神経変性疾患において共通して見られる凝集体形成の原因として、細胞質内に形成されるストレス顆粒に着目し、その除去もしくは形成阻害する低分子化合物の開発を行っているバイオベンチャー
背景とテクノロジー:
・神経変性疾患における凝集体の形成は、加齢に伴うプロテアソーム系やオートファジー系などのたんぱく質恒常性システムの機能低下により、ミスフォールディングを起こしやすいたんぱく質が非生理的に凝集し蓄積することが主な原因であると考えられている。しかし最近の研究から、たんぱく質だけでなくRNAの代謝におけるストレス応答が神経変性疾患に深く関与している可能性が示唆されてきている。
・多くの細胞内分子と異なり、RNAはほとんど細胞内小器官(核、ミトコンドリア、リソソーム、ペルオキシソーム、ゴルジ装置、シナプス小胞など)に囲まれておらず、細胞質内に存在している。RNAの局在は、一般にRNA結合たんぱく質(RBP)へのRNAの結合によって制御されており、RBP自身は液液相分離(LLPS)の過程によって合体する能力を持っている。このようにしてできた膜のない小器官がRNA顆粒である。RNA顆粒には様々な種類があるが、特にストレス顆粒(SG)は神経変性疾患やミオパチー(筋疾患)に関連すると考えられている。ストレス顆粒反応に関与するRBPをコードする様々な遺伝子には、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの運動ニューロン疾患と関連する変異が存在することが知られている。また、これらのたんぱく質は、アルツハイマー病(AD)や前頭側頭型認知症(FTD)など他の広範な神経変性疾患の原病態としても蓄積している。
・ALSは運動ニューロン疾患で、脊髄の運動ニューロンが急速に失われ、それに伴って運動機能が壊滅的に低下し、筋肉が衰え、RBP7であるTAR DNA結合たんぱく質43(TDP-43)を主に含む神経細胞内たんぱく質凝集体が蓄積することが特徴である。ADは、大脳皮質ニューロンの進行性減少を特徴とし、それに伴う認知機能の低下により、実行機能の低下や記憶喪失を呈する。ADの主な病態は、老人斑と神経原線維変化(NFT)で、老人斑はアミロイドβ(Aβ)というペプチドを主体とする細胞外凝集体であり、NFTは微小管に結合したたんぱく質質であるタウからなる神経細胞内凝集体である。Aβはアミロイド前駆体たんぱく質(APP)が切断されて生成され、Aβを介した毒性が神経細胞の傷害や変性を引き起こし、タウのリン酸化、オリゴマー化、ひいてはNFTの形成を誘発すると考えられている。FTDは、前頭葉皮質の神経細胞が徐々に失われることを特徴とし、行動異常(例えば、社会的抑制や記憶喪失など)を伴う。最も一般的なFTDの形態は、FTD-tauおよびFTD-TDPであり、それぞれタウ病理(NFTを含む)およびTDP-43病理を特徴とする。ADではAβがタウの機能障害と凝集を誘導するがが、FTD-tauではタウの機能障害と凝集が神経変性の近因とされている。
・ストレス顆粒の組成分析から、ストレス顆粒の中心成分はメッセンジャーリボ核タンパク質(mRNP)複合体であり、40Sリボソームサブユニット(60Sは含まない)、mRNA、翻訳開始因子からなる翻訳停止前複合体(PICs)であることがわかっている。PICs以外にも、多くのRBPがストレス顆粒の組み立てと分解に寄与している。ストレス顆粒は、生物学的または生物学的ストレスに応答して素早く(数分から数時間以内に)集合し、ストレスが除去されると素早く分解される。
・ALSやFTDの一部で蓄積する主要な病的たんぱく質凝集体としてTDP-43が同定された後、RBP凝集過程に注目が集まっている。この43kDのたんぱく質は、その35kDと25kDの切断断片とともに、ALS患者の脊髄に蓄積することが示されている。FUSの凝集はFUS変異を持つALSの症例で明らかであり、同様の状況は他のほとんどのRBP遺伝子疾患関連変異でも観察される。TDP-43とFUSがストレス顆粒の形成を促進すること、これらのRBPをコードする遺伝子の疾患関連変異がストレスにさらされた細胞にストレス顆粒の過剰蓄積をもたらすこと、そしてヒト脳におけるこれらのたんぱく質の病的蓄積はストレス顆粒マーカーと共局在化することが明らかになり、TDP-43とALS病理を示す疾患のメカニズムに対する理解において大きな前進となった。 RBPがストレス顆粒として結合すると、凝集しやすいたんぱく質が局所的なドメインに集められ、RBPが100-400倍に濃縮される。これらのたんぱく質が局所的に高濃度になることで、アミロイド形成性相互作用が持続的な病的オリゴマーやフィブリルの形成につながり、その結果、疾患が引き起こされる可能性が高くなると考えられている。
