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Kymera Therapeutics (Cambridge, MA, USA) ー元製薬研究員ケンのバイオベンチャー探索(第138回)ー

更新日:2020年1月12日

E3ユビキチンリガーゼと標的たんぱく質の両方に結合する低分子化合物で、これまで創薬標的ではなかったたんぱく質に対する創薬を行っているバイオベンチャー

ホームページ:https://www.kymeratx.com/

背景とテクノロジー:

・これまでの低分子化合物は、活性部位にポケットと呼ばれる構造を持つタンパク質しかターゲットにすることができなかった。これは全タンパク質の25%程度と言われている。それ以外のタンパク質に作用できる低分子化合物を標的とする薬はこれまで狙って作ることは難しかった。

・一方で近年、核酸医薬品などで用いられるRNAiテクノロジーやCRISPRテクノロジーでは、多くの(ほとんどの)標的たんぱく質の発現を抑制できるという利点があるものの、現在のところ経口投与はできず、作用部位も局所で全身に作用させることもできない。

・そこで最近注目されているのがE3ユビキチンリガーゼと標的たんぱく質の両方に結合する低分子化合物である。この低分子化合物は、標的たんぱく質と結合する構造部分とE3ユビキチンリガーゼと結合する構造部分をつないだ化合物である。標的たんぱく質とE3ユビキチンリガーゼを近接させることで、標的たんぱく質をポリユビキチン化させる。ポリユビキチン化された標的たんぱく質はプロテアソームに運ばれ、分解されるという、標的たんぱく質を阻害するのではなく生理的なたんぱく質分解機構に乗せるというアプローチである(参考)。

・この低分子化合物は、活性部位にポケットを持たないたんぱく質もターゲットとできるため、全たんぱく質のおよそ80%以上を標的とすることができるとされている。また、核酸医薬品と異なり経口投与できる化合物をデザイン可能である。

・また、このたんぱく質分解誘導化合物は、E3ユビキチンリガーゼによって標的たんぱく質をユビキチン化させると、解離して次の標的たんぱく質とE3ユビキチンリガーゼに結合する。つまり、たんぱく質分解誘導化合物は、触媒のように働く。そのため、以下の3つのベネフィットが期待できる。

①非常に少量の化合物でも多くの標的たんぱく質を分解できる

②長期間作用が持続できる(標的たんぱく質の新規遺伝子発現が遅い場合は、さらに長期で作用が続く可能性も)

③標的たんぱく質との結合力が弱い構造部分(リガンド)でも利用できる(解離しづらいと触媒のように働けず、むしろ効力が弱くなる可能性がある)

・今回紹介するKymera Therapeuticsは、このようなたんぱく質分解誘導低分子化合物の創製を行っているバイオベンチャーで、独自プラットフォームとしてPegasusプラットフォームを保有している。以下の6つの技術・ノウハウを用いてたんぱく質分解誘導薬を作り出す。

①アルゴリズムをベースとした予測モデル

②インフォマティクスと構造生物学(標的たんぱく質同定)

③独自の新規E3ユビキチンリガーゼ探索

④疾患特異的な分解系の探索

⑤最新の分解測定系

⑥標的たんぱく質のリガンドとなる可能性の包括的な化合物評価系

・同様のたんぱく質分解誘導薬開発で先行している会社としてArvinasがある。アンドロゲン受容体の分解を誘導するARV-110で、前立腺がんを適応とした治験をすでにスタートさせている(参考)。

パイプライン(詳細未開示):

KYM-001

IL–1R / TLRシグナル経路のキナーゼ分子であるIRAK-4(interleukin-1 receptor-associated kinase 4)の分解を誘導する低分子化合物。

開発中の適応症

・非臨床研究段階

がん、炎症、免疫

JAK/STAT

JAK/STATシグナル経路の転写因子であるSTAT3の分解を誘導する低分子化合物。

開発中の適応症

・非臨床研究段階

がん、炎症、免疫

Epigenetics

エピジェネティクス経路の分子(未公開)の分解を誘導する低分子化合物。

開発中の適応症

・非臨床研究段階

がん

最近のニュース:

Kymeraの持つPegasusプラットフォームを用いて、重篤な疾患に対するたんぱく質分解誘導低分子化合物創製を行う4年間の共同研究開発契約を、米Vertexと締結。

コメント:

・現在のところ、結合できるリガンドが見つかっているE3ユビキチンリガーゼはvon Hippel–Lindau (VHL)(elongins BとC、cullin 2、ring box protein 1 (Rbx1)と複合体を作ってE3ユビキチンリガーゼとして働く)とCereblon(DNA damage-binding protein-1 (DDB1)、Cullin 4 (Cul4A or Cul4B)、regulator of Cullins 1 (RoC1)と複合体を作ってE3ユビキチンリガーゼとして働く)。加えて、cIAP(cellular inhibitor of apoptosis protein)やMDM2(Mouse double minute 2 homolog)も報告がある。最近報告されたのはDCAF16(CUL4-DDB1 E3ユビキチンリガーゼの基質認識部位として働く)や、 RING (really interesting new gene) ドメインE3ユビキチンリガーゼの一つであるRNF114。特許の問題から、たんぱく質分解誘導に使える新たなE3ユビキチンリガーゼの同定、およびそれに作用できる低分子の取得競争が活発化している。Kymera TherapeuticsもPegasusプラットフォームから新たなE3ユビキチンリガーゼ同定を目指している。ヒトゲノムには600以上のE3ユビキチンリガーゼがコードされており、もっと分解活性の高いE3ユビキチンリガーゼが同定できる可能性がある。

・たんぱく質分解誘導薬としてはArvinasが持つ独自技術であるPROTAC(Proteolysis-Targeting Chimera)が1番有名だが、これは化合物が結合するE3ユビキチンリガーゼとして上記のVHLやCereblonを用いている。類似の技術としてはSNIPER(Specific and Nongenetic Inhibitor of Apoptosis Protein (IAP) dependent Protein Eraser)があるが、これはE3ユビキチンリガーゼとしてcIAP1を用いる。

・創薬標的として難しかった転写因子や足場たんぱく質を標的たんぱく質とした創薬が行われており、画期的な薬が生まれる可能性がある。

・たんぱく質分解誘導の場合、化合物と標的たんぱく質やE3ユビキチンリガーゼの結合力より、どうやって三元複合体(標的たんぱく質、E3ユビキチンリガーゼ、化合物)を形成するのかという構造がキーとなる。そのため、化合物の標的たんぱく質結合部分とE3ユビキチンリガーゼ結合部分をつなぐリンカーにもノウハウが必要となるようだ。現状としてはリンカー部分のデザインはかなりトライアンドエラーで行われている。

・たんぱく質分解誘導薬の課題としては、標的たんぱく質とE3ユビキチンリガーゼの両方に結合するために化合物の分子量が大きくなりがちで、そのために経口投与による体内移行性や細胞膜透過性に影響がでることがある。


キーワード:

・たんぱく質分解誘導薬

・低分子化合物

・がん

・炎症、免疫

免責事項:

正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対しても元製薬研究員ケンは責任をとれません。よろしくお願いします。

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