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Shift Bioscience (Cambridge, the United Kingdom) ーケンのバイオベンチャー探索(第254回)ー

更新日:2022年2月20日


生物学的老化を逆転させるのに役立つが、多能性には寄与しない遺伝子を機械学習を用いて特定する技術プラットフォームを持つバイオベンチャー。がん化のリスクがない若返り技術の開発を目指している。



背景とテクノロジー:

・京都大学iPS研究所の山中伸弥教授らは、Oct4, Sox2, Klf4, c-Mycの4種の転写因子(山中4因子)を発現させることで体細胞を人工多能性幹細胞(iPS細胞)にリプログラミングできる技術を開発した。これはすでにそれぞれの臓器の特異的な機能を持つ細胞に分化している細胞を、発生初期の多能性細胞(さまざまな臓器の細胞に分化できる細胞)に戻すことができる技術である。この過程では、大きく分けると①細胞がそのアイデンティティを失う(特異的な機能を失い、さまざまな臓器の細胞に分化できる細胞にリプログラムされる)、②細胞の生物学的年齢が若返るの2つの現象が起こる。

・このiPS細胞を用いた治療法の開発が進んでいる。例えば元理化学研究所の高橋政代チームリーダーらのグループはiPS細胞から分化させた網膜細胞を滲出型加齢黄斑変性症患者さんに移植する治療法を開発、iPS細胞の臨床応用を進めている。また京都大学iPS細胞研究所の高橋純教授は、iPS細胞から分化させたドパミン神経前駆細胞をパーキンソン病患者さんの脳内に移植する治療法を開発している。このようにiPS細胞は再生医療の領域のコア技術として臨床応用が進められている。一方で、iPS細胞の技術を用いて、加齢性疾患の治療開発というアプローチも進められている。


・老化によって起こる疾患は、上記の加齢黄斑変性症、パーキンソン病以外にも、がん、アルツハイマー病など治療困難な疾患が多い。この老化関連の疾患に対して、若返りというアプローチが注目されている。これはiPS細胞の持つ上記2つの現象のうち、②の生物学的年齢を若返らせる現象だけ誘導することで治療しようとする戦略である。エピゲノムは加齢とともに変化し、遺伝子の発現に異常をきたす。これに対し、加齢性疾患に対しiPS細胞誘導技術を応用し、エピゲノムを元に戻すという治療方法開発が試みられてきており、これはパーシャルリプログラミングと呼ばれる。

・例えば、Life Biosciencesでは、山中4因子のうちの3つのたんぱく質Oct4, Sox2, Klf4を発現させ、エピゲノムを若々しい状態に戻す独自の遺伝子治療法をハーバード大Prof. David Sinclairのラボより導入した。この遺伝子治療は、緑内障モデルマウスおよび加齢に伴う視力低下マウスにおいて、視力を回復させることを確認したことを報告している(参考)。

・Turn Biotechnologiesは、山中4因子+Nanog+Lin28のリプログラミング因子を、mRNA+脂質ナノ粒子を用いて、タイミング・期間・投与量を厳密に制御して細胞に作用させることで、in vivo & in vitroで細胞のアイデンティティを保ったまま若返りさせる独自技術を開発している。

・これらのようにiPS細胞を誘導する技術を応用した若返りによって加齢性疾患を治療しようという試みが進められている。一方、山中4因子のうち、特にc-Mycにはがん化(テラトーマ)誘導リスクがあることが知られている。またSox2やKlf4についてもがん化の可能性が否定できない。そのため、直接的にこれらのリプログラミング因子を用いるのではなく、その生物学的メカニズムを明らかにすることで若返りを目指すというアプローチが進められている。


・今回紹介するShift Bioscienceは、より安全な細胞リプログラミング技術による若返り方法を開発しているバイオベンチャーである。Shift Bioscienceでは、2万個の遺伝子に対して老化のためのCRISPRスクリーニングを試み、機械学習を用いて、メチル化部位ではなく、遺伝子から構成される単一細胞の老化時計を作った。老化に関連する遺伝子には、ミトコンドリア遺伝子もあれば、リボソーム遺伝子もあり、それだけで老化を促進させるのに十分な遺伝子さえあるとのこと。その遺伝子を標的としたmRNA治療薬や、遺伝子産物の創薬標的を含む、特定した遺伝子に基づく特許の取得を開始している。これが完全にリスクを回避した若返り療法の基礎となるとShift Bioscienceは考えている。


・Shift Bioscienceでは、細胞のリプログラミングから得られた公開データと独自の遺伝子発現データを組み合わせ、パスウェイに着目して原因情報を充実させるバイオインフォマティックス解析を行っている。また、機械学習の「enrichment」を用いて、若返りの経路をより明確に区別する。結果に基づいて、遺伝子の貢献度をランク付けを行っている。


パイプライン:未開示


コメント:

・これまで報告されているリプログラミング因子は山中4因子を含めて、多能性を付与する代わりにがん化をも起こす可能性がある。これはiPS細胞やES細胞が無限増殖能を持つことから、機能と密接に関連している現象であり、直接的には切り離すことが難しいと考えられる。Shift Bioscienceでは、リプログラミングの生物学を明らかにすることで、リプログラミング因子に頼ることなく、若返りを誘導することを目指している。本当にそのようなことができるのかは未知だが、非常に面白いアプローチだと思う。


・若返りは今最も盛り上がっている技術の一つでありNature Biotechnologyにニュース記事が掲載されている(こちら)。この記事の中でLife BiosciencesやTurn BiotechnologiesとともにShift Bioscienceも紹介されている。


キーワード:

・若返り

・リプログラミング

・機械学習


免責事項:

正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対してもケンは責任をとれません。よろしくお願いします。

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