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Boundless Bio (La Jolla, CA, USA) ーケンのバイオベンチャー探索(第211回)ー


がん細胞の核内において、染色体外DNA(ecDNA)が生まれ、がんの増殖や不均一性に関与しているという知見に基づいた、新たながん治療薬の創製を目指すバイオベンチャー


ホームページ:https://boundlessbio.com/


背景とテクノロジー:

・がんの薬物療法では、従来からの化学療法剤とともに、がん選択的に発現する分子、がん細胞の増殖や転移に関わる分子を標的とした分子標的薬が使用されている。Bcr-Ablチロシンキナーゼ阻害薬である慢性骨髄性白血病治療薬グリベック(イマチニブ)、抗HER2モノクローナル抗体である乳がん治療薬ハーセプチン(トラスツズマブ)などは分子標的薬の代表例である。これら以外にも多数の分子標的薬が開発され、がんの治療実績が向上している。一方でこれらの治療薬では治療できない治療抵抗性のがんが存在することも明らかになっており、新たな創薬標的の探索が活発に行われている。


・分子標的薬は新たながんのドライバー遺伝子を見出して、その機能を調節することでがんを治療するアプローチであるが、このアプローチとは異なるアプローチも注目されている。がん細胞の中には、がんを促進する遺伝子のコピー数が著しく増加している高コピー数増幅型がん遺伝子を持つ細胞があることが報告されている。がん遺伝子が急速に複製されると、がんを促進するたんぱく質のコピーが過剰になり、がん細胞が超高速で成長・分裂し、増殖と生存を可能にする。コピー数駆動型のがんは、攻撃的で治療が困難ながんとなることが多い。また、多くのがんにおいて、コピー数は予後の悪さや再発を予測指標となる。しかし、コピー数駆動型のがんを標的とした治療薬はまだ開発されておらず、この分野には大きなアンメットニーズがある。


・今回紹介するBoundless Bioおよびその創業メンバーであるカリフォルニア大学サンディエゴ校のProf. Paul S. Mischelらは、新しいDNAマップを構築し、どの遺伝子ががんで高いコピー数の増幅を持つかだけでなく、その高いコピー数が細胞内のどこに存在するかを確認した。その結果、コピー数の多いがん遺伝子は、従来想定されていた染色体内ではなく、染色体外DNA(ecDNA)上に存在することが多いことが明らかとなった。さらに、ecDNA上で発現したがん遺伝子は転写率が高く、がんを引き起こすたんぱく質がさらに増えることが示されている。


・染色体外DNA(extrachromosomal DNA: ecDNA)とは、染色体外でありながら細胞の核内に存在する円状のDNAのことである。がん遺伝子のように、細胞の生存に有利なたんぱく質に変換される遺伝子がecDNAに含まれている場合、ecDNAは複数のコピーを持つ細胞に明確な優位性を与え、腫瘍の成長、進行、標準的な治療法への抵抗を引き起こす可能性がある。


・ecDNA自体は、細胞内で急速に複製され、がん遺伝子のコピー数が多くなる。コピー数が多いという特徴は、細胞分裂の際に非対称に娘細胞に受け継がれる。細胞は、化学療法や放射線療法などの既存の治療法を含む様々な選択圧の下で生存するために、ecDNAとその結果として生じるがん遺伝子をアップレギュレートまたはダウンレギュレートする能力を持つことになる。一般的に、ecDNAは健康な細胞には存在しないが、固形がんの半数近くで高い頻度でその存在が確認されている。


・正常なヒトの細胞では遺伝子とその遺伝子がいつどのように発現するかを制御する制御因子は、染色体上に存在する。ecDNAが形成されると、このプロセスが破壊される。遺伝子とその制御要素は、細胞分裂の際、時に染色体外環状DNAに飛び移ってしまう。その結果、細胞は互いに遺伝的に異なり、がん細胞は常に新しい遺伝的多様性を獲得し、治療などの状況の変化に迅速に適応できるようになる。遺伝的多様性があれば、より最適な状態で増殖する細胞が出てきて、その細胞が成長や生存に有利になる。このような珍しい形でecDNAが染色体を介さずに継承されることで、ある種のがんは急速に進化・変化し、攻撃性を増して治療に抵抗するようになる。


・また、染色体外DNAの環状構造は、ecDNA上の遺伝子がどのように発現するかを変化させることで、攻撃的な癌の成長に寄与する。染色体上のほとんどの遺伝子は、必要とされる時以外は転写因子などの分子群がアクセスできないため、発現が厳密に制御されている。ecDNA上では、遺伝子とその制御領域に非常にアクセスしやすくなり、環状構造が新たな相互作用を生み出す。これが、環状構造のecDNAの非常に高いコピー数と相まって、がんの成長を促進するがん遺伝子の超高レベルの発現に寄与している。


・コピー数の多い増幅によって引き起こされるがんは、特定の体細胞変異や融合によって引き起こされるがんとは異なる。点変異や融合を標的とした精密医療のアプローチによる治療法の開発が進んでいるが、高コピー数増幅駆動型のがんに対しては、現在の治療法は一般的に機能しないと考えられる。高コピー数増幅駆動型のがんは、最も侵攻性が高く、治療が困難ながんであることが多い。がんの最も強力な要因の一つであり、回避メカニズムでもあるecDNAを標的とすることで、これまで難治性と考えられていたがんを効果的に治療できるようになるとBoundless Bioは考えている。


・Spyglass™プラットフォームは、独自のecDNA駆動型でペアマッチの腫瘍モデルと、独自のイメージングおよび分子解析ツールからなる包括的なプラットフォームであり、ecDNAの生物学的性質を調べ、ecDNAによって実現されるがん細胞の機能に不可欠な新規のがん特異的標的分子を特定する。Spyglassプラットフォームは、ecDNAを主成分とするがんを特異的に標的とする精密治療薬の開発を促進する。がんの遺伝子プロファイルから、新規治療薬候補が最も効果を発揮する可能性の高い患者に対する選択的な治療を行う層別化治療も可能となる。


パイプライン:未開示


コメント:

・核内の染色体外DNAががんの増殖、転移、不均一性などに関与していて、これをコントロールすることで新たながん治療薬を作ろうとする新たなコンセプトのバイオベンチャーで、どのような創薬になるのか注目される。創薬だけでなくバイオマーカーや患者さんの層別化などの診断への応用も期待される。一方で、それなりの遺伝子サイズであろうecDNAをどのように制御するのか、そのあたりのアプローチも気になる(低分子化合物?核酸?)。


・話は異なるが細胞質内に環状RNAが存在し、miRNAを非特異的に吸着して抑制するmiRNAスポンジとして働いているという報告がある(参考)。このように新たな形態、トポロジーを持つ核酸が見つかり、その機能が明らかになることで新たな創薬ターゲットが見つかってくるのかもしれない。


・ゲノムDNAは3次元構造が非常に厳密に制御されていて、これをコントロールすることで遺伝子発現を制御する創薬も試みられている(Omega Therapeutics参照)。全ゲノムDNA配列が明らかになった現在でも、DNAを標的とした新たなコンセプトの創薬が生まれてきており、この領域はまだまだ発展していきそうだ。


キーワード:

・染色体外DNA

・がん


免責事項:

正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対してもケンは責任をとれません。よろしくお願いします。

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