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Arbor Biotechnologies (Cambridge, MA, USA) ーケンのバイオベンチャー探索(第281回)ー

更新日:2022年11月6日


CRISPR/Cas技術の世界的権威であるMIT/ブロード研究所のProf. Feng Zhangらが創業した注目のバイオベンチャー。最新のCRISPR/Cas技術を用いてこれまでのCas9にはないユニークな作用メカニズムの遺伝子治療薬創製を目指している。


ホームページ:https://arbor.bio/


背景とテクノロジー:

・低分子化合物を用いた創薬が主流だった時代、遺伝性疾患に対する治療薬開発は非常にハードルが高かった。しかし近年、ウイルスベクターを用いた遺伝子補充治療法が開発され、その治療法開発の可能性が高まってきている。例えば、2019年にRocheに買収されたSpark Therapeuticsは、先天性の遺伝子変異疾患患者さんの網膜下にアデノ随伴ウイルス(AAV)2ベクターを投与することで視力を回復させる治療法でアメリカにおけるAAV治療法の初承認を2017年に得ている。また、2018年にNovartisに買収されたAveXisは、先天性の神経疾患患者さんに全身投与でAAV9ベクターを投与することで歩行機能などの障害を回復させる治療法で、2019年にFDAから承認された。


・そんななか、ヌクレアーゼを用いたゲノム編集技術が開発され、遺伝性疾患治療への応用の可能性から開発競争が進んでいる。遺伝子の改変技術は古くからあるが、ゲノム編集技術は、これまでの技術に比べて、その編集効率の高さにより一気に注目を浴びた。最初に、ジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN、1996年)やTALEN(2010年)という制限酵素Fok IとDNA配列認識技術を組み合わせた方法が開発されたが、標的配列を認識させる方法のデザイン・構築に難があるという欠点があったSangamo TherapeuticsはZFNの臨床開発を行っている)。

・そこでこれらの方法が改良されたCRISPR/Casという技術が2012年に開発された。これはDNA配列の認識にガイドRNAという20塩基の相同配列を持つ一本鎖RNAをデザインし、DNAを切断する酵素(ヌクレアーゼ)であるCasと組み合わせることで、目的のゲノム領域を自由に変えることができ、しかも効率が非常に高いという特長を持つ。

・天然に存在するCRISPR-Cas免疫システムは、核酸切断に多たんぱく質複合体を用いるクラス1と、切断に単一たんぱく質のエフェクタードメインを用いるクラス2に分類されている。クラス2システムは、単一たんぱく質エフェクタードメインの利点から、生物学研究およびトランスレーショナルアプリケーションに最も広く利用されているCRISPRツールである。クラス2システムは、さらに3つのタイプ(II、V、VI)に分類され、それぞれが異なるタイプのCasタンパク質を用いている。クラス2システムからのCasタンパク質のうち、ほとんどのタイプII Cas9変種およびタイプV Cas12変種は、RNA誘導DNAエンドヌクレアーゼ活性を有し、タイプVI Cas13変種は、優先的なRNA標的および切断活性を示す。

・CRISPR/Cas技術を医療応用する方法としては、体外で細胞にゲノム編集してからその細胞をヒト体内に投与するEx vivo法と、CRISPR/Casに関与する分子であるガイドRNAやCasたんぱく質をコードする遺伝子(もしくはRNAやたんぱく質そのもの)を標的細胞に投与し、体内でゲノム編集するIn vivo法がある。

・CRISPR/Cas技術を体内で行った場合(つまりIn vivo法)にどんな問題があるかはまだ分かっていない(すでにが臨床試験は複数進行中)。Ex vivo法はCRISPR/Casで細胞のゲノムがどのように編集されたかを確認した上で投与できるので、その点リスクは少ないが、細胞の形で投与することになるので、適応できる疾患が限られる(正常細胞や治療用細胞を足せば効果がある疾患)。一方でIn vivo法は、CRISPR/Casに関わる分子を標的細胞にデリバリーする必要があり、その技術の開発が必要となる。


・例えば、Editas Medicineの EDIT-101 は、AAV5ベクターにCRISPR/Cas分子を搭載し、網膜に投与する治療法の臨床試験を開始している。一方、Intellia TherapeuticsのNTLA-2001は、Cas9たんぱく質とガイドRNAのmRNAを脂質ナノ粒子(LNP)に内包させて静脈内注入する治療法の臨床試験を開始している。NTLA-2001については、2021年6月26日のNEJMにおいてPhase Iの中間報告がなされ、標的遺伝子TTRの産物である血中トランスサイレチンが高用量群で87%減少していたことを報告している。


