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Kaleido Biosciences (Lexington MA, USA) ーケンのバイオベンチャー探索(第205回)ー


腸内細菌叢に対して、細菌を加えたり除いたりするアプローチではなく、合成グリカンを用いて常在細菌叢全体を制御することで、抗生物質耐性細菌の増殖や炎症性腸疾患などの治療を行うアプローチを開発しているバイオベンチャー


ホームページ:https://kaleido.com/


背景とテクノロジー:

・腸内細菌叢は、いくつかの代謝物やビタミンの合成と放出を通じて宿主の健康を促進する。食用植物に含まれるデンプン、ヘミセルロース、ペクチン、動物由来の軟骨や組織に含まれるグリコサミノグリカン、N-結合型グリカン、宿主粘液にあるO-結合型グリカンなどの糖鎖や多糖類は、腸内細菌叢の微生物によって捕食される。これらの分子間の膨大な化学変化、食事や内因性の糖鎖の豊富さの変動によって、腸内細菌叢が増殖し、ダイナミックで多様な環境が形成される。これらの多様な分子が多様な腸内細菌叢によって代謝されて作り出された代謝物が宿主と相互作用し、免疫系など宿主の健康を調節すると考えられている。


・例えば、免疫チェックポイント阻害薬の効果が弱いメラノーマ患者さんの腸に、免疫チェックポイント阻害薬が著効した患者さんの糞便を移植したところ、免疫チェックポイント阻害薬への反応性が上がったというPhase I治験結果が最近報告された(こちら)。


・一方で、腸内細菌叢の変化が疾患に関与する可能性も指摘されてきている。腸内細菌叢の疾患特異的な変化はディスバイオシス(dysbiosis)と呼ばれ、炎症性腸疾患(IBD)、肥満、2型糖尿病、パーキンソン病や自閉症を含む代謝性疾患など、いくつかのヒトの慢性疾患で報告されている。これらのことから、腸内細菌叢が他の臓器システムとの間でつながり宿主の生理的機能に影響を与えているだけでなく、その障害が疾患を引き起こす原因となっている可能性が示されてきている。


・また腸内細菌叢は抗生物質耐性菌の増殖抑制にも関与していることが報告されている。抗生物質の乱用は、腸内細菌叢中の有用な細菌を殺してしまうことが多い。そうなると腸内細菌叢と宿主の腸上皮との間の恒常性が崩れ、病原性細菌による腸内の定着が進み、感染症に対する感受性が高まる。カルバペネム耐性エンテロバクター(CRE)やバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)などの抗生物質耐性菌が、社会的に問題となっている。炭水化物によって増殖した常在細菌は、腸内恒常性の維持をサポートし、病原菌の定着への耐性を促進する短鎖脂肪酸を産生することが報告されている。これらのことから、腸内細菌叢をコントロールすることで病原性細菌による感染症の進行を抑制する可能性が示されてきている。


・このような腸内細菌叢と疾患の関わりが明らかになってきていることから、腸内細菌叢を標的とした創薬が進められている。例えば、Seres Therapeuticsは、健常人の糞便中の腸内細菌をカプセル化してクロストリジウム・ディフィシル感染症や潰瘍性大腸炎を治療する治療薬SER-109、SER-287(それぞれ)を臨床開発中である。Vedanta Biosciencesも腸内細菌に着目したバイオベンチャーだが、単一の細菌を移植する方法や、健常人の糞便由来の腸内細菌を移植する方法とは異なり、有用と考えられる細菌を複数種ミックスし、生きた状態でパウダー化した経口投与可能な製剤を用いた治療法を開発している。Federation Bioは、天然の腸内マイクロバイオームに匹敵する規模と多様性を持つ、代謝的に完全な微生物コミュニティをそのまま移植することで、長期に渡り移植マイクロバイオームの定着した状態を作り出す腸内細菌治療法を開発している。


・今回紹介するKaleido Biosciencesは、合成グリカン(合成多糖類)を用いて常在菌の増殖と代謝を選択的にサポートすることで腸内細菌叢を制御する腸内細菌叢代謝療法(Microbiome Metabolic Therapies™:MMTs)の開発を行っているバイオベンチャーである。


