mRNAの品質管理機構であるナンセンス変異依存mRNA分解機構を利用して、遺伝性疾患において減少している標的たんぱく質の発現量を増やすアンチセンスオリゴヌクレオチドで常染色体優性ハプロ不全の治療薬開発を行っているバイオベンチャー
背景とテクノロジー:
・核酸医薬品とは、DNAやRNAのような核酸、もしくは化学修飾した核酸を利用した医薬品のことだが、一言で核酸医薬品といっても様々な異なるタイプの核酸医薬品が存在する。
①アンチセンスオリゴヌクレオチド
1本鎖DNAもしくはRNAで作られた核酸医薬品
ターゲット分子はmRNA、pre-mRNA、miRNA
作用機序はmRNA分解、スプライシング制御、miRNA阻害
②siRNA
2本鎖RNAで作られた核酸医薬品
ターゲット分子はmRNA
作用機序はmRNA分解
③miRNA mimic
2本鎖RNAで作られた核酸医薬品
ターゲット分子はmRNA
作用機序はmiRNA補充
④その他(デコイ、アプタマーなど)
2本鎖DNA(デコイ)、1本鎖DNAもしくは1本鎖RNA(アプタマー)
ターゲット分子はたんぱく質
作用機序は転写阻害(デコイ)、機能阻害(アプタマー)
・Alnylam Pharmaceuticalsのトランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチー治療薬パチシラン(オンパットロ®)は世界初のsiRNA製剤で、肝臓からのトランスサイレチンの産生を抑えることでアミロイドをできにくくして病気の進行を抑える薬である。
・Ionis Pharmaceuticalsの脊髄筋萎縮症(SMA)治療薬ヌシネルセン(スピンラザ®)はアンチセンスオリゴヌクレオチド製剤で、脳内のSMN2遺伝子の発現を上昇させることで運動ニューロンの変性を抑える薬である。ヌシネルセンの作用機序は少し複雑である。SMAはSMN1遺伝子の変異により機能的なSMN1たんぱく質が欠失するために起こる病気である。ヒトにはSMN2というSMN1と非常に相同性の高い遺伝子があり、SMN2にはSMN1の機能を代替する能力を持つが、SMN2の転写産物のほとんど(およそ90%)は分解されてしまう。分解されるのは、SMN2のエクソン7がスプライシングによって除去されてしまう転写産物で、エクソン7が除去されなければ機能的SMNたんぱく質を発現させることができる。そこで、SMN2 pre-mRNAのイントロン中にあるイントロンスプライシング抑制配列(Intronic Splicing Silencer:ISS)に結合するアンチセンスオリゴヌクレオチドによってSMN2のエクソン7除去を抑制し、機能的SMNたんぱく質を発現させたのがヌシネルセンである。このようにアンチセンスオリゴヌクレオチドにはスプライシング制御という効果をもたせることができる。
・今回紹介するStoke Therapeuticsは、常染色体優性ハプロ不全によって起こる遺伝子変異疾患を治療できるアンチセンスオリゴヌクレオチドの開発を行っているバイオベンチャーである。常染色体優性ハプロ不全では遺伝子のコピーの1つに突然変異が起こり、正常なタンパク質の発現が著しく低下することで病気を引き起こす。Stokeが持つ独自技術TANGOプラットフォームは、アンチセンスオリゴヌクレオチドをpre-mRNAに作用させてスプライシングを調節することで、標的タンパク質の発現を正確に発現上昇させ、このたんぱく質欠乏を治療する。
・mRNAの品質管理機構の一つにナンセンス変異依存mRNA分解機構(non-sense mRNA mediated decay: NMD)という現象が報告されている。これは遺伝子変異、スプライシングの失敗やRNA編集によって本来の位置よりストップコドンが前になってしまった異常なmRNAを分解・除去することでたんぱく質になるのを防ぐ機構と考えられている。このような除去されるべきpre-mRNAは生体内において常に生まれている可能性があり、この異常pre-mRNAを除去する機構がNMDである。
・StokeのTANGO技術とは、NMDで除去されるpre-mRNAに含まれる異常な配列を含むエクソンに結合し、スプライシングによりそのエクソンを除去するアンチセンスオリゴヌクレオチドをデザインする技術である。これにより異常配列がスプライスアウトした正常なmRNAの量を増やし、正常たんぱく質の発現を上昇させることで治療効果を発揮する(下図)。
図:pre-mRNAの異常配列を含むエクソン領域にアンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)を結合させることで正常なmRNAの産生を促進させるTANGO技術(Stoke社説明スライドより)
・Stokeではヒトサンプルを用いたRNAシークエンス技術とin silico解析を行い、このTANGO技術が適応できる可能性がある、およそ2900の単一遺伝子疾患を見出している。そして140以上の遺伝子疾患についてはTANGO技術による治療の特許を出願中である。
・リードプラグラムであるドラべ症候群以外にも、遺伝性てんかん、常染色体優性ハプロ不全によって起こる遺伝子変異疾患への核酸医薬品の創薬プログラムが進行中である。アンチセンスオリゴヌクレオチドが送達可能な、中枢神経系、眼、肝臓、腎臓の疾患への応用が可能とのこと。
パイプライン:
・STK-001
Scn1a mRNAの異常エクソンに結合するアンチセンスオリゴヌクレオチド。野生型マウスを用いた非臨床研究においてScn1aたんぱく質の発現を特異的に上昇させること、ドラべ症候群モデルマウスにおいてScn1a発現を正常レベルまで回復させることが確認されている。ドラべ症候群のおよそ85%の患者さんにおいてSCN1A遺伝子の変異が見られる。
開発中の適応症
・Phase I/II
コメント:
・正常アレルから転写されたpre-mRNAの一部にこのように異常な配列が含まれるpre-mRNAがあることさえ知らなかったので、このpre-mRNAを正常化させるアンチセンスオリゴヌクレオチドという発想には驚いた。Stokeのバイオインフォマティクス解析により、レット症候群(原因遺伝子MECP2)、結節性硬化症(原因遺伝子TSC1/TSC2)、てんかん性脳症などに適応できる可能性があるとのこと。
・Stoke発表の情報によると転写産物の25%程度に、このような異常エクソン配列を含むpre-mRNAが見つかっているが、それらは正常状態においてはナンセンス変異依存mRNA分解機構(non-sense mRNA mediated decay: NMD)によって分解されているとのこと。もしそうだとすればこの技術で発現制御できるたんぱく質は多くあり、適応できる疾患は常染色体優性ハプロ不全のみに限らないかもしれない。
・アデノ随伴ウイルスベクターなどを用いた遺伝子治療では、遺伝子変異によってその遺伝子の機能がほとんどなくなっている疾患に対して、少量の遺伝子を補充する治療法が多かった。これはアデノ随伴ウイルスベクターによって可能な遺伝子補充量が少ない(遺伝子発現効率が悪い)ためである。それに対してStokeのアプローチは正常遺伝子が発現しているが量が減っていることによって起こっている疾患(常染色体優性ハプロ不全)に対して、正常たんぱく質の発現量を回復させる治療法というアプローチである。そのため、適応となる疾患が重複しない可能性が高い。一番の注目ポイントはこの技術によってどの程度の正常たんぱく質増加が見られるかである。非臨床データを見る限りはかなり有望だが、臨床結果がどうなるか。
キーワード:
・核酸医薬品(アンチセンスオリゴヌクレオチド)
・常染色体優性ハプロ不全
・ドラべ症候群
・mRNA品質管理機構
・中枢神経系
免責事項:
正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対しても筆者は責任をとれません。よろしくお願いします。
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