・このようにゲノム編集技術はin vivo、ex vivoの両方で開発が進んでおり、今後もさまざまな疾患に応用されていく可能性が高いと考えられているが、一方でさまざまな課題がある。その1つが先にも述べた、In vivo法におけるCRISPR/Casに関わる分子を標的細胞にデリバリーする技術の開発である。現行のAAVベクターやLNPを用いた方法は、局所投与以外の方法で標的細胞を選ぶことができない。AAVベクターはセロタイプ(血清型)ごとに異なった細胞指向性はあるが、標的細胞の選択は限定的である。LNPは静脈内投与の場合、肝臓への指向性があるが、肝臓以外への指向性を持つLNPは開発途上である。

・今回紹介するArbor BiotechnologiesはCRISPR/Cas技術について、7つのゲノム編集技術を保有しているバイオベンチャーである。この7つのゲノム編集技術によって、ゲノムの90%以上をカバーできるとArbor Biotechnologiesは考えている。Arbor BiotechnologiesはCRISPRのパイオニアであるMIT/ブロード研究所のProf. Feng Zhangと、遺伝子解析の第一人者であるWyss InstituteのProf. David Waltが共同で設立した。

・Arbor Biotechnologiesの保有する7つのゲノム編集技術の詳細は不明だが、同社HPによるとDNAヌクレアーゼ(Cas12h、Cas12i)、RNAヌクレアーゼ(Cas13d、Cas12g、タイプIII-E)、トランスポザーゼ(Tn7-Cas12k)が保有技術とのこと。


・タイプII CRISPRシステムの中で注目されているのが、V型Cas12aエフェクター(旧名Cpf1)で、小型でtracrRNAを必要とせず、RuvCドメインによるDNA切断に加え、RNase活性を持っており、自身のガイドRNA配列を処理することが可能である。Arbor Biotechnologiesは、予測されるRuvCヌクレアーゼドメインを1つだけ持つV型ヌクレアーゼについて、約30万個の推定CRISPR/Casエレメントのデータベースを構築し、検索した。その結果、タイプVの系統樹は、Cas12a、-c、-d、-eを含む1本、Cas12b、-h、-iを含む2本、Cas12gなどの小さなエフェクターを含む3本の大きな枝に分かれていることがわかった。研究チームは、大腸菌の必須遺伝子をコードするDNAを標的として切断し、細菌の生存率を低下させることができるCas12サブタイプを調べるため、大腸菌を用いた負の選択スクリーニングを行った。その結果、さまざまなDNAおよびRNAの切断活性があることがわかった。

Cas12g

Cas12エフェクターの中で最も小さく、約800個のアミノ酸を持つが、一本鎖RNAの切断を誘導するためには、標的特異的ガイドRNAとtracrRNAの三者複合体が必要。一旦活性化されると、Cas12gは一本鎖DNAとRNAをトランス状態で非特異的に切断することが判明している。Arbor BiotechnologiesのDavid Scottは、この発見について、「RNA編集やRNA治療への応用が期待できるため、特にエキサイティングな発見だ」と述べている。また「付随的なRNAの切断を利用して、ウイルスの検出や特定の突然変異の有無の検出が可能になる」と指摘している。

Cas12h、Cas12i

Cas12hとCas12iは、一本鎖DNAの切断にtracrRNAを必要とせず、ガイドRNAと対になっていないDNA鎖に強いニッカーゼ活性を示す。「Cas12iは、ユニークな生化学的プロファイルを持っており、治療用ゲノム編集のための特異性の高いプラットフォームになる可能性がある」とDavid Scottは予測している。

Cas13d

Cas13dは、他のCas13酵素ファミリー(RNAヌクレアーゼ )のエンドヌクレアーゼと比較して、哺乳類系で標的RNAの切断効率と特異性が高いことが示されている。さらに、Cas13dは、構造的にも機能的にも他のCas13変異体より優れており、RNAエンジニアリングや編集のための優れたツールであることが示されている。

タイプIII-E

タイプIII-E CRISPR-CasエフェクターCas7-11は、多くのクラス2エフェクターと同様に、クラス1システムとしてはユニークな、前駆体CRISPR RNA(プレcrRNA)を成熟CRISPR RNA(crRNA)に加工し、ターゲット:スペーサー二重鎖で定義された位置で標的RNAを切断するという2つのRNase活性を持つ。他のRNA標的化ツール(ショートヘアピンRNAやCas13など)が実質的な細胞毒性を示すのに対し、Cas7-11は細胞生存率に影響を与えない。Cas7-11は、副次的な活性や細胞毒性を持たない、新しいプログラム可能なRNA標的ツールの基礎を提供する。