・MMTsプラットフォームには、1,500以上の独自の合成糖鎖ライブラリーがあり、これは幅広い化学的・酵素的アプローチを用いて合成している。様々な疾患を持つ健常人や患者さんの腸内細菌叢を用いてこのライブラリー化合物を評価する、ex vivoスクリーニングを行い、ライブラリー化合物中に、病原性細菌を枯渇させ、常在菌を増殖、富栄養化する能力を持つ化合物を探索する。病原菌の枯渇と常在菌の増殖・富栄養化の評価には、16S Earth Microbiome Projectのプロトコルに従った16S rRNA遺伝子シークエンシングを用いている。


・このプラットフォームではまた、腸内細菌叢の持つ、アンモニア産生、単鎖脂肪酸産生、胆汁酸変換などの代謝活性を調節するライブラリー化合物をスクリーニングしている。


・上記のex vivoプラットフォームに加えて、in vitroの細菌の単培養増殖アッセイを採用し、ライブラリー化合物に対する個々の細菌株の応答を検討している。このin vitroでのアプローチを 細菌株のゲノム解析と組み合わせることで、炭水化物利用遺伝子が標的とする細菌でどのように変化するかを解析している。


パイプライン:

KB109

合成グリカン。ex vivoスクリーニングにより、KB109が短鎖脂肪酸の産生を増加させることが示されている。この単鎖脂肪酸は、ウイルス性呼吸器感染症における免疫応答に影響を与えることが示されているだけでなく、常在菌の安定化を促進し、病原菌を減少させることが期待される。短鎖脂肪酸は、COVID-19に対する不適切な免疫応答を緩和し、SARs-CoV-2感染のより深刻な合併症を回避する可能性があることがデータから示唆されている。

造血幹細胞移植をうけた患者さんの多剤耐性菌感染リスク低下

開発中の適応症

・開発ステージー臨床研究

新型コロナウイルス感染症COVID-19(軽度から中等度)

造血幹細胞移植に伴う多剤耐性菌感染リスク

https://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT03944369(COVID19パンデミックに伴い中止)


KB295

合成グリカン。ex vivoスクリーニングにおいて、特定の有益な短鎖脂肪酸を増加させ、腸内細菌叢の炎症に関連する細菌の増殖を抑制することが示されている。

開発中の適応症

・開発ステージー臨床研究

潰瘍性大腸炎


KB195

合成グリカン。尿素サイクルを構成する酵素の欠乏によって引き起こされる稀で重篤な遺伝性疾患である尿素サイクル異常症治療薬として開発中。尿素サイクル異常症は脳内にアンモニアが蓄積し、脳の不可逆的な損傷、昏睡および/または死を引き起こす可能性がある。アンモニアのかなりの割合は腸内細菌叢によって産生されると考えられている。

開発中の適応症

・Phase II


KB174

合成オリゴ糖。ex vivoスクリーニングにおいて、アンモニアと多剤耐性(MDR)の両方の病原体を低下させる能力が示されている。アンモニアは、肝疾患患者で一般的に見られる可逆性の神経学的および精神医学的異常のスペクトルを包含する肝硬変の病因となっている可能性がある。

開発中の適応症

・開発ステージー臨床研究

肝硬変


最近のニュース:

MMT™プラットフォーム治療法が、小児アレルギーやその他のアトピー、免疫、代謝疾患の発症を予防する可能性を探る共同研究契約をJannsenと締結。


がん免疫療法の効果を高めるためのマイクロバイオーム代謝療法(MMT™)の共同研究契約をGustave Roussyと締結。免疫チェックポイント阻害薬に反応する患者さんを増やすために有効な治療法の開発を目指す。


コメント:

・腸内細菌叢の細菌構成は個人差が大きい。そのような状況に同一の治療法で治療効果が検出できるのだろうか?(実際にこの臨床研究では、ドナーによって治療効果が全く異なることが示されている)。どういう細菌構成ならどういう方向の細菌構成に持っていくのが良いのかという個別化医療が必要になってくるのだろう。


・腸内細菌叢が免疫系を調節する可能性を示す臨床データが増えてきている。糞便移植はドナーが必要になるため、同一品質の安定供給ができない。どのようなメカニズムで効果を示しているのかを明らかにし、そのメカニズムに基づいた創薬を行う必要がある。それにはもう少し時間がかかりそうだ。


キーワード:

・腸内細菌叢

・合成多糖類

・潰瘍性大腸炎

・多剤耐性細菌


免責事項:

正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対してもケンは責任をとれません。よろしくお願いします。

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