アデノ随伴ウイルスベクターを用いて特定の神経細胞に発現させた人工受容体と、その人工受容体のみを特異的に制御できる経口投与可能な低分子化合物を用いた独自プラットフォームで、神経因性疼痛、てんかんの治療法開発を目指すバイオベンチャー
背景とテクノロジー:
・アルツハイマー病やパーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの神経変性疾患は、承認薬が少なく、その治療満足度も低い。統合失調症やうつ病などの精神疾患は複数の治療薬はあるが、ほとんどが類似の作用メカニズムであり、治療抵抗性となる患者さんも多い疾患である。このように中枢神経系疾患にはアンメットメディカルニーズの高い疾患が多い。
・中枢神経系疾患のアンメットメディカルニーズが高いにも関わらず、治療薬が少ない理由としては以下のような原因が考えられている。
①疾患の原因、創薬ターゲット分子が不明
神経変性疾患、精神疾患とも疾患の原因について分かっていないことが多い。アルツハイマー病はアミロイドβの蓄積によって起こると考えられているが、抗アミロイドβ抗体を用いて脳内のアミロイドβ量を減らしても著しい認知機能改善効果は現在までのところ見られていない。精神疾患はその疾患原因についても不明な点が多い上、新薬の多くは、偶然見つかったモノアミン(ドパミン、セロトニン、ノルアドレナリン)シグナルを調節する薬およびその類似薬のみである。
②バイオマーカーの不在
神経変性疾患、精神疾患とも何らかの脳内の変化によって起こっていると考えられているが、その変化を捉えられるバイオマーカーが見つかっていない。アルツハイマー病においては、脳内アミロイドβ量が測定できるPETイメージングが開発されているが、非常に高価なためハードルが高い。また①にも記載したようにアミロイドβを減少させても認知機能改善が見られないことが報告されている。血中バイオマーカーとしては、アルツハイマー病でニューロフィラメント軽鎖の量が増加する可能性が報告されているが、まだ診断に使用できるには至っていない。
③血液脳関門の存在
治療介入する時にハードルとなるのが、血液脳関門の存在である。血液中から脳内への物質の移動は厳密にコントロールされており、グルコースなど限られた小分子しか脳内に入ることができない。このコントロールを行っているのが血液脳関門である。血液脳関門のために、抗体やたんぱく質、核酸などの高分子は脳内に入ることができない。低分子化合物の脳への透過についても分子量、脂溶性などの厳しい条件がある上、分かっていないことも多い。このため治療薬を作るハードルが非常に高い。
④神経回路を調節する手法の不在
脳が機能を発揮するメカニズムの一つとして、神経細胞同士が回路を形成し、その回路としての活動から機能が発揮されているという仮説がある。しかし、これまでの創薬は創薬ターゲット分子を見出し、それに作用する化合物を用いたアプローチが主だった。そのため脳波測定やfMRIイメージングなどで特定の神経回路を調節することで疾患制御できる可能性が示されてきているが、それをコントロールできる手法が確立していない。
・③、④の問題を解決する方法として最近、TMS(Transcranial Magnetic Stimulation:経頭蓋磁気刺激法)による精神疾患治療が注目されている。これは、頭皮上に置かれた刺激コイルにごく短時間で大きな電圧をかけて急速(100 μ s程度の立ち上がり)に電流を流して変動磁場を発生させる。変動磁場の影響下にある大脳皮質がコンデンサのように振る舞い、刺激コイルに流した電流とは逆向き(磁場の変化を打ち消そうとする方向)の誘導電流(渦電流)が刺激コイルの直下に生じて、神経細胞を電気刺激して活動電位が生じるというメカニズムで神経回路を調節する医療機器である。反復性のTMS(rTMS)は神経可塑性を亢進し刺激終了後にも持続する長期効果を持つため、精神神経疾患の治療応用研究がなされている。うつ病に対するrTMSの治療的使用は1995年以降盛んに研究され、2008年には米国FDAの承認を受けている(出典PDF)。