・いくつかの報告されているRBPの構造は、ストレス顆粒中で時間とともに進化し、長時間の結合により構造が変化しβシート構造を持つRBPが蓄積し、それに伴い不溶性のアミロイドが形成される。これらのβシート構造は、LLPSを促進するアミノ酸配列(low-complexity aromatic-rich kinked segments(LARKS)と呼ばれる)よりもはるかに安定で、不溶性たんぱく質の蓄積につながる。RBPはLLPSを繰り返しながら不溶性のアミロイド線維を形成することから、ヒト疾患やヒト疾患モデル動物において、膜のない細胞内小器官が細胞内封入体の蓄積の起点となっているとの仮説が提唱されている。
・TDP-43を含む病的なストレス顆粒の形成に至る経路が明らかになりつつある。ストレス反応の第一段階では、TDP-43が細胞質へ移動し、その多くがストレス顆粒と会合する。ストレスが続くと、ストレス顆粒とそれに付随するTDP-43は動きが鈍くなり、非流動性のゲルを形成するようになる。これらのストレス顆粒に結合したTDP-43はさらに進化し、ストレス顆粒の端に蓄積する傾向があり、もはやRNAとは結合していない不溶性の凝集体を形成する。これらのTDP-43の凝集体は、セリン残基409と410でリン酸化されており、これはヒトのALSやFTDの症例で観察される病的なTDP-43凝集体の特徴であり、これらのメカニズムと疾患病態との基本的な関連性が示唆されている。
・今回紹介するAquinnah Pharmaceuticalsは、ストレス顆粒を除去できる低分子化合物の開発を行っているバイオベンチャーである。25万種類以上の化合物をテストし、ストレス顆粒を除去できる化合物を多数特定している。これらの化合物は、強力で少量で経口投与が可能であり、血液脳関門を通過することができる。臨床試験は、今後2-3年の間に開始する予定とのこと。ALSは進行が速い病気のため、ヒト試験に入れば1年で薬が有効かどうかがわかる見込みとのことである。 ALSの患者さんで効果が確認されれば、アルツハイマー病の臨床試験にも取り組む予定。
パイプライン:未開示
アルツハイマー病やALS、前頭側頭型認知症などの凝集体形成が病気の原因とされている神経変性疾患
最近のニュース:
ALSおよびその他の神経変性疾患を治療するための脳浸透性経口低分子化合物の開発を推進する契約をRocheと締結。ALSの神経細胞の生存を改善する病的TDP-43の予防と除去に焦点を当てた先駆的な低分子プログラムを、Rocheの持つ開発・商業的専門知識を組み合わせ共同で進める。
コメント:
・細胞質でRNA、RNA結合たんぱく質(RBP)が液液相分離(LLPS)によって膜のない細胞内小器官を形成し、それが成長しストレス顆粒となり、さらに成長して凝集体となり細胞毒性を示すというRBPカスケード仮設に基づいた創薬を行っている。似たようなコンセプトのバイオベンチャーとしてDewpoint Therapeuticsがある。
・ストレス顆粒形成自体は異常たんぱく質の蓄積を防ぐ、シグナル伝達経路の調節、細胞傷害の抑制などの役割があると考えられており、ストレス顆粒の除去や形成阻害によってそれらの機能に対して影響が出ないのかが気になる。神経変性疾患は長期的な投薬が必要となる場合が多い疾患のため安全性の高い薬が求められる。
キーワード:
・ストレス顆粒
・低分子化合物
・神経変性疾患(筋萎縮性側索硬化症(ALS)、アルツハイマー病、前頭側頭型認知症)
・液ー液相分離
免責事項:
正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対してもケンは責任をとれません。よろしくお願いします。
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