ウイルスベクターや脂質ナノ粒子を用いないで、CRISPR/Cas分子を生体内の標的細胞にデリバリーする技術を開発しているバイオベンチャー
ホームページ:https://www.spotlighttx.com/
背景とテクノロジー:
・低分子化合物を用いた創薬が主流だった時代、遺伝性疾患に対する治療薬開発は非常にハードルが高かった。しかし近年、ウイルスベクターを用いた遺伝子補充治療法が開発され、その治療法開発の可能性が高まってきている。例えば、2019年にRocheに買収されたSpark Therapeuticsは、先天性の遺伝子変異疾患患者さんの網膜下にアデノ随伴ウイルス(AAV)2ベクターを投与することで視力を回復させる治療法でアメリカにおけるAAV治療法の初承認を2017年に得ている。また、2018年にNovartisに買収されたAveXisは、先天性の神経疾患患者さんに全身投与でAAV9ベクターを投与することで歩行機能などの障害を回復させる治療法で、2019年にFDAから承認された。
・そんななか、ヌクレアーゼを用いたゲノム編集技術が開発され、遺伝性疾患治療への応用の可能性から開発競争が進んでいる。遺伝子の改変技術は古くからあるが、ゲノム編集技術は、これまでの技術に比べて、その編集効率の高さにより一気に注目を浴びた。最初に、ジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN、1996年)やTALEN(2010年)という制限酵素Fok IとDNA配列認識技術を組み合わせた方法が開発されたが、標的配列を認識させる方法のデザイン・構築に難があるという欠点があった(Sangamo TherapeuticsはZFNの臨床開発を行っている)。
・そこでこれらの方法が改良されたCRISPR/Casという技術が2012年に開発された。これはDNA配列の認識にガイドRNAという20塩基の相同配列を持つ一本鎖RNAをデザインし、DNAを切断する酵素(ヌクレアーゼ)であるCasと組み合わせることで、目的のゲノム領域を自由に変えることができ、しかも効率が非常に高いという特長を持つ。
・CRISPR/Cas技術を医療応用する方法としては、体外で細胞にゲノム編集してからその細胞をヒト体内に投与するEx vivo法と、CRISPR/Casに関与する分子であるガイドRNAやCasたんぱく質をコードする遺伝子(もしくはRNAやたんぱく質そのもの)を標的細胞に投与し、体内でゲノム編集するIn vivo法がある。
・CRISPR/Cas技術を体内で行った場合(つまりIn vivo法)にどんな問題があるかはまだ分かっていない(すでにが臨床試験は複数進行中)。Ex vivo法はCRISPR/Casで細胞のゲノムがどのように編集されたかを確認した上で投与できるので、その点リスクは少ないが、細胞の形で投与することになるので、適応できる疾患が限られる(正常細胞や治療用細胞を足せば効果がある疾患)。一方でIn vivo法は、CRISPR/Casに関わる分子を標的細胞にデリバリーする必要があり、その技術の開発が必要となる。
・例えば、Editas Medicineの EDIT-101 は、AAV5ベクターにCRISPR/Cas分子を搭載し、網膜に投与する治療法の臨床試験を開始している。一方、Intellia TherapeuticsのNTLA-2001は、Cas9たんぱく質とガイドRNAのmRNAを脂質ナノ粒子(LNP)に内包させて静脈内注入する治療法の臨床試験を開始している。NTLA-2001については、2021年6月26日のNEJMにおいてPhase Iの中間報告がなされ、標的遺伝子TTRの産物である血中トランスサイレチンが高用量群で87%減少していたことを報告している。
・このようにゲノム編集技術はin vivo、ex vivoの両方で開発が進んでおり、今後もさまざまな疾患に応用されていく可能性が高いと考えられているが、一方でさまざまな課題がある。その1つが先にも述べた、In vivo法におけるCRISPR/Casに関わる分子を標的細胞にデリバリーする技術の開発である。現行のAAVベクターやLNPを用いた方法は、局所投与以外の方法で標的細胞を選ぶことができない。AAVベクターはセロタイプ(血清型)ごとに異なった細胞指向性はあるが、標的細胞の選択は限定的である。LNPは静脈内投与の場合、肝臓への指向性があるが、肝臓以外への指向性を持つLNPは開発途上である。
