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Synlogic (Cambridge, MA, USA) ーケンのバイオベンチャー探索(第220回)ー


STINGアゴニストを放出する大腸菌によるがん免疫療法など、合成生物学的アプローチで改変した大腸菌をプロバイオティクスとして投与する治療法の確立を目指しているバイオベンチャー


ホームページ:https://www.synlogictx.com/


背景とテクノロジー:

・人体と外界の間には微生物叢が存在し、人体(宿主)に様々な影響を与えている。中でも腸内微生物叢は宿主と相互作用する複雑な微生物生態系であり、腸内マイクロバイオームという用語は、その遺伝的プール(私たちの「第二のゲノム」)を意味していると言われている。健康と疾病における宿主と腸内マイクロバイオームの相互作用の重要性に対する理解が深まるにつれ、腸内マイクロバイオームを利用した治療法の臨床研究が数多く開始されている。

・健康および疾患におけるヒトの腸内マイクロバイオームに関する研究では、微生物の異常に関連する、あるいは腸内に作用部位があると考えられる複雑で難治性の疾患に対処するためのアプローチとして、生きた細菌が治療に役立つ可能性があることが示されてきている。プロバイオティクスによる治療は、腸内マイクロバイオームのバランスを回復させる可能性があり、様々な病態におけるプロバイオティクスの有効性を検討した多くの研究やメタアナリシスが行われている。

・Escherichia coli(大腸菌)は、ヒトの治療用に開発された最も初期のプロバイオティクス細菌株の一つである。プロバイオティクス大腸菌の中でもE. coli Nissle 1917は、1900年代初頭に発見されて以来、ヒトを対象とした数多くの研究が行われており、ドイツなどではMutaflor(Ardeypharm, Herdecke, Germany)という商品名で販売されている。E. coli Nissle 1917は、1917年に発見されて以来、炎症性腸疾患や過敏性腸症候群などの様々な胃腸疾患の治療のために使用されてきた。


・大腸菌はヒトに定着せず、摂取から1週間後のヒトの糞便中にも存在しない。長期間の使用、優れた安全性、遺伝的な扱いやすさから、E. coli Nissleを人工的な治療法を開発するためのモダリティとして使用することへの関心が高まっている。


・今回紹介するSynlogicは、すでに臨床で使用されているE. coli Nissleに対して合成生物学的アプローチを用いて臨床応用を目指しているバイオベンチャーである。Synlogic独自の革新的なツールやモジュール化されたコンポーネント(最先端の代謝遺伝子回路や、意図した環境下で薬を活性化させる制御遺伝子スイッチなど)のライブラリを組み合わせることで、特定の治療機能を果たすように設計された細菌・微生物を製造する。


・合成生物学的アプローチとしては例えば以下の4つのようなものを開発している。組み込まれた遺伝子は誘導物質で発現をON/OFF可能なプロモーターを用いて制御できる。また、細菌の栄養要求性を付与することで、体内体外での増殖を制御可能。

代謝物消費

特定の毒性代謝物を無毒化する酵素の遺伝子を組み込んだ細菌のデザイン。毒性代謝物を細菌内に取り込み無毒化させる。

低分子産生

特定の低分子を活性化体へ変換する酵素を組み込んだ細菌のデザイン。細菌内で産生された活性化低分子を放出させる。

細胞壁表面ディスプレイ

ペイロード(搭載遺伝子)+アンカー(細胞壁に安定化させる細胞壁貫通領域をコードする遺伝子)+sec(細胞壁へ局在させる遺伝子)の3つが融合した遺伝子を組み込んだ細菌のデザイン。細菌で発現することで、細菌の細胞壁上に特定のたんぱく質(ナノボディなど)を発現させる。

エフェクター分泌

ペイロード(搭載遺伝子)+sec(細胞壁へ局在させる遺伝子)の2つが融合した遺伝子を組み込んだ細菌のデザイン。細菌で発現することで、特定のたんぱく質を細菌外に分泌させる。


パイプライン:

SYNB1618

SYNB1934

フェニルアラニンを分解する酵素をコードする遺伝子(Phenylalanine ammonia-lyase 3(フェニルアラニンをトランスケイ皮酸に変換する酵素)、 L-amino acid deaminase(フェニルアラニンをフェニルピルビン酸に変換する酵素)、PheP(フェニルアラニンを取り込むポンプ)を組み込んだE. coli Nissle。細胞壁の構成成分であるジアミノピメリン酸要求性を持つ株を用いることで増殖を制御している。SYNB1934はSYNB1618の Phenylalanine ammonia-lyase 3酵素活性を高活性化した酵素を搭載している。

開発中の適応症

・Phase II(SYNB1618)、前臨床研究段階(SYNB1934)

フェニルケトン尿症


SYNB8802

シュウ酸塩をギ酸塩に変換する酵素(formyl-CoA transferase)とOxalyl-CoAをFomyl CoAに変換する酵素(oxalyl-CoA decarbOxylase)をコードする遺伝子、シュウ酸/ギ酸を輸送するポンプを組み込んだE. coli Nissle。チミジン要求性を持つ株を用いることで増殖を制御している。

開発中の適応症

・Phase I

腸管性高シュウ酸尿症


SYNB1891

Diadenylate Cyclase(ATPをCyclic di-AMPに変換する酵素)をコードする遺伝子を組み込んだE. coli Nissle。生成されたCyclic di-AMPがSTINGアゴニストとして働き自然免疫を活性化し、cold tumorをhot tumorにする。低酸素下でのみ働くプロモーター下で発現するように制御され、低酸素下がん微小環境でのみ発現するようにコントロールされる。細胞壁の構成成分であるジアミノピメリン酸要求性およびチミジン要求性を持つ株を用いることでがん組織のみで増殖するように制御している。

開発中の適応症

・Phase I

転移性固形がん、リンパ腫


最近のニュース:

SYNB1891とRocheのチェックポイント阻害剤テセントリク(atezolizumab)を、進行性固形がんを対象に開発する提携を締結。


キーワード:

・大腸菌Nissle株

・腸内細菌

・がん免疫

・フェニルケトン尿症

・高シュウ酸尿症

・合成生物学


免責事項:

正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対してもケンは責任をとれません。よろしくお願いします。

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