従来undruggableと考えられていた転写因子の一つであるSTAT3阻害剤を開発しがん治療薬への展開を目指しているバイオベンチャー
背景とテクノロジー:
・STAT(Signal Transducer and Activator of Transcription)3は、細胞の増殖や生存など発生に重要な生物学的過程や、傷害後の恒常性回復に不可欠な役割を果たす転写因子である。しかし、STAT3シグナルの持続は、がん、慢性炎症、線維化など多くの病的状態に関連している。非臨床試験の豊富なデータから、STAT3シグナルを阻害することは実質的な治療効果が期待できることが示されている。
・STAT3を標的とする薬剤の臨床応用は遅れている。その理由の一つは、転写因子は、たんぱく質間相互作用界面のサイズが大きいために「undruggable」とされるたんぱく質クラスであることがある。さらに、乳酸アシドーシスや末梢神経障害などの重篤な有害事象(SAE)が、臨床段階の開発中の低分子STAT3阻害剤の一部で観察されている。これらは、STAT3 のnon-canonical機能、特にミトコンドリアを介した酸化的リン酸化への貢献を標的とすることに起因しており、これは、STAT3 のcanonical機能に必要なチロシン 705 のリン酸化とは対照的に、セリン 727 のリン酸化に依存している。
・STAT3 の SH2 ドメインを標的とする低分子阻害剤は、合成致死性の一例として最近提案された。STAT3 が結合すると、ミトコンドリア機能を阻害するたんぱく質毒性凝集体の形成を誘導し、特に代謝ストレスを受けているがん細胞では細胞死を引き起こす 。このクラスの薬剤の第I/II相臨床試験に登録されたがん患者さんは、ミトコンドリア毒性の臨床症状である乳酸アシドーシスや末梢神経障害などのSAEを経験し、これらのSAEによってさらなる患者登録が停止された。
・多くのSTAT3指向の薬剤開発プログラムは、STAT3のSH2ドメイン、特にそのリン酸化チロシン(pY)ペプチド結合ポケットに焦点を当てている。しかしながら、いくつかの阻害剤がミトコンドリア毒性を誘発するという発見は、それらがSTAT3の他の領域を標的とし、STAT3の構造及び安定性に影響を及ぼすかもしれないことを示唆している。実際、Genini らは、OPB-51602 および STAT3 を直接標的とするように設計された他の低分子 STAT3 阻害剤が、STAT3 の凝集と細胞内のたんぱく質恒常性の変化を引き起こすことを実証した(参考)。さらに彼らは、これらの薬剤による細胞死の誘導は、代謝ストレスを受けたがん細胞において、部分的にはたんぱく質毒性メカニズムを介して行われると主張し、これがSTAT3内のSH2ドメインを直接標的とするあらゆる阻害剤の抗がん作用の基礎となる共通のメカニズムである可能性を示唆した。
・今回紹介するTvardi Therapeuticsは、共同創業者のMD Anderson Cancer CenterのProf. David J. Tweardyらと、STAT3のSH2ドメイン内のpYペプチド結合部位を標的とし、それによって活性化サイトカイン受容体複合体への再誘導とホモ二量化の二つの重要なステップを直接阻害するよう設計されたSTAT3の競合阻害剤、TTI-101(旧C188-9)を開発した。非臨床研究データによってTTI-101 が、以下の特徴を持つことが示されている。
①ミトコンドリア機能に影響を与えない
②STAT3 を化学的に修飾しない
③代謝ストレスのかかった細胞で STAT3 の凝集を引き起こさない
④末梢神経障害を引き起こさない
・化学療法剤シスプラチンによる機械的アロディニアモデル動物へのTTI-101 の投与により、その症状を抑制したことから、化学療法誘発性末梢神経障害(CIPN)を発症するリスクのあるがん患者さんへの投与が特に有効である可能性が示唆されている。
・TTI-101 をラットに 28 日間(200 mg/kg/day までの用量)およびイヌに(100 mg/kg/day までの用量)投与しても、乳酸アシドーシスなどの代謝異常が起こらないことを証明している。
・末梢神経障害は、臨床段階の開発中のいくつかの低分子STAT3阻害剤で観察されているSAEの一つである。ナイーブマウスにTTI-101を投与しても、マウスの末梢神経障害性疼痛の評価によく用いられる機械的アロディニアのvon Frey試験で神経障害性疼痛が誘発されないことが示されている。
・STAT3の増殖促進・生存促進活性は、慢性炎症と線維化の中心的なメディエーターでもある。例えば、STAT3 の単一対立遺伝子ノックアウトは、複数の線維化マウスモデルにおいて線維化表現型を抑制する。Tvardiの化合物によるSTAT3阻害は、特発性肺線維症、非アルコール性脂肪肝炎、強皮症のモデルにおいて、線維化の逆転と正常な機能の回復を実証している。
パイプライン:
・TTI-101
がん、炎症、線維化の多くの特徴を支配する転写因子であるSignal Transducer and Activator of Transcription 3(STAT3)の経口投与可能な低分子阻害剤。非臨床試験において、TTI-101は、優れた薬物動態プロファイル、pY705-STAT3のリン酸化を抑制する効力、異種移植および同種移植の腫瘍モデルにおける腫瘍増殖抑制の有効性を実証している。現在までに、TTI-101は忍容性が高く、進行性固形がん患者さんを対象としたPhase I試験において臨床活性を有している。
開発中の適応症
・Phase Ib/II
局所進行性または転移性で切除不能な肝細胞がん
https://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT05440708(単剤投与およびペムブロリズマブまたはアテゾリズマブ+ベバシズマブへの追加投与)
ER+ HER2- パルボシクリブ抵抗性の成人乳がん
https://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT05384119(パルボシクリブおよびアロマターゼ阻害剤療法への併用療法)
・Phase I
進行性固形がん
・TTI-102
TTI-101と構造的に関連しながらも化学的に異なる、次世代の経口バイオアベイラビリティを有する低分子STAT3阻害剤。TTI-102は、前臨床試験において、忍容性、バイオアベイラビリティ、効力など、臨床使用に適した主要な特性を実証している。
開発中の適応症
・非臨床研究段階
適応症未開示
コメント:
・がん治療薬としての低分子STAT3阻害剤は、古くから試みられてきているが、失敗していることは前述の通り。それにも関わらず現在においても、Tvardi Therapeutics以外にも2021年8月にBayerに買収されたVividion Therapeuticsや、たんぱく質分解誘導薬技術を持つKymera Therapeuticsも開発を行っている。しかし、臨床試験まではまだ時間がかかるようで、すでにPhase I/IIb治験を実施中のTvardi Therapeuticsが先行している。
・たんぱく質たんぱく質間相互作用で働いている細胞内シグナル伝達分子をターゲットとした低分子創薬としてはKRAS阻害剤が臨床効果を示し、承認されたことで注目されている。こちらも最近まではundruggableと考えられていたターゲット分子だった。undruggableと考えられていたターゲット分子でも創薬標的にできる低分子創薬技術ができてこれば、低分子化合物というモダリティもさらなる発展が期待できる。
キーワード:
・STAT3阻害剤
・転写因子
・undruggableターゲット分子
・低分子化合物
・がん
免責事項:
正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対してもケンは責任をとれません。よろしくお願いします。
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