生体内のユビキチンシステムを利用した低分子化合物創薬を行っているバイオベンチャー。ターゲット分子を特異的に分解誘導する創薬と、ターゲット分子のユビキチン化を阻害することで分解阻害する創薬の両方のアプローチを行っている。Sanofi、Gilead、Celgeneと提携。
ホームページ:https://www.nurixtx.com/
背景とテクノロジー:
・調節不全のたんぱく質や、変異遺伝子から転写・翻訳されたたんぱく質が、多くのヒトの疾患の発生や進行の核となっている。正常なたんぱく質の分解レベルも、病気に関連するたんぱく質の分解レベルもユビキチンシステムによって制御されている。E3ユビキチンリガーゼは、たんぱく質の分解レベルを制御するのにキーとなる酵素だが、ユビキチンシステムそのものやE3ユビキチンリガーゼを操作することで多くの疾患を治療できる可能性がある。
・生体内においてタンパク質は不用になると分解される。これは、E3ユビキチンリガーゼによって不用たんぱく質と認識されて、不用たんぱく質にユビキチンが付加され、そのユビキチンにユビキチンがつながってポリユビキチン化されることで目印となり、ポリユビキチン化された不用たんぱく質は細胞内になるプロテアソームというたんぱく質分解酵素の集まった袋に運ばれ、分解される。
・ユビキチンシステムに着目した創薬として今最も注目されているのはPROTAC(Proteolysis-Targeting Chimera)である。PROTACはターゲットタンパク質とE3ユビキチンリガーゼをつなぐ低分子化合物を投与することによって、ターゲットたんぱく質のポリユビキチン化を促し、病原となるたんぱく質の分解を誘導する技術である。Arvinas、Kymera Therapeutics、C4 Therapeuticsなどのベンチャーや、ファイザーなどのメガファーマがPROTACもしくは類似のアプローチの創薬開発に注力している。
・今回紹介するNurix Therapeuticsも、E3ユビキチンリガーゼを制御することでたんぱく質分解システムをコントロールし、疾患を治療することを目指すバイオベンチャーである。Nurix Therapeuticsでは
①E3ユビキチンリガーゼを利用する低分子化合物創薬(PROTACと同じアプローチ)
②E3ユビキチンリガーゼを阻害する低分子化合物創薬
の2つの創薬探索プラットフォームを独自に確立している。2つのプラットフォームの詳細は以下の通り。
①Chimeric Targeting Molecule
Nurix Therapeutics独自のE3ユビキチンリガーゼ結合分子と、創薬ターゲット分子と結合する分子をリンカーでつないだ低分子化合物。コンセプトとしてPROTACと同じアプローチ。創薬ターゲット分子とE3ユビキチンリガーゼを近づけることで創薬ターゲット分子をユビキチン化し分解を誘導する。
②E3 Ligase Inhibitor
E3ユビキチンリガーゼを阻害する低分子化合物。創薬ターゲット分子がユビキチン化されるのを阻害することで、創薬ターゲット分子の分解を抑制する。Celgeneとのコラボプロジェクト。
・創薬ターゲット分子に結合する低分子化合物の探索には、独自に確立したDNAエンコードライブラリーを用いている。DNAエンコードライブラリーの説明は、ファイザーSenior Scientistのmasayaさんのブログを参照(こちら)。
パイプライン(詳細未開示):
・CBL-B
E3ユビキチンリガーゼの1つであるCBL-Bを阻害する低分子化合物
開発中の適応症
・前臨床研究段階
がん(がん免疫)
・BTK
BTK(ブルトン型チロシンキナーゼ)の分解を誘導する低分子化合物(Chimeric Targeting Molecule)
開発中の適応症
・前臨床研究段階
血液疾患/がん
最近のニュース:
E3 Ligase Inhibitorのプラットフォームを用いたがん・免疫・炎症に関する疾患治療薬の共同研究、開発、販売に関する契約をCelgene(現在はBMS傘下)と締結
たんぱく質分解誘導薬技術を用いたがんおよびその他の疾患治療薬の共同研究、開発、販売に関する契約をGileadと締結
たんぱく質分解誘導薬技術を用いた疾患治療薬の共同研究、開発、販売に関する契約をSanofiと締結
コメント:
・Celgene、Gilead、Sanofiという名だたる大手製薬会社とのコラボ契約を締結しており、ユビキチンシステム創薬に関する高い技術力が評価されているようだ。
・E3 Ligase Inhibitorの創薬プラットフォームは、ターゲット分子が分解されるE3ユビキチンリガーゼを同定する必要がある(もしくは逆でE3ユビキチンリガーゼが分解するたんぱく質を同定する)。そしてこのアプローチだと、そのE3ユビキチンリガーゼで分解される別のたんぱく質の分解も阻害されてしまい副作用が出ないか懸念される。ヒトでは600種類以上のE3ユビキチンリガーゼがあることが推定されている(参考)が、それでも全たんぱく質に個別のE3ユビキチンリガーゼがあるわけではないのは明らかなので、標的以外のたんぱく質分解も阻害されるだろう。
キーワード:
・タンパク質分解誘導薬
・E3ユビキチンリガーゼ阻害薬
・がん
・血液疾患
・低分子化合物
免責事項:
正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対しても元製薬研究員ケンは責任をとれません。よろしくお願いします。
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