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Scholar Rock (Cambridge, MA, USA) ーケンのバイオベンチャー探索(第225回)ー


通常、毒性が高く創薬ターゲットとしての開発が困難である成長因子に対して、その前駆たんぱく質を特異的に標的とする抗体を用いて高い選択性と毒性の低い抗体医薬品の開発を目指すバイオベンチャー


ホームページ:https://scholarrock.com/


背景とテクノロジー:

・上皮成長因子(EGF)/ EGF受容体ファミリーやインターロイキン(IL)/ IL受容体ファミリーなどの成長因子/サイトカインは、創薬の主要なターゲットの一つである。特に抗がん剤として数多く開発されており、EGF受容体阻害剤ゲフィチニブ(イレッサ)や、抗HER2抗体トラスツズマブ(ハーセプチン)などがある。

・一方で、がんの増殖や転移に深く関わっていることが明らかになっているにも関わらず、その作用の複雑さや副作用の観点から開発されていない成長因子/サイトカインがある。その中でも最もよく知られているターゲットの一つがTransforming Growth Factor-β(TGF-β)である。TGF-β はアクチビンや骨形成タンパク質(BMP)を含む、分泌型二量体多機能タンパク質のスーパーファミリーの一つである。


・TGF-βシグナルは、上皮間葉転換(EMT)を促進することで、がん細胞の浸潤、転移、化学療法抵抗性を促進し、悪性腫瘍の進行に寄与する。さらに、悪性のがん細胞や腫瘍周辺の間質細胞は、頻繁に多量のTGF-βを分泌する。このプロセスは、血管新生や免疫回避を刺激して良好な微小環境を作り出すことで、腫瘍形成を促進する。一方で、正常細胞やがんの進行初期においては、TGF-βシグナルは、細胞周期の停止やアポトーシスなどのがん抑制機能を有している。このように、TGF-βシグナルは、がんにおいて二重の役割を果たすことがある。


・また、ヒトでTGF-βシグナルを標的とした場合、望ましくない、場合によっては生命を脅かすような副作用が生じる可能性があることが懸念されている。例えば、TGF-β1の発現を抑制したマウスでは、重篤な血管障害や炎症障害が認められる。また、ラットやイヌが高レベルのTGF-βブロッカーに長期継続的に曝されると、心臓弁内に出血性病変が生じたり、大動脈瘤が生じたりすることも報告されている。


・上記のような報告はあるが、TGFβをターゲットとする創薬は慎重に進められている。その中には、。TGFB1またはTGFB2のmRNAを標的として分解するアンチセンスRNA、リガンドと受容体の結合を阻害するTGF-βリガンドまたは受容体に対する抗体、そして多くの低分子ATP模倣型TβRIキナーゼ阻害剤がある。それぞれの薬剤には明確な長所と短所があり、臨床での使用の可能性を評価する際にはそのバランスを考慮する必要がある。考慮すべきパラメータは、薬物標的に対する親和性と特異性、薬物の安定性、生体内での薬物のクリアランスとバイオアベイラビリティー、および薬物送達の方法(例:経口投与と静脈内投与)である。


・TGFβ受容体タイプI(TβRI)キナーゼ阻害剤であるgalunisertibは、切除不能な膵臓がんおよび進行性肝細胞がんの患者を対象としたPhase II臨床試験が行われている。galunisertibとゲムシタビンを併用した膵臓がん患者(104名)の治療では、ゲムシタビンとプラセボを併用したグループ(52名)と比較して、全生存期間の改善(10.9カ月 vs. 7.2カ月)が認められた(参考https://www.clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT01373164)。非臨床試験では、galunisertibの毒性として、心臓毒性が認められている。この副作用は、オフターゲット効果ではなく、オンターゲットのTβRI阻害の結果であると考えられている。心毒性がなく、抗腫瘍効果が得られる最適な効果的投与スケジュールは、galunisertibを2週間投与した後、本剤を2週間投与しないという反復サイクル(1サイクル28日)だった。このプロトコールは神経膠腫の患者に適用され、重篤な心臓毒性は観察されなかったとのこと。


