通常の経口投与ではほとんど吸収されない生物製剤に対して、高いバイオアベイラビリティーで経口投与できる独自技術RaniPillカプセルを用いて経口剤化した治療薬開発を行っているバイオベンチャー
背景とテクノロジー:
・2020年の世界における医薬品売上トップ10は以下の通り(出典はこちら)
①ヒュミラ(AbbVie)抗TNFα抗体
②キイトルーダ(Merck)抗PD-1抗体
③レブラミド(BMS)免疫調節薬(低分子化合物)
④エリキュース(BMS/Pfizer)経口FXa阻害剤(低分子化合物)
⑤インブルビカ(AbbVie/J&J)ブルトン型チロシンキナーゼ阻害剤(低分子化合物)
⑥アイリーア(Regeneron/Bayer)VEGF阻害薬(リコンビナントたんぱく質製剤)
⑦ステラーラ(J&J)抗IL-12/23p40抗体
⑧オプジーボ(小野薬品/BMS)抗PD-1抗体
⑨ビクタルビ(ビクテグラビルナトリウム・エムトリシタビン・テノホビル アラフェナミドフマル酸塩配合剤)(Gilead)インテグラーゼ阻害剤(低分子化合物)
⑩イグザレルト(Bayer/J&J)経口FXa阻害剤(低分子化合物)
抗体医薬品やリコンビナントたんぱく質製剤などのバイオ医薬品は、トップ10の5つを占めている。これらバイオ医薬品は、その効力の強さや特異性の高さのから、なくてはならないものとなってきている。しかしこれらのバイオ医薬品には経口投与できない。アイリーアは眼内投与(硝子体内投与)、それ以外の抗体医薬品は静脈内投与であり、どれも病院でしか投与できない。これが患者さんのQOLを下げる一因となっている(新型コロナウイルスワクチンの接種が非常に大変なのも注射剤であることが原因)。
・インスリン(ペプチド医薬品)は自己注射によってその課題に対応しているが、経口で投与できるインスリンは常に高いニーズがある。またII型糖尿病の新薬であるGLP-1(glucagon like peptide-1)受容体作動薬は、GLP-1ペプチドのアナログであり、分子量が大きく皮下投与で投与される。ノボノルディスクは、Emisphere TechnologiesのEligen® Technologyを用いて、経口GLP--1受容体作動薬セマグルチドを開発している。Eligen® Technologyとは、消化管吸収させたいペプチドと非共有結合型で弱く結合し、脂溶性を高めることで消化管吸収を促進する低分子化合物(キャリア分子)を用いて製剤化する技術である。ただ、この技術を用いても投与されたうちの97-99%は吸収されないことから、非常に非効率的である。ペプチドなどの中分子や抗体医薬品などの高分子を経口剤化させる技術のさらなる開発が求められている。
・今回紹介するRani Therapeuticsは、皮下注射と同様の40%から78%の範囲の高いバイオアベイラビリティを持つ生物製剤を作り出すRaniPillカプセルという技術を持つバイオベンチャーである。RaniPillカプセルを用いることで、ペプチドや抗体医薬品だけでなく、細胞医薬品や遺伝子治療製品まで経口投与できる可能性を持っているとRani Therapeuticsは考えている。
・化学的手法による生物製剤の経口投与とは異なり、RaniPillカプセルはカプセルから自律的に生物製剤を腸壁に注入するように設計されている。RaniPillカプセルは、胃の酸性環境で溶解しにくい保護膜で覆われている。カプセルが小腸に入ると、保護膜の溶解により、生物学的製剤が腸壁に到達するまでの一連のステップが行われる。これらのステップを以下の図に示す。
A. RaniPillカプセルは、胃の酸性環境で溶解しにくい保護膜で覆われている。
B. pH約6.5の環境下(小腸内)に長時間置かれると、カプセルが溶解し、2つのコンパートメントに分かれた自己膨張型のバルーンが露出する。2つのコンパートメントの反応物はピンチバルブによって分けられているが、ピンチバルブは腸液にさらされると溶解する。ピンチバルブが溶けると反応物が混ざり合い、二酸化炭素が発生して風船が膨らむ。
C. バルーンを膨らませると、バルーン内のマイクロニードルが腸壁に垂直に配置される。バルーン内の圧力により、米粒よりも小さなマイクロニードルが腸壁に注入される。湿った組織環境の中でマイクロニードルが溶解し、薬剤が速やかに血流に吸収される。
