2022年11月12日6 分

Nucleome Therapeutics (Oxford, the United Kingdom) ーケンのバイオベンチャー探索(第282回)ー

最終更新: 2022年11月13日

オックスフォード大学のDr. James Daviesらが開発した、エンハンサーと遺伝子など直線的なゲノム配列の中で離れている相互作用するDNAの領域をピンポイントで特定することができる新手法マイクロキャプチャーC法を用いて創薬開発を目指すバイオベンチャー


 

ホームページ:https://nucleome.com/


 

背景とテクノロジー:

・生物は、遺伝子発現を正確に制御する複雑なメカニズムを進化させてきた。異なる種類の細胞は異なる遺伝子セットを発現し、これらの発現パターンは細胞の機能に依存することもあれば、ウイルス感染などの環境的な合図に応答して生じることもある。遺伝子発現の制御には、エンハンサーと呼ばれる短いDNAの制御配列が中心となっており、ゲノムには非常に多く存在している。現在の推定によれば、ヒトのゲノムには81万個のエンハンサーが存在するとされている。

・エンハンサー中の6-12塩基対の短いDNA配列のモチーフには、転写因子と呼ばれるDNA結合たんぱく質が結合する。エンハンサーは、制御する遺伝子から離れた場所に存在することもあり、エンハンサーがどのように遺伝子発現を促進するかは、主要な研究課題となっている。現在の主流は、エンハンサーと遺伝子が特定のDNA折りたたみパターンによって空間的に近接し、エンハンサーと特定の遺伝子の間に大きなゲノム距離があっても、転写因子が遺伝子発現を促進することができるというモデルである。

・ゲノムの3次元構造の研究は、染色体コンフォメーションキャプチャー(3C)と呼ばれるアプローチによって、異なるDNA領域間の相互作用の頻度を推測することができるようになり、革命的な変化を遂げた。このようなアプローチから、エンハンサーと遺伝子の相互作用は、核内のトポロジー的会合ドメイン(TADs)と呼ばれる「絶縁された」ゲノム近傍で優先的に起こることが明らかになった。TADの多くは、CTCFと呼ばれるDNA結合たんぱく質とコヒーシンと呼ばれるリング状のたんぱく質複合体の協同作用によって形成される。コヒーシンは、ループ押し出しと呼ばれるプロセスを駆動する分子モーターの一種である。

・TADは、TADの境界を越えるDNAの相互作用を阻害することによって、遺伝子とエンハンサーを「閉じ込め」、それによって、エンハンサーと遺伝子のペアが互いに見つかる確率を高めていると考えられている。しかし、これまで3C技術では、遺伝子とエンハンサー間の物理的な接触の性質を塩基対のスケールで定義することはできなかった。

・今回紹介するNucleome Therapeuticsの共同創業者の一人であるオックスフォード大学Associate ProfessorのDr. James Daviesらは、染色体コンフォメーションキャプチャー(3C)法の新バージョンとして、マイクロキャプチャーC(MCC)と呼ばれる手法を開発した(参考)。この方法は、エンハンサー(遺伝子発現を促進する制御配列)や遺伝子など、直線的なゲノム配列の中で離れている、相互作用するDNAの領域を特定することができる。MCCは、ゲノムの異なる部分のDNAの塩基対の間の相互作用をピンポイントで特定することができ、これはこれまで他のタイプの3Cで可能だったよりもかなり精度の高いものである。
 

・Dr. James Daviesらは、MCCを用いてマウスの幹細胞および赤血球(赤血球の前駆体)を研究し、その結果、この2種の異なる細胞種間において、遺伝子とエンハンサーの相互作用の塩基対パターンが異なることを示す証拠が得られた。この結果は、離れたゲノム位置のDNAがコヒーシンと呼ばれるリング状のたんぱく質複合体によって近接させられ、DNAループの形成に寄与するというモデルと一致している。DNA結合たんぱく質であるCTCFは、このループを「絶縁された」ゲノム近傍に組織化し、その中で相互作用が起こる。個々の塩基のレベルでDNA相互作用の部位を特定することができれば、転写因子が遺伝子発現を制御する仕組みが明らかになると考えられる。

・ゲノムの暗黒物質とも呼ばれるゲノムDNAの非コード領域は、ヒトDNAの約98%を占め、現在、病気に関連する遺伝子変異の90%がここに由来していることがわかっている。このダークゲノムは、たんぱく質をコード化するのではなく、遺伝子発現を制御する役割を担っている(エンハンサーやプロモーター、non-coding RNAなど)。遺伝子を適切なタイミングで、適切なレベルでオン・オフさせる、いわば命令プロセッサーのような役割を担っているのである。これにより、私たちの遺伝暗号は、何百種類も存在する細胞型に翻訳される。

・ このメカニズムの調節障害は、病気の原因として知られている。実際、多発性硬化症、狼瘡(lupus)、関節リウマチなど、病気に関連する遺伝子の変化の大部分は、ダークゲノムに存在していると考えられている。しかし、ダークゲノムはまだほとんど解明されておらず、これらの遺伝的変化の大部分は、現在のところ機能が特定されていない。ダークゲノムの潜在能力を引き出し、創薬に役立てるためには、どの変異体がどの細胞種のどの遺伝子を制御しているのか、また、遺伝子発現にプラスまたはマイナスの影響を及ぼしているのかを明らかにすることが課題である。これを解読することは、創薬開発にとって大きなチャンスとなる。

・Nucleome Therapeuticsは、ダークゲノムの遺伝子を利用してファースト・イン・クラスのターゲットを発見し、検証するユニークな能力を持っている。これは、共同創業者の一人であるオックスフォード大学Associate ProfessorのDr. James Daviesらが開発したマイクロキャプチャーC(MCC)法などである。これらの遺伝子変異の役割を理解することは長年の課題であり、ヒトゲノムを有用な創薬の洞察に変換することを妨げている。


 

パイプライン:未開示

リンパ球とそれに関連する自己免疫関連疾患に焦点を当て、アンメットメディカルニーズの高い適応症において、治療の展望を変え、患者の転帰を改善するファーストインクラス医薬品を発見することを目指しているとのこと


 

コメント:

・ゲノムの3次元構造を明らかにする手法Hi-Cシークエンス法などが開発されたことをきっかけとして、その変化を制御することで遺伝子発現をコントロールする創薬が非常にホットになっている。Omega TherapeuticsCAMP4 Therapeuticsも拡散医薬品で3次元構造を変化させることで遺伝子発現を制御する創薬に取り組んでいる。

・疾患に関係している非コード領域の一塩基多型は、様々な疾患で非常に多く報告されているが、その意味についてはほとんど明らかにされていない。もしそれらの一塩基多型が遠く離れた遺伝子の発現を制御していることが明らかになれば、創薬ターゲットとなる可能性がある。Nucleome Therapeuticsのアプローチはもしかすると、新しい創薬ターゲットを数多く見つけることが可能となるかもしれない。
 

・一方で、ゲノムの3次元構造を変化させても特に遺伝子発現が変わらなかったという報告も出てきている。3次元構造変化がどの程度疾患治療に役立つかが注目される。


 

キーワード:

・遺伝子発現制御

・ゲノムDNA3次元構造


 

免責事項:

正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対してもケンは責任をとれません。よろしくお願いします。

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