・このように、TGF-βを標的とする薬剤は、前臨床モデルでは有望視されているが、臨床試験では、TGF-βシグナルの複雑さと二重機能のため、患者さんに副作用を与えずに標的化することは難しい。今回紹介するScholar Rockは、成長因子の潜在的な不活性型を標的とし、組織の微小環境における成長因子の活性を選択的かつ局所的に調節する技術プラットフォームを開発しているバイオベンチャーである。


・細胞はたんぱく質成長因子を前駆体、つまり潜在的な形で産生する。切断酵素が前駆体を2つの異なる断片(タンパク質鎖)に切断する。一方の鎖はプロドメインと呼ばれ、2つ目のピースである成熟成長因子の周りにケージを形成し、シグナル伝達カスケードを活性化させないようにしている。成熟型成長因子がその機能を発揮するためには、分子イベントによって活性化され、プロドメインから分離される必要がある。従来のアプローチでは、成長因子ファミリーの中で構造的な違いがほとんどない成熟成長因子を標的としてきた。


・Scholar Rockの抗体は、成長因子の前駆体(潜伏型)のプロドメインを標的とし、ケージのロックを阻止して活性化を抑制する。プロドメインの構造上の違いは非常に大きいため、この違いを利用して優れた選択性を実現している。選択性を高めることで、成熟型の成長因子を標的としたアプローチで問題となっていた毒性を最小限に抑えることを目指している。


パイプライン:

Apitegromab (SRK-015)

潜伏型または不活性型のミオスタチンに選択的に結合する抗ミオスタチン抗体。ミオスタチンは、他の成長因子やホルモンと協働して筋肉の成長を抑制する。Apitegromabは、血中に注入されると、潜在的なミオスタチンに選択的に結合する。この結合により、筋肉組織においてミオスタチンが活性型に変化するのを阻害する。他のミオスタチン阻害剤に比べて副作用が少ないと考えられている。

開発中の適応症

・Phase II

・前臨床研究段階

ミオスタチン関連疾患


SRK-181

潜伏型または不活性型のTGFβ1に選択的に結合する抗TGFβ1抗体。TGFβ1アイソフォームを特異的に標的とし、心臓のホメオスタシスなどに関与すると考えられるTGFβ2およびTGFβ3アイソフォームを温存することで、非選択的なアプローチと比較して、前臨床における安全性プロファイルが向上することを確認している。

また、TGFβ1は、抗PD-(L)1療法に対する一次耐性を引き起こす主要な原因であるという臨床および前臨床の証拠が増えている。その一例として、ジェネンテック社は、転移性尿路上皮がん患者において、TGFβシグナルの増加が腫瘍反応の低下および抗PD-L1抗体治療による生存率の低下と関連することを示す研究結果を発表している。

開発中の適応症

・Phase I

局所進行性もしくは転移性固形がん

https://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT04291079(単独もしくは抗PD-(L)1 抗体との併用療法)


最近のニュース:

線維症の治療を目的とした、潜在的なトランスフォーミング成長因子β(TGFβ)活性化の強力かつ選択的な阻害剤の発見と開発に焦点を当てたGileadとの前臨床共同研究のin vivo proof of concept試験で有効性を示すことに成功したことに対して、Scholar Rockが2,500万ドルのマイルストンを獲得


コメント:

・疾患への関与が濃厚だが副作用の懸念が強い創薬ターゲット分子に対して、その前駆たんぱく質をターゲットに創薬を行うという理にかなったアプローチ。ただ、BDNFのようにproBDNFに別の役割が知られている例もあり、必ずしもプロドメインを持つたんぱく質が不活性型とは限らないかもしれない。標的次第では思わぬ副作用が出る可能性も考えられる。


キーワード:

・成長因子の不活性型

・抗体医薬品

・脊髄性筋萎縮症

・固形がん

・線維症


免責事項:

正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対してもケンは責任をとれません。よろしくお願いします。

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