合成生物学によってヒト遺伝子治療用に改変したファージ技術を持つバイオベンチャー。血液脳関門を透過できるファージもデザインできるとのこと。
ホームページ:https://www.gensaic.com/
背景とテクノロジー:
・ウイルスは、我々の生物圏に10の31乗個を超えて存在し、遺伝物質の最大の貯蔵庫となっている。バクテリオファージ(ファージ)はウイルスの1種で、細菌を捕食する天敵であり、ヒトのマイクロバイオーム内にも広く存在し、ヒトの糞便1gあたり少なくとも10の12乗個のウイルス粒子が発見されている。ファージは、宿主の細菌細胞に感染し、複製し、溶解するという溶解性タイプのファージに加えて、溶原性ファージは、安定したプロファージとして宿主ゲノム内にゲノムを保持し、受動的に複製することもある。
・ファージは細菌に感染するウイルスであり、感染症・腸内細菌叢治療薬としてファージセラピーの臨床応用が進められている。例えば、LOCUS BIOSCIENCESは、CRISPR/Cas3とバクテリオファージを組み合わせて特定の細菌を殺す独自技術crPhage™ Technologyを用い、尿路感染症を引き起こすE. Coli(大腸菌)を除菌する、CRISPR/Cas3で設計されたバクテリオファージカクテルcrPhage™や、クローン病を引き起こす腸内細菌叢中のAIEC(腸管接着性侵入性大腸菌)を除菌する、CRISPR/Cas3で設計されたバクテリオファージカクテルcrPhage™の臨床応用を進めているバイオベンチャーである。BiomXは、溶菌性バクテリオファージを用いて生体内の常在細菌叢中の特定の細菌を殺すファージセラピーの開発を行っているイスラエルのバイオベンチャーであり、ニキビや炎症性腸疾患、肝臓病、がんなどの慢性疾患の治療薬創製を目指している。
・今回紹介するgensaicは、ファージ由来粒子phage-derived particles (PDPs)を用いた遺伝子治療法の臨床応用を目指しているバイオベンチャーである。マサチューセッツ工科大学のProf. Angela M. Belcherらのグループは、M13ファージを改変したPDPsをマウスに投与すると、in vivoにおいて遺伝子導入可能であることを見出している。
・M13ファージは、糸状のナノ構造で、遺伝子工学を用いて、キャプシド表面を機能化、または物質の複合化を促進するためのペプチド配列の融合に適している。inho(ポルトガル語で「小さな」という意味)システムは、ファージの長さとファージ円形一本鎖DNA(cssDNA)配列を厳密に制御するように設計されている。野生型(WT)M13ファージは、何千ものらせん状のp8タンパク質サブユニットがM13ゲノムに沿って組織化され、長さ約880 nm、直径約5 nmという高い長さ対直径のアスペクト比を持つウイルス体を形成している。Prof. Angela M. Belcherらのグループは、M13アセンブリシステムをハックし、様々な配列長のデザイナーcssDNAゲノムをパッケージングして短いファージを作り、WT-M13ファージに比べて20倍も短い約50 nmのファージ粒子を作製した。
・この短いファージ粒子(PDP)は、細い棒状の形状を示し、M13ファージプラットフォームの5種類のカプシドを保持しているため、機能性たんぱく質を調整可能に発現し、到達困難なin vivoターゲットへの複数のペイロードの標的輸送や送達に使用できる可能性がある。さらに、パッケージ化されたinho cssDNAは、ファージ製造のしやすさ、配列の高いフィデリティと長さ、ゲノムDNAへの挿入の可能性が低さという利点を持つ、エレガントで高効率なクローズドエンド型遺伝子カセット技術である。inho PDPのcssDNAは、ファージDNA由来の塩基数が200以下であり、標的細胞特異的な効果を駆動するための遺伝子を導入することが可能である。
・Prof. Angela M. Belcherらのグループは、この調整可能な短いM13 PDPプラットフォームが、in vivoとin vitroの細胞レベルの両方で採用され、またサイトカイン、酵素、遺伝子または化学物質を同時に分配するためのマルチモーダルナノスケールキャリアを提供することができるとしている。
・このPDPプラットフォームは以下のような利点を持つ
①ターゲティング可能(標的細胞や標的臓器を限定できる)
2018年のノーベル賞受賞研究であるファージディスプレイを活用することで、PDPはその被膜に高親和性のターゲティング分子を表示し、標的組織へ送達するようにモジュール設計することができる。現在、肝臓、肺、中枢神経系(CNS)を標的とするPDPを開発中。
②搭載できる遺伝子サイズの拡充
従来の遺伝子治療は、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターに依存しており、4.7kbの遺伝子カーゴに制限されている。PDPは20kbまでのDNAを搭載することができ、99%以上の完全長ヒト遺伝子(cDNA)を搭載して正確な発現と本来の機能の最適化が確認されている。
③再投与可能
PDPは、ヒトマイクロバイオームに常在するM13ファージから設計されている。日常的に何十億ものファージがヒト血流にのっているため、M13ファージは免疫学的に優れた特性を持ち、再投与可能な遺伝子導入モダリティの設計を可能にする。
④大量製造可能
PDPは細菌細胞株で容易に構築されるため、AAVと比較して100倍以上の低コストで臨床用量を製造することができる。これにより、スケーラブルで誰もがアクセス可能な遺伝子治療を実現することができる。
・gensaicは、PDP変異体のハイスループットなスクリーニングのために、独自のRNA駆動型指向性進化プラットフォームを開発している。このプラットフォームを用いることで、細胞特異的な遺伝子導入、細胞内輸送、ヒト細胞での効率的な遺伝子発現を促進するPDPバリアントを同定することができる。
・棒状ナノスケール材料の利点の1つは、球状ナノ粒子とは対照的に、血管壁に沿って縁取りおよび移動する傾向があることである。糸状ファージのこれらの特性は、CNS標的のナノ粒子として使用でき、血液脳関門を越えてペイロードを輸送するための理想的なシステムである。また、糸状ファージを経鼻的に投与した場合、CNS空間への集積が増加することが報告されている。
パイプライン:未開示
最近のニュース:
中枢神経系(CNS)疾患のためのファージ由来の遺伝子導入ビークルを独占的に開発する契約をOvid Therapeuticsと締結
コメント:
・ファージの形状をデザインし直してAAVベクターなみに小さくすることで拡散性能をあげ、in vivo遺伝子治療に使えるようにしたという非常にユニークな技術。AAVベクターの欠点である搭載遺伝子サイズの限定、中和抗体による投与制限、製造コストという欠点がカバーされているところが非常に魅力的。一方で、遺伝子発現がどの程度のレベル(発現量、発現範囲など)なのかは未知数である。特にマウスでの結果は報告されているが、ヒトではどうなのかは不明。
・AAVベクターももともと安全性が高いウイルスベクターと考えられていたが大量投与することで肝炎等を起こすことがわかってきており、ファージが生体内に常在しているとはいうものの、大量投与した際に副作用が起きないかどうかは今のところわかっていない。
・ファージは細菌に感染するウイルスだが、gensaicの改変ファージは被膜表面にターゲティング分子を発現させることで、ヒト細胞膜上の分子に結合し、取り込まれるようにデザインしていると考えられる。そのようなターゲティング分子を見つけてくること自体がそもそも大変なのだが、ファージディスプレイと指向性進化法を使うことで可能となるのだろう。
キーワード:
・M13ファージ
・合成生物学
・遺伝子治療
・血液脳関門
免責事項:
正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対してもケンは責任をとれません。よろしくお願いします。
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