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Senti Biosciences (South San Francisco, CA, USA) ー元製薬研究員ケンのバイオベンチャー探索(第145回)ー

更新日:2020年1月12日

合成生物学を用いた細胞治療法の確立を目指すトップランナーのバイオベンチャー



ホームページ:https://www.sentibio.com/



背景とテクノロジー:

・合成生物学とは、DNAなどの生命の仕組みを用いて、それを組み合わせ、さまざまな人工物を自在に作り出したり、人口生物を操作するアプローチである。これは医療分野だけでなく工学分野や農業分野などにも応用が進んでいる。例えば、DNAでできた電線、遺伝子改変酵母によって生み出されたチーズ(参考)や、「リボソーム」に手を加えて、扱えるアミノ酸の種数を大幅に増やすことで、製薬や材料工学に有用な、新たなたんぱく質を生み出す取り組み(参考)などがある。


・合成生物学的アプローチの中で現在最も成功している一例として、CAR-T療法がある。これは生体内にあるT細胞にがん細胞の膜表面抗原を認識する受容体CARを発現させ、CARの細胞内ドメインによってT細胞を活性化することで、がん細胞を攻撃するがん免疫療法である。


・CAR−T療法は、サイトカイン放出症候群(CRS)という副作用が半数以上の症例で起こっている。この副作用を防ぐために合成生物学的アプローチでの改善が試みられている。switchable CAR(sCAR)-Tは、T細胞に発現するCARが直接がん抗原を認識するのではなく、酵母で作ったたんぱく質を間に挟む。このたんぱく質はがん抗原を認識するFabドメインとCARを認識するペプチドネオエピトープタグが融合されているたんぱく質である。sCARでは、CAR-T細胞を投与しただけではT細胞は活性化されず、この融合タンパク質を投与した時だけ活性化することができる。これによりCAR-T細胞の活性化を可逆的に調節することができる(原著論文)。また、投与する融合たんぱく質を調節することで、認識するがん抗原を変更したり、複数のがん抗原を認識できるようにすることもできる。合成生物学的アプローチでは、このようにさまざまなメカニズムを用いてシステムのON/OFFを制御する方法が用いられることが多い。


・非常に興味深い合成生物学的アプローチの一例としては、京都大学iPS細胞研究所・齊藤博英教授らのグループが開発したマイクロRNA認識配列を用いたRNAスイッチがある。これは例えば心筋細胞特異的に発現しているマイクロRNAを認識する配列とアポトーシスを誘導する遺伝子をつないだコンストラクトを作製し、iPS細胞から分化させた心筋細胞に遺伝子導入する。心筋細胞では心筋細胞特異的なマイクロRNAが、コンストラクトの認識配列に結合することでアポトーシスを誘導する遺伝子は発現しないが、心筋細胞に分化していないiPS細胞では心筋細胞特異的なマイクロRNAが発現していないためにアポトーシスを誘導する遺伝子が発現しiPS細胞は除去される。こうすることで心筋細胞だけの細胞集団を簡便に選択することができる。細胞特異的マイクロRNAとその認識配列による合成生物学的アプローチという、非常に優れた細胞選別法である(参考)。


・今回紹介するSenti Biosciencesは、この合成生物学的アプローチを用いて新規がん免疫治療法開発を行っているバイオベンチャーである。合成生物学バイオベンチャーとしてはトップランナーの1社である。Senti Biosciencesでは、合成生物学の中でも遺伝子回路をプログラミングして細胞(もしくはベクター)に遺伝子導入し、刺激などのインプットの違いによって、さまざまな異なる細胞の応答をする、コンピューターのような治療法を開発している(スマートセラピー)。


・流れとしては、生体内の(もしくは外から投与した)インプットを受け取った、生体内に投与した細胞など(モダリティ、詳細は以下に記載)が、搭載した遺伝子回路で処理し、アウトプットを出す。