Tn7-Cas12k

Tn7トランスポゾンは、大腸菌をはじめとする多くの原核生物に存在する移動性遺伝要素(mobile genetic element:MGE)である。トランスポゾンは、自己にコードされたtransposase酵素を用いることで、自己を複製し、ゲノム内を移動することができる。トランスポゾンは、通常害のない宿主と共存することで、その拡散を最大化させることができる。Tn7トランスポゾンは5つの遺伝子をコードしている。特にTnsAとTnsBは、TnsCの助けを借りて、トランスポゾンのDNA配列を宿主ゲノムのある領域から切り出し、その後、ゲノムの別の場所に挿入するために必要である。TnsDとTnsEはいわゆるTnsABCコア機構と相互作用し、TnsABCがTnsEと相互作用するとTn7は優先的にコンジュゲートプラスミドへの挿入を誘導する。TnsDがTnsABCと相互作用すると、Tn7は優先的に細菌の染色体の下流に挿入される。

CRISPR-associated transposases (CAST)を用いた標的化した遺伝子挿入を行うには、二つの主要な要素が必要である 1) Tn7様遺伝子、Cas12k(DNA切断活性を持たないCas)およびgRNAを発現するプラスミド、および 2) DNAドナーである。この場合、目的の配列はホモロジーアームを持たず、トランスポゾンの左端(LE)と右端(RE)の2つの配列の間に埋め込まれている。CASTの場合、Cas12k/gRNAはTn7様遺伝子を標的部位に接近させる。TniQは、Cas12kとドナーDNAとの相互作用を媒介すると考えられる。その後、tnsB、tnsC、tniQからなるトランスポザーゼ複合体によって、PAM(GTN)の60〜66bp下流に挿入、切除されると考えられる。


・嚢胞性線維症は、嚢胞性線維症膜貫通コンダクタンスレギュレーター遺伝子の変異によって引き起こされる病気である。研究者たちは、この遺伝子に約2,000の変異を同定しており、それぞれに塩基編集物を行うのは非現実的である。その代わり、CASTは、変異の有無にかかわらず、遺伝子全体を置き換えることができる可能性がある。


・既存の脂質ナノ粒子やアデノ随伴ウイルスシステムを使って遺伝子編集ツールを送達することが可能なため、Arbor Biotechnologiesは肝臓と中枢神経系の疾患にフォーカスしている。肝臓は遺伝子治療の最も容易なターゲットと考えられており、中枢神経系には、これまで低分子化合物や抗体によるアプローチが困難とされてきた多くの遺伝病が含まれている。


・社内ではin vivo編集のみを行い、パートナーにはex vivoで遺伝子編集された細胞治療法を開発するためのツールを提供している。


パイプライン:

原発性高シュウ酸尿症プログラム

先天的な代謝酵素の欠損によって肝臓でシュウ酸が過剰に産生される病気。2024年にFIH試験開始予定。


遺伝性トランスサイレチンアミロイドーシスプログラム

体内の臓器や組織に「アミロイド」と呼ばれる異常なたんぱく質凝集体が沈着することで発症する遺伝性疾患。


最近のニュース:

Arbor社が保有するCRISPR遺伝子編集技術(遺伝性疾患の根本的な病態に対処するために開発)と、TCR2社のファーストインクラスTRuC -T 細胞療法プラットフォーム(HLAに依存することなく、複数の治療困難な固形がんにおいて既に臨床活性を確立)を活用する戦略的研究協力および非独占ライセンス契約を締結


Arbor社独自のCRISPR遺伝子編集技術を癌分野の特定の生体外操作型細胞治療プログラムに利用するための非排他的かつ世界規模のライセンス契約をEdiGeneと締結


コメント:

・最近見つかってきているユニークな天然Casたんぱく質や変異Casたんぱく質の臨床応用、診断応用を目指している注目のバイオベンチャー。Cas9ではできない技術にフォーカスしており、CRISPR/Cas技術の世界的権威であるProf. Feng Zhangらの技術をライセンス供与されている。


・注目はトランスポゾンを利用してゲノムに大きな遺伝子置換させる技術Tn7-Cas12kだが、まだ細菌レベルで活性が確認された段階であり、哺乳類の生体内でこのような技術応用ができるかは未知数のようだ。


キーワード:

・遺伝子治療

・CRISPR/Cas

・トランスポゾン

・遺伝性疾患

・肝臓疾患

・中枢神経系疾患


免責事項:

正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対してもケンは責任をとれません。よろしくお願いします。

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