D. バルーンは、マイクロニードルの挿入と同時に直ちに収縮し、通常の消化過程を経て排泄される。
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パイプライン:
・RT-101
ソマトスタチン模倣オクタペプチドであるオクトレオチド(神経内分泌腫瘍(Neuroendocrine tumor: NET)および先端巨大症治療薬)をRaniPillカプセル化した経口剤。RT-101のバイオアベイラビリティは、静脈注射群と比較して65%とのこと。現在、オクトレオチドを用いた治療は、痛みを伴う皮下注射を1日3~4回行うか、または徐放性製剤を痛みを伴う筋肉内深部に4週間ごとに注射している。
開発中の適応症
・Phase I
神経内分泌腫瘍(Neuroendocrine tumor: NET)および先端巨大症
・RT-105
抗TNFα抗体をRaniPillカプセル化した経口剤。アダリムマブをはじめとするいくつかの抗TNFα抗体は、乾癬、関節リウマチ、クローン病など、さまざまな自己免疫疾患の治療薬として承認されている。アダリムマブを使用する患者さんは、2週間に1回、痛みを伴う皮下注射で薬剤を投与している。
開発中の適応症
・前臨床研究段階
乾癬性関節炎
・RT-102
副甲状腺ホルモン(PTH)をRaniPillカプセル化した経口剤。PTHは、骨を失う病気である骨粗鬆症の治療薬としてFDAに承認されており、その他の疾患にも使用されている。
開発中の適応症
・非臨床研究段階
骨粗鬆症
・RT-109
ヒト成長ホルモン(HGH)をRaniPillカプセル化した経口剤。HGHは、成長ホルモン欠乏症の治療薬としてFDAに承認されている。Changchun High & New Technology Industries(CCHN)との間で、RT-109の中国における商業化権について交渉する限定的な権利を含む評価および第一拒否権契約を締結している。
開発中の適応症
・非臨床研究段階
成長ホルモン欠乏症
・RT-110
副甲状腺ホルモン(PTH)をRaniPillカプセル化した経口剤。PTHは、米国で約11万5千人が罹患している希少疾患である副甲状腺機能低下症の治療薬としてFDAから承認されているが、治療には痛みを伴う注射が毎日必要であり、より簡便な投与方法がアンメットニーズであると考えている。
開発中の適応症
・非臨床研究段階
副甲状腺機能低下症
・RT-103
2型糖尿病治療用のGLP-1ミメティック経口投与剤 。
開発中の適応症
・前臨床研究段階
2型糖尿病
・RT-106
インスリンの経口投与剤。
開発中の適応症
・前臨床研究段階
2型糖尿病
最近のニュース:
血友病A患者に対する第VIII因子(FVIII)療法の経口送達のためのRaniPill技術の使用に関する研究を独占的に実施するための契約をShireと締結。本提携の一環として、シャイアーはRani Therapeutics社に資本参加した。
Rani Therapeuticsの独自技術を用いて、Novartisが所有するいくつかの生物製剤を血流中に送達する方法を評価するためのフィージビリティスタディを開始することに合意。Novartisは、Google Ventures、InCube Ventures、VentureHealthといったベンチャーファンドとともに、Rani TherapeuticsのシリーズC株式ラウンドに参加。
コメント:
・経口剤化したペプチド医薬品のバイオアベイラビリティーが65%というのはすごいが、個人差(ばらつき)はどうなのだろうか?安定的にこのバイオアベイラビリティーが出せるとすれば、なかなかすごい技術。
・繰り返し投与は可能なのだろうが、どの程度の投与頻度になるのだろうか?長期的には小腸に影響が出てこないのだろうか?侵襲性がある技術だけに慎重な検証が必要となるだろう。
キーワード:
・薬物送達システム(DDS)
・ペプチド医薬品
・抗体医薬品
・糖尿病
・希少疾患
免責事項:
正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対してもケンは責任をとれません。よろしくお願いします。
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