CRISPR-Casを応用した診断技術を開発しているバイオベンチャー。CRISPR-CasのトップサイエンティストであるProf. Feng Zhangらが2019年に共同創業した会社。
ホームページ:https://sherlock.bio/
背景とテクノロジー:
・インフルエンザウイルスの検出キットは迅速診断を必要とされる臨床現場で広く持ちいられている。しかし、抗原抗体反応をベースとした検出方法のため、発症後12時間以内の場合、検出できない可能性がある。これは検出感度が低いためである。
・一部のウイルスはPCR法を用いて検出していて、検出感度を上げることができるが、PCR法は専門的な技術と機械(95℃〜60℃くらいの温度管理ができる機械(サーマルサイクラー))が必要となるため、臨床現場で広く持ちいられる技術ではない。試薬を長期常温保存できないという課題もある。
・一方で近年はエボラ出血熱ウイルスやジカウイルス、デング熱ウイルスなどの感染が疑われるケースが出てきており、臨床現場で迅速かつ簡便に診断できる検出方法が求められている。
・今回紹介するSherlock Biosciencesが開発している技術SHERLOCK™ (Specific High Sensitivity Enzymatic Reporter UnLOCKing)は、CRISPR/Cas技術を応用した特定核酸配列検出・定量技術で、常温で反応でき、一分子のDNA/RNAからでも検出可能で、長期常温保存できる試薬を用いた、特定配列を持つ核酸の検出・定量技術である。標的DNA/RNAの一塩基変異違いも識別可能である。
・SHERLOCK™の原理は以下のようになる(論文のFig.1a参照)
まずウイルス(もしくはがん細胞)のDNA/RNAはRPA(Recombinase Polymerase Amplification)反応/RT-RPA反応(参考pdf)によって増幅させる。このRPA反応は、簡単に言うと常温レベルの一定の温度(25-42°C)で増幅させられるPCRである。RPA/RT-RPAによって増幅されたDNAをT7 RNA polymeraseを用いてmRNAに転写させ、特異的配列を認識するガイドRNAとCas13aによって認識させる。Cas13aは特異的配列を認識すると、Cas13aのコラテラルRNase活性(標的のRNAまたはDNAに結合すると、周囲のRNAを無差別に切断する活性)が活性化され、レポーターRNA分子はこのRNase活性により切断を受け、シグナルを発する。シグナルはろ紙片上での検出や、電気化学的シグナルをスマートフォンで検出するなどの方法で測定できるため、自宅での測定も可能。
・この方法の特長は、先にも述べたように、全ての反応が常温で可能であること、CRISPR/Cas技術を用いて1塩基違いも検出できる遺伝子認識能力を持つこと、反応試薬をフリーズドライ化することで、常温で長期保存可能であるなど、さまざまな臨床現場において使用可能な性質を持つ。10の−18乗モル濃度のDNA/RNAを検出・定量可能である。ガイドRNAと100%相同性を持つ核酸のみを検出することから、亜種のウイルスまで同定可能である。結果が測定できるまでの反応時間は1時間以内。また、低コストとのこと。
・測定できるサンプルは、血清・尿・唾液・血液など幅広い。検出対象はウイルス核酸だけでなく、血中のがん細胞由来のDNA(cell-free DNA)なども可能。
・また、共同創業者の一人であるハーバード大のProf. Jim Collinsらが開発したINSPECTR™(Internal Splint-Pairing Expression Cassette Translation Reaction)技術を導入・開発している。この技術は、DNAハイブリダイゼーションをベースとするセンサーで、一塩基違いまで検出する。ろ紙上で室温で反応を展開し、生物発光(bioluminescent)によって検出し、インスタントフィルムで撮像する。機器などは必要としない。低コストで長期室温保存可能。血液・尿・唾液から測定できる。詳細は不明だが、合成生物学的アプローチ(フリーズドライ化した遺伝子ネットワークによる検出)が用いられているとのこと。
パイプライン(詳細未開示):
・SHERLOCK™
ジカウイルス、デング熱ウイルス、血中のがん細胞由来DNA(cell-free DNA)、ヒト遺伝子型同定などの検出・定量
・INSPECTR™
病原体や宿主細胞のDNA/RNAを検出
コメント:
・ホームページには低コストと書いてあるが、どの程度なのだろうか?原理を見る限りは最先端技術の結晶みたいな方法で結構コストがかかりそうな感じに見える。
・1塩基変異を検出可能なのはすごいが、逆に1塩基違うと検出できないので、変異が起こりやすいウイルスの場合は見落としの可能性がありそう。使える状況とそうでない状況の判断が必要となりそう。
・Prof. Feng Zhangらの技術の応用で、とても注目されているベンチャーだが、ナノポアシークエンサー(https://nanoporetech.com/jp/how-it-works)など、簡便・迅速にシークエンスを読む方法も開発されてきており、必ずしも一人勝ちって感じではないのでは?
キーワード:
・CRISPR/Cas
・診断技術
・合成生物学
・ウイルス
・リキッドバイオプシー
免責事項:
正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対しても元製薬研究員ケンは責任をとれません。よろしくお願いします。