー:

・アデノ随伴ウイルス(AAV)は、遺伝性疾患の治療において選択される遺伝子治療ベクターである。例えば、2019年にRocheに買収されたSpark Therapeuticsは、先天性の遺伝子変異疾患患者さんの網膜下にAAV2ベクターを投与することで視力を回復させる治療法でアメリカにおけるAAV治療法の初承認を2017年に得ている。また、2018年にNovartisに買収されたAveXisは、先天性の神経疾患患者さんに全身投与でAAV9ベクターを投与することで歩行機能などの障害を回復させる治療法で、2019年にFDAから承認された。


・アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを用いた遺伝子治療の臨床開発が進む中でその課題も明らかになってきている。主なものは以下の通り。

中和抗体の存在

成人の多くはAAVにすでに自然感染の感染歴があり、そのような人はAAVに反応・除去する抗体(中和抗体という)を保有している。そのためAAVの全身投与では、その中和抗体が投与されたAAVを排除してしまう。治験では事前に中和抗体の有無をチェックしているケースがある。一方、遺伝性疾患の場合、小児から発症していることが多く、小児の場合中和抗体を持つ可能性が低いため、小児を対象とするアプローチも多い。

大量投与による毒性

AAVの大量投与は実験動物において肝臓毒性が報告されており、ヒトでもその懸念がある。実際、ヒトにおいても静脈内投与されると多くは肝臓に局在する(今のところそれほど問題とはなっていないようだが)。生殖系列への感染の可能性も報告されている(まだ確認はされていない)。

製造コスト

大量生産が難しく、コストがかかる。非臨床試験では接着させたHEK293細胞への一過的発現によって生産する。一方、臨床試験における大量生産では浮遊系のHEK293細胞もしくは昆虫細胞であるSf-RVN細胞を用いているが、それでも大量生産にはまだまだ改良が必要とされている。

効果発現までの時間

AAVは一本鎖DNAウイルスのため遺伝子発現に時間がかかる。そのため臨床においても非臨床でも、効果が見られるのに時間がかかる。

搭載できる遺伝子サイズの制限

AAVは小さなウイルスのため、ウイルス内に搭載できる遺伝子のサイズが小さい。現状プロモーターを含めて4.7kbが限界とされる。例えばデュシェンヌ型筋ジストロフィー症の治療ではジストロフィン遺伝子を発現させるが、ジストロフィン遺伝子は大きいため、重要な部分だけにした人工のミクロジストロフィン遺伝子が用いられている(Solid Biosciences紹介記事参考)。

ライセンス

脳内に移行できるAAVなど特殊なAAVは特許があり、利用にライセンス契約が必要とされる。例えば、AveXis(2018年Novartisにより買収)のZolgensmaはREGENXBIOのNAVテクノロジーのライセンスを受けている。Abeona TherapeuticsもNAVテクノロジーのライセンス契約を締結した(参考)。新たな特長を持つAAVの開発競争も加熱している。


・今回紹介するSpliceBioは上記課題の「⑤搭載遺伝子サイズの制限」を解決する可能性を持つ独自技術プラットフォームを持つバイオベンチャーである。AAVベクターを使って大きな遺伝子を効率的に導入することを目指している。

・この新しい独自技術では、インテインという分子が非常に効率的にたんぱく質のスプライシングを触媒し、生体内で目的の治療用たんぱく質全長を再構成することができる。スプライシングといえば、通常知られているのがmRNAのスプライシングで、pre-mRNAから成熟mRNAになる過程においてイントロン領域を切り出しエクソンだけにする過程のことである。SpliceBioが着目しているのは、たんぱく質のスプライシングで、インテイン(pre-mRNAのイントロンにあたる)という領域が切り出され、エクステイン(pre-mRNAのエクソンにあたる)が再結合し成熟たんぱく質が生成される。この切り出されるインテインがたんぱく質スプライシングを制御している。

・インテインは、あらゆる生物が持っており、ペプチド結合の切断と形成からなる多段階の生化学反応であるたんぱく質スプライシングと呼ばれるユニークな翻訳後の自己処理イベントを制御する介在たんぱく質ドメインである。インテインは事実上あらゆるポリペプチドのバックボーンを化学的に操作するために使用することが可能であるが、エクステイン中に特定のアミノ酸配列を持たなければスプライシング効率が著しく低下するという課題がある。

・この課題を解決する技術が2017年に報告された(論文はこちら)。この報告の中で著者らは、天然インテインに対し標的飽和変異導入法を用いて様々な変異体を作り、特定のアミノ酸配列という制限をできるだけなくしたインテイン変異体を発見した。これにより、発現させた2つの任意たんぱく質を生体内で1つにつなぐことができるようになった。これを用いて、サイズの大きな遺伝子をAAVベクターを用いて生体内で発現させる場合、2つに分けて人工インテインを付けて発現させ、生体内でたんぱく質発現後に2つをドッキングすることで機能たんぱく質を作らせるというアプローチが可能となった。


パイプライン:詳細未開示

スターガルト病プログラム

網膜の遺伝性疾患であって若年性の黄斑変性とも呼ばれ、8千~1万人に1人がこの病気に罹患すると推定されている。スターガルト病を発症すると徐々に視細胞が損傷され、視野の欠損、色覚異常、歪み、ぼやけ、中心部が見えにくいといった様々な症状が見られる。網膜において視覚を得るために重要な視覚サイクルというのがあるが、光を受容することで網膜内で形成される毒性代謝産物がある。この毒性代謝産物は網膜内の別の細胞で代謝されて無毒化させるのだが、この毒性代謝産物を輸送する分子としてABCA4という分子がある。スターガルト病の約95%ではこのABCA4遺伝子に変異があると言われている。しかしABCA4遺伝子は約6.8kbあり、1つのAAVベクターに搭載するには大きすぎる。そこでSpliceBioではこの遺伝子を2つに分けインテインによって生体内で再結合させ機能たんぱく質を発現する技術の開発を行っている。

開発中の適応症

・開発ステージ不明

スターガルト病


コメント:

・「背景とテクノロジー」欄にも書いたようにAAVベクターの搭載遺伝子サイズの問題解決法としては機能ドメインだけに絞って小型化したミニ遺伝子を発現させるアプローチが一般的である。しかし、機能ドメインだけに絞っても4.7kbを超えてしまう遺伝子もあることが推定され、必ずしも小型化できるとは限らない。SpliceBioのこのアプローチは、大きなサイズの遺伝子の変異が原因となっている嚢胞性線維症などの遺伝子変異疾患や、Cas9などの大きな遺伝子を発現させる必要があるin vivoゲノム編集の臨床応用に役立つかもしれない。


・一方で、SpliceBioの技術では、1つの細胞に対して2種類の異なる遺伝子を搭載したAAVベクターが2重感染する必要がある。AAVベクターは感染効率は低いわけではないが、ヒトの生体内で高効率で2重感染できるかどうかはまだわかっていない。


キーワード:

・たんぱく質スプライシング

・遺伝子治療(アデノ随伴ウイルスベクター)

・眼疾患(スターガルト病)


免責事項:

正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対してもケンは責任をとれません。よろしくお願いします。

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