pre-mRNAに作用してスプライシングを調節する低分子化合物Risdiplam(Roche/PTC Therapeutics創製)の登場によって注目が集まっている「RNAに作用する低分子化合物」というコンセプトに基づいた治療薬の探索、開発を行っているバイオベンチャー
ホームページ:https://www.expansionrx.com/
背景とテクノロジー:
・rasや、myc、p53などはこれまでの数多くの研究から、その変異ががんの発生、増殖などに関わることが明らかになっている。にもかかわらず、これまでこれらの遺伝子から転写、翻訳されるたんぱく質をターゲットとした低分子化合物創薬は成功してこなかった。そのため、これらの分子を含む創薬困難なターゲットはundruggableなターゲット分子と分類されてきた。これは低分子化合物が結合できる明確な結合ポケット構造を持たないたんぱく質であるためであると考えられてきた。しかし最近はKRASに対する低分子化合物創薬が成功し、p53に対する低分子化合物の創製も試みられている(参考&PMV Pharmaceuticals)。
・また、これまで低分子化合物創薬の標的として主にたんぱく質がターゲットとされてきたが、RNAは病気の原因となることや、病気のメカニズムの上流に位置することから、魅力的なターゲットである。古くは細菌のリボソームをターゲットとするストレプトマイシンがあるが、Streptomyces 菌から分離された天然化合物である。メルク社は、細菌のリボフラビン生合成経路を阻害する小分子の表現型スクリーニングにより偶然リボシルを発見した。リボシルは、フラビンモノヌクレオチド(FMN)リボスイッチ(mRNA分子の一部分で、低分子化合物がそこに特異的に結合することで遺伝子発現が影響を受けるもののこと(Wikipediaより)を阻害し、下流のmRNAの翻訳を阻害する。リボシルの開発は、表現型スクリーニングによってRNAに結合する低分子が得られることを証明しており、作用機序としてRNAの調節を考慮するきっかけとなった。
・このような表現型研究を早くから取り入れていたのが、PTC Therapeuticsである。彼らのプログラムには、停止コドンの読み取りを阻害したり、プレmRNAスプライシングの結果に影響を与える化合物が含まれている。表現型試験の結果、デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)の治療薬候補であるAtalurenが見つかった。DMDはジストロフィンのmRNAの中にある早発のストップコドンが原因で発症するが、atalurenはその読み飛ばしを促進すると考えられている。Risdaplamは、PTC Therapeutics によるこのスクリーニングから生まれた2番目の化合物であり、脊髄筋萎縮症(SMA)の治療薬としてプレmRNAスプライシングに影響を与える。この常染色体劣性の神経変性疾患は、survival motor neuron (SMN) たんぱく質の欠損が原因であり、SMN1遺伝子の欠失または機能喪失が原因となっている。SMAは、SMNたんぱく質レベルの低下に応じて疾患の重症度が上がる。しかし、SMN2は、CからTへの一塩基置換によりエクソン7が偏ってスキップされるため、通常、短くて機能しないSMNたんぱく質を生成し、生成されるたんぱく質の半減期が短くなる。RocheとPTC Therapeuticsは、ルシフェラーゼを用いた細胞実験で、SMN2遺伝子エクソン7の取り込みを増加させる化合物を同定した。その後、患者さん由来の細胞およびマウスモデルを用いた有効性試験、およびRNA-Seq解析による選択性の検証を経て、経口活性型のRisdaplamは、SMN2をコードするプレmRNAをそのスプライシング結果を変更することにより、より長命なバージョンに変換することが確認された。同様の報告によると、Novartisの表現型スクリーニングにより、同様にスプライシング調節によって機能的なSMNたんぱく質の産生を増加させる化合物Branaplamが同定され、現在、臨床開発が進められている。表現型スクリーニングにより同定されたため、これらのスプライシング調節剤の作用機序は完全には定義されていない。