インプットとしては以下のような分子を受け取る

内在性分子ー 抗原、ケモカイン、サイトカイン、ホルモン、転写因子、マイクロRNA、気体、pH、低分子、たんぱく質

外来性分子ー 低分子、たんぱく質

遺伝子回路としては以下のような機能を持つものを設計する

最適化した遺伝子発現、論理ゲート、ON/OFFスイッチ、可変抵抗器キルスイッチ/安全スイッチ、状態機械、メモリー、遺伝子的消しゴム(消去)、カウンター(計数器)、フィードバック回路

アウトプットとしては以下のような分子を発現させる

サイトカイン、抗体、たんぱく質、転写因子、マイクロRNA、ペプチド、レポーター(蛍光タンパク質など)、ホルモン


・遺伝子回路を搭載するモダリティとしては以下のものがある

T細胞、NK細胞、造血幹細胞、iPS細胞、間葉系幹細胞、マクロファージ、ウイルスベクター、非ウイルスベクター


・Sentiではこのシステムを組み上げ、Design-Build-Test-Learnプラットフォームで検証を行い、システムをブラッシュアップしている。



パイプライン(非開示):

SENTI-101

免疫調節サイトカインであるIL-12とIL-21を放出し、抗がん免疫反応を誘導する他家間葉系幹細胞

開発中の適応症

・非臨床研究段階

子宮がんやその他固形がん


SUPRA CAR

”背景とテクノロジー”の欄で紹介したswitchable CARと似たアプローチで、がん抗原を直接認識するCARではなく、がん抗原認識部位を持つたんぱく質とCARと結合するたんぱく質の融合たんぱく質を間に挟むことで、CAR-T細胞の活性化を自在にON/OFFできる。また複数のがん抗原に対してCAR-T細胞を活性化させることも可能になる。詳細はこちら


RNA-based AND gate

2つのがん特異的プロモーターが両方とも活性化された時だけ遺伝子回路がONになり(ANDゲート)、 人工転写因子GAD(GAL4のDNA結合ドメインとVP16転写因子活性化ドメインの融合たんぱく質)が発現する。GADが発現すると以下のさまざまな免疫調節因子の発現がONとなるー表面T細胞誘導(STE、がん細胞の膜表面に発現してT細胞のCD3抗原と結合しT細胞を誘導する分子)、CCL21、IL-12、抗PD-1抗体。レンチウイルスを用いてこの遺伝子回路システムを導入し、がん細胞に感染させることでがん細胞微小環境の免疫反応を活性化させ、がん細胞を除去する方法(原著論文)。


cytokine converter cell

乾癬の紅斑が出た時に放出されるバイオマーカーであるTNF-αとIL-22の両方のサイトカインを検出した時だけ遺伝子回路がONになり(ANDゲート)、抗炎症作用を有するIL-4とIL-10が放出される人工細胞をカプセル化した移植治療法(原著論文)。


lineage-control network

iPS細胞由来膵前駆細胞をin vitroでインスリン分泌細胞に分化させる際に、栄養因子群を培地に加えて分化させるより簡便かつ効率的に分化させる方法を開発。分化を誘導する転写因子の遺伝子発現を人工的にコントロールする遺伝子回路を導入することで、簡便に分化可能となる(原著論文)。



コメント:

・合成生物学は今非常に注目されている。合成生物学の実用化を目指しているバイオベンチャーとしては、CRISPR-Casを応用した診断技術を開発しているSherlock Biosciencesなどがある。


・複雑な遺伝子回路を搭載した細胞を投与し、時には外来性の低分子やたんぱく質でそれを調節するという、現時点での究極の治療法は魅力的。ただ、インプット分子、細胞、プロモーター、搭載遺伝子などファクターが増える上、それぞれのファクターの中も多種類を組み合わせるアプローチ(複数のインプット分子、複数のプロモーター、複数の搭載遺伝子など)であり、安全性検証はかなり手間がかかるのではと思う。治験に持って行くまでに相当なハードルがありそう。



キーワード:

・合成生物学

・遺伝子回路

・がん免疫

・細胞治療



免責事項:

正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対しても元製薬研究員ケンは責任をとれません。よろしくお願いします。

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