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Quentis Therapeutics (New York, NY, USA) ーケンのバイオベンチャー探索(第204回)ー


樹状細胞の小胞体ストレスシグナル経路を抑制することでがん微小環境における抗腫瘍T細胞の活性化を誘導するという新たながん免疫療法メカニズムの低分子化合物を開発しているバイオベンチャー


ホームページ:https://www.quentistx.com/


背景とテクノロジー:

・アメリカの科学雑誌Scienceは2013年のBreakthrough of the Yearにがん免疫療法を選出した。がん免疫療法は抗PD-1抗体、抗CTLA-4抗体などの免疫チェックポイント阻害薬ががんに奏効することが明らかとなり注目されている。その後がんの膜表面抗原を認識するキメラ抗原受容体(CAR)を発現するT細胞を輸注するCAR-T療法が治療抵抗性の血液がんに奏効するなど、免疫系細胞を調節することでがんを治療するアプローチが広がってきている。


・がん免疫領域では、新たな免疫チェックポイント分子の探索、固形がんへのCAR-T療法の応用、2重特異性分子による免疫系細胞のがんへの誘導、腸内細菌叢を調節することによる免疫系の調節など様々なアプローチが試みられているが、その中の一つに免疫細胞における小胞体ストレス応答に着目した創薬がある。


・小胞体ストレスとは、細胞内小器官の一つである小胞体に、正常な高次構造にフォールディングされなかったたんぱく質(変性たんぱく質)や異常な修飾を受けたたんぱく質が蓄積する状態のことである。このような状態は、小胞体内のカルシウム枯渇、細胞への酸化ストレス、変異たんぱく質の発現、低グルコース状態や低酸素状態など、様々な生理的ストレスによって生じる。小胞体ストレスは細胞にダメージを与えるため、細胞にはこれを回避するシステムが備わっており、小胞体ストレス応答(Unfolded protein response; UPR)と呼ばれる。小胞体ストレス応答が正常に機能しない場合や、回避能力を超える過度の小胞体ストレスが負荷された場合、アポトーシスにより細胞は死に至る。小胞体ストレスによる細胞死が組織の恒常性を乱すほど起こった場合、さまざまな疾患の原因となる。たとえば、膵臓ランゲルハンス島のβ細胞が細胞死により多数失われてしまった場合、糖尿病を発症する。ニューロンで生じた場合、神経変性疾患(パーキンソン病、ポリグルタミン病、アルツハイマー病、筋萎縮性側索硬化症など)や双極性障害などが引き起こされる可能性がある。


・小胞体ストレスが発生すると、細胞は以下の3つの応答を示す。

①小胞体内に新たなたんぱく質が輸送されないようにmRNAの翻訳を抑制する

②たんぱく質の折りたたみ効率を上げるように小胞体分子シャペロンの転写を誘導する

③ミスフォールディングたんぱく質自体を分解する小胞体関連分解 (ER-associated degradation; ERAD)を活性化する(上記の小胞体ストレスの説明は出典①出典②より一部改変)。

・ほ乳類の細胞において、ミスフォールディングたんぱく質の小胞体内への蓄積は主に3つの小胞体ストレスセンサー(PERK、IRE1、ATF6)によって感知され、小胞体ストレス応答が各ストレスセンサーから発信されるシグナルによって引き起こされる。それぞれのセンサーたんぱく質は、小胞体内腔内でシャペロンタンパク質BiPと結合し、不活性な状態に固定される。小胞体内腔内でミスフォールディングされたたんぱく質のレベルが、小胞体に常駐するシャペロン、グリコシラーゼ、酸化還元酵素のフォールディング能力を超えると、BiPはIRE1α、PERK、ATF6αから解離する。これらのセンサーは、解離後、たんぱく質のミスフォールディングストレスを修正するために相互に強化するシグナル伝達経路を駆動する。負担を迅速に軽減することができれば、細胞はこのストレスにうまく適応することができるが、クリアランスが不十分な場合はアポトーシスを引き起こす。


・小胞体ストレス応答に関与する分子群で最も保存されているのは、キナーゼとエンドリボヌクレアーゼの二重酵素であるIRE1αである。IRE1αエンドリボヌクレアーゼドメインは、たんぱく質フォールディングストレス時に活性化され、Xbp1 mRNAから短いヌクレオチドフラグメントを除去して機能的転写因子XBP1を生成する。機能的XBP1は、複数のフォルダーゼ、酸化還元酵素、細胞内輸送成分、小胞体関連分解機構およびグリコシラーゼをアップレギュレートして、小胞体の恒常性を修正する。このようにXBP1は、小胞体ストレス応答経路を介してたんぱく質の折り畳み能力を調整することで、生存を確保する。また、XBP1は炎症促進性サイトカイン産生、脂質およびヘキソサミン生