・今回紹介するExpansion Therapeuticsも、RNAに作用する低分子化合物による治療薬開発を行っているバイオベンチャーである。創業者の一人であるScripps ResearchのProf. Matthew D. Disneyらの研究成果をベースに創薬を行っている。
・その創薬プラットフォームは主に以下の3つで構成される。
①患者の遺伝情報を利用して、疾患を引き起こすRNA構造を特定する
②RNAに焦点を当てた独自のライブラリーをスクリーニングし、RNAターゲットを調節する分子を探す
③構造生物学的なSMiRNA™プラットフォームを活用して、RNAを標的とした医薬品を発見する。
・上記プラットフォームでは、独自に開発したツールや低分子ライブラリー、Chem-CLIP(Chemical Cross-Linking Isolated by Pull-down:化合物とRNAの化学的架橋とそのプルダウンにより分離する技術。低分子の細胞内RNAターゲットを同定)、NMR/ドッキング/計算機などを活用して、これらの構造に結合したり調節したりする薬剤性低分子を効率的に同定する。また、低分子-RNA複合体の3次元構造を解明し、リード医薬品の効率的な最適化を行う。
パイプライン:詳細未開示(フォーカスしている対象疾患をリストアップ)
・ DM1(筋強直性ジストロフィー1型)プログラム
筋萎縮と筋硬直に多臓器障害を併発する先天性疾患であるDM1はDMPK遺伝子のCUGリピート(反復配列)の異常伸長によって引き起こされる。DMPKのmRNAにおけるCUGリピート異常伸長は、マッスルブラインドと呼ばれるプレmRNAスプライシング制御たんぱく質(RNA結合たんぱく質)を引き寄せ、隔離してしまう。隔離されたマッスルブラインドは、RNA結合たんぱく質の本来の機能のひとつである様々なpre-mRNAの選択的スプライシングを制御することができず、多くの器官や組織で異常なたんぱく質の産生を引き起こす。探索研究段階。
・ALS(筋萎縮性側索硬化症)/ FTD(前頭側頭型認知症)プログラム
C9orf72のmRNAの第1イントロンに存在するGGGGCCというリピートの伸長は、安定した構造を形成しており、これがRNA翻訳装置に異常に認識される。この結果、リピート関連の非ATG翻訳(RAN翻訳)が起こり、翻訳の正しいシグナル(ATG開始点)が存在しなくてもRNAがたんぱく質に翻訳される。この翻訳によって毒性のあるポリペプチドが作られ、核の輸送やその他の細胞機能に影響を与えることで神経細胞にダメージを与える。探索研究段階。
・ タウオパチープログラム(認知症・運動機能障害 )
タウたんぱく質をコードする遺伝子(MAPT)の変異は、毒性のある4Rタウレベルを増加させ、認知症の一形態(FTDP-17)を引き起こす可能性がある。また、4Rタウの不均衡は、アルツハイマー病を含む他のより一般的な疾患の原因となる。MAPT pre-mRNAを標的とするSMIRNAは、スプライシングパターンを変化させ、3Rと4Rのタウの正しいバランスを回復させることにより、4Rタウを減少させる。探索研究段階。
コメント:
・パイプラインに記載したとおり、DNA中に繰り返し配列を持つ疾患にフォーカスしている。ただ、それに作用する化合物の作用メカニズムは、疾患によって異なるようで、
①リピート配列を持つ転写産物を標的とするためのアプローチは、リピート転写産物のヘアピンに埋め込まれた非正対構造に結合する低分子を特定するアプローチ
②RAN翻訳によって毒性のあるポリペプチドが産生されるケースでは、RAN翻訳を阻害するアプローチ
となっている。
・上記パイプラインの「タウオパチープログラム」は創業者の一人であるScripps ResearchのProf. Matthew D. Disneyのラボからライセンス供与を受けているとのこと(参考)。ただ、開発ステージを見る限り、ヒット化合物もしくはリード化合物レベルでのライセンス供与だと推測される。今後、社内でリード化合物最適化や安全性試験の実施は必要で、まだ臨床試験開始までは時間がかかるかもしれない。
キーワード:
・RNAに作用する低分子化合物
・リピート配列の異常伸長
・遺伝性疾患
・神経変性疾患
免責事項:
正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対してもケンは責任をとれません。よろしくお願いします。
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