・今回紹介するCODA Biotherapeuticsは、特定の神経回路を制御するために遺伝子治療と低分子化合物を組み合わせた治療法(ケモジェネティクス)の開発を行っているバイオベンチャーである。CODA Biotherapeuticsが開発している技術プラットフォームでは、遺伝子治療によって標的となる神経細胞を改変し、調整可能なリガンド依存型イオンチャネル(人工受容体)を発現させる。このリガンド依存型イオンチャネルは、独自に開発した特定の小分子に強く反応するように設計されているが、それ以外は不活性である。投与された低分子化合物と人工受容体の相互作用により、神経細胞を用量依存的に制御し、治療効果を得ることができるという技術である。
・実験動物を用いた非臨床研究技術としては確立されており、DREADDs (designer receptors exclusively activated by designer drug)と呼ばれる。人工受容体の一例としては、改変されたM3ムスカリン性アセチルコリン受容体を用いる。特異的な制御剤としての低分子化合物は、クロザピン-N-オキシド(CNO)が用いられる。人工受容体は生体内のアセチルコリンには反応せず、CNOにのみ反応する。CNOも薬理学的に不活性である。
・CODA Biotherapeutics独自のプラットフォームでは、人工受容体は、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターによって発現させる。AAVのキャプシドとプロモーターを選択することで、複数のタイプの神経細胞の活性を調節することができる。その結果、基礎的な病態生理が異なる多くの神経疾患の治療に柔軟に対応することができるとCODA Biotherapeuticsは計画している。
・CODA Biotherapeuticsは、複数の人工受容体およびそれを特異的に制御できる経口投与可能な低分子化合物を開発している。標準的な脳外科手術を用いて、AAVベクターを標的となる神経細胞に直接投与することで、標的外への影響を抑える。ターゲットとなる神経細胞で発現した人工受容体は、低分子化合物によって制御され、神経細胞の活動を調節することができる。これにより、薬剤の投与量に応じて、受容体、ひいては神経細胞の活動を選択的、調整的、可逆的に制御することが可能となる。
パイプライン:詳細未開示
・神経因性疼痛
現行治療法として、末梢神経や中枢神経の一部を切除する手術というアプローチがあるが、最終手段であり、後遺症が残る可能性がある。開発ステージ不明。
・焦点性てんかん
脳の特定の場所(通常は片方の半球)から発作が起こる。てんかん全体の約60%を占める。外科的手術は、脳の一部を切除するため、後遺症が残る可能性がある。開発ステージ不明。
最近のニュース:
CODA Biotherapeutics はAttenuaを買収した。これによりPhase IIを含む複数の臨床試験において安全性と忍容性が確認されている3つの低分子化合物を取得。CODAではこの低分子化合物によって制御できる人工受容体を設計した。
コメント:
・デザイナー受容体をデザイナー化合物で刺激して特定の神経回路を制御するという最先端技術の臨床応用を目指すバイオベンチャー。非常に面白い技術だが、生体内では全く働かないが標的のデザイナー受容体にだけ働く低分子と受容体の組み合わせを作るのはなかなか大変だろう。非臨床研究で使われている クロザピン-N-オキシドは統合失調症治療薬クロザピンの代謝産物であり、本当に薬理活性がないのかどうかは不明な点が多いと言われている。
・特定の神経回路を、特定の時間だけ、特定の強さで制御できるという技術が実現できれば、画期的な治療法となるだろう。一方で、侵襲性の高い外科的手術、AAVベクター投与など患者さんの負担は大きいため、対象となる患者さんは限定されるかもしれない。
・同じようなアプローチを行っているバイオベンチャーにRedpin Therapeuticsがある。
キーワード:
・遺伝子治療
・合成生物学
・デザイナー受容体
・DREADD(designer receptors exclusively activated by designer drugs)
・神経疾患(神経因性疼痛、てんかん)
免責事項:
正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対してもケンは責任をとれません。よろしくお願いします。
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