・今回紹介するSpotlight Therapeuticsは、in vivoで標的細胞指向性を自在に選択できるCRISPR/Casデリバリー技術を開発しているバイオベンチャーである。AAVベクターやLNPを用いないデリバリー法で、2021年7月14日のNature Biotechnologyに紹介され注目を集めている。
・現行のLNPは、全身投与すると、肝類洞内皮細胞などの特定の組織に大きく偏って分布し、肝細胞に過剰に存在するアシアロ糖たんぱく質受容体が主なターゲットとなっている。
・このNature Biotechnologyの記事によると、Spotlight Therapeuticsは全身投与でも特定の標的細胞だけでCRISPR/Cas分子が働くようなデリバリー方法を開発している。その独自技術targeted active gene editors (TAGEs)は抗体薬物複合体(ADC)のようなコンセプトで、以下の2つのパーツを組み合わせである。
①細胞透過性ペプチド(CPP)
HIV-1 ウイルス由来の TAT(Trans-Activator of Transcription Protein)のように、細胞膜を通過し,細胞質内へ移行するペプチド。このペプチドをたんぱく質や低分子とつなぐことで、細胞質内にデリバリーできる。
②抗体もしくはリガンド
標的細胞の細胞膜特異的抗原を認識する抗体もしくはリガンド。
これら①②の2つのパーツ(モジュール)の組み合わせ(CPPと抗体、もしくはCPPとリガンド)のパターンを非臨床試験でテストすることで、構造と機能のルールを学び、最も適した細胞選択性と有効性を持つ分子を得ることができる。このモジュールを目的のgRNAをプレロードしたCasエンドヌクレアーゼに結合させる。このTAGE技術では、全身投与後、目的の細胞を探し出し、細胞膜を通過して核に侵入し、目的の遺伝子座を編集することができる。
パイプライン:(詳細未開示)
・がん免疫
腫瘍微小環境を再プログラムして、より免疫が働きやすい状態にすることを目指す。特にT細胞やマクロファージなどの免疫細胞のサブセットを選択的に編集することで、T細胞のプライミングを促進し、最適な抗腫瘍T細胞反応を得る。さらに、免疫チェックポイント阻害薬と組み合わせることで、全身の免疫反応を増強し、がんワクチンの効果を増強することが期待される。
最終的には全身投与のTAGEを開発する予定だが、段階的なアプローチをとり、まずは固形がんの局所注射から開始する。焦点となるのは、免疫チェックポイント阻害薬が承認されているものの、まだかなりの割合の患者さんに役立っていない、免疫抑制状態のコンテクストを持つ適応症。
・ヘモグロビン血症
造血幹細胞の遺伝子をin vivoで編集することで、遺伝子編集治療を大幅に簡素化するだけでなく、患者さんのアクセスを拡大し、様々なヘモグロビン血症を治療できる可能性がある。
・眼疾患
TAGEは、半減期が短く、特定の疾患に合わせたプログラム可能なCas9たんぱく質gRNA複合体の生成が容易であることから、非ウイルス、非ナノ粒子のアプローチは、眼の疾患に最適であるとSpotlight Therapeuticsは考えている。
コメント:
・Google Venturesや武田薬品工業が出資しており、Spotlight Therapeuticsへの注目度の高さが伺われる。
・CPPを用いて細胞膜を透過するまではよいが、核内までデリバリーするところの技術の詳細は明らかになっていない。ご存知の方いらっしゃったら教えてください。
・ウイルスベクターについては製造コストがかかり、技術的なハードルも高い。LNPは新型コロナウイルス感染症COVID-19ワクチンで使われているが、こちらも製造にはまだまだ技術発展が必要と考えられている。TAGEはたんぱく質とgRNAの複合体によるデリバリーであり、製造技術は比較的確立されている。また、ウイルスベクターに比べて製造コストを下げることが期待される。加えて、DNAを用いないことからゲノムへの挿入リスクが低いことも想定される。
・標的細胞特異的リガンドを開発している会社としては、過去ブログでLigandalを紹介している。この領域もまだ確立された技術ではないので、Spotlight Therapeuticsがどのような独自のリガンドを持っているのかが注目される。
キーワード:
・ゲノム編集(CRISPR/Cas)
・薬物送達システム(DDS)
・がん免疫
免責事項:
正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対してもケンは責任をとれません。よろしくお願いします。
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