患者さんからゲノム、トランスクリプトーム、プロテオームによる脳と脊髄組織のデータを集め機械学習解析を行い、見出したターゲット分子に対する化合物でALSの臨床試験を開始しているバイオベンチャー
背景とテクノロジー:
・従来の医薬品開発では、非臨床試験で特定され検証されたターゲットとメカニズムから着手する方法を用いてきた。そのため、これらの遺伝子やたんぱく質が実際に患者さんの病態に関与しているかどうか、大きな賭けに出ざるを得なかった。しかし創薬技術の発達によって、豊富な臨床データや分子データに機械学習を適用し、先入観にとらわれない仮説を立てて行うアプローチがメインになってきている。
・最近の創薬は、動物モデルやハイスループット・スクリーニング、細胞ベースのアッセイでターゲットを特定するのではなく、患者さん由来のデータからターゲットを特定することに最初の焦点が置かれている。大手バイオファーマ企業は、社内研究、学術機関との提携、国際的なバイオバンク構想の組み合わせにより、100万人をはるかに超える人々の分子および臨床データの膨大なコレクションを構築している。このような規模のデータにより、健康や疾病に大きな影響を与える希少な遺伝子変異を発見することができるようになった。しかし、これらのデータセットがますます大きくなり、トランスクリプトーム、プロテオーム、さらにはメタボロームデータなど、ゲノムを超えたオーミックレイヤーが組み込まれるにつれて、解析はより困難なものとなっている。そこで解析に機械学習を適用し特に、目に見えないようなシグナルをデータから探し出すことができるようになってきている。
・例えば、Celsius Therapeuticsは、患者さんの組織サンプルのシングルセルデータの機械学習解析によって特定した遺伝子ターゲットに基づく炎症性腸疾患の臨床プログラムを開始している。また、Relation Therapeuticsは、シングルセル解析と臨床的洞察を組み合わせた機械学習ベースのプラットフォームを実装し、骨疾患の治療のための新しいターゲットを発見している。Immunaiは、患者さんの膨大な免疫学的データに人工知能を適用して新薬ターゲットを特定するアプローチを行ったいる。Insitroは、がんの病理組織画像、ゲノム配列、臨床医のレポートなどを分析し、特定の病態に関連する特徴を特定できる機械学習ベースのプラットフォームを開発している。
・In silico Medicineは、筋萎縮性側索硬化症(ALS)における制御不能な遺伝子発現プロファイルや変化した経路を人工知能で特定し、標的を発見している。最近の発表では、死後のCNSサンプルと、ALS患者と対照者の公開データセットらのiPSC由来の運動ニューロンデータから抽出し、11の新規ターゲットを含む、将来の医薬品開発のための17の潜在的ターゲットを発見したと報告している。また、Alchemabは、機械学習を使用して、がんサバイバーが病気に対して回復力があるのはなぜかを分析し、保護的な自己抗体を持っており、それが病気の回復力をもたらしていることを明らかにしている。Alchemabでは、各個人の数千万個のB細胞(B細胞レパートリー全体の約1%)の抗体コード化DNA配列にAI解析を適用することで、これらの保護抗体とその標的となる細胞性たんぱく質を明らかにすることを目指している。
・今回紹介するVerge Genomicsは神経変性疾患に焦点を当て、7,000人の患者さんからゲノム、トランスクリプトーム、プロテオームによる脳と脊髄組織のデータを集め機械学習解析を行い、リソソーム機能と疾患病理学との間のリンクを検出し、その知見から創製した化合物でALSの臨床試験を開始しているバイオベンチャーである。
・Verge Genomicsでは、上記の解析から、遺伝子間の相互作用や制御に関する多くの知見が得られ、それをもとに潜在的な標的のリストを作成している。上位にランクされたターゲットの1つがPIKfyveと呼ばれるホスホイノシチドキナーゼである。
・インシリコで予測した結果をウェットラボで検証し、機械学習プラットフォームと相互に強化し合う学習サイクルを構築している。新規ターゲットを発見し、社内で独自の臨床候補化合物を完全に独自のプラットフォームで開発した、AI活用型創薬企業の1つである。これを4年で達成している。
パイプライン:
・PIKfyve
独自技術であるConVERGEプラットフォームから同定されたALSのターゲット分子ホスホイノシチドキナーゼPIKfyveを標的とした低分子化合物。
開発中の適応症
・Phase I
筋萎縮性側索硬化症(ALS)
最近のニュース:
Eli Lillyと 3 年間の共同研究を行い、ALSの治療に向けた新規治療法を開発することを発表
コメント:
・死後脳や患者さん由来iPS細胞から分化させた神経細胞など、ヒトサンプルのデータを用いた創薬は、海外大手製薬会社含め、多くの会社がヒトオミックス解析でターゲット分子を探索している。しかし、必ずしも成功確率が高いターゲット分子が見つかっているわけではない。Verge Genomicsはすでに1つのプロダクトを臨床試験にすすめており、実績があるところが強み。オミックス解析の機械学習技術において、何らかの独自性がある技術を持っているのかもしれないが、現状不明。
・がん領域などでは、遺伝子解析結果から見出されたターゲット分子から創薬を行い、新たな創薬ができているが、神経変性疾患ではこれまで同じようなアプローチで成功していない。試行回数が少ないだけなのか、アプローチの方法が疾患によって異なるのか、それとも投与タイミングなど臨床試験のやり方に問題があるのか、今のところわかっていない。
キーワード:
・人工知能(AI)創薬
・オミックス解析
・神経変性疾患
免責事項:
正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対してもケンは責任をとれません。よろしくお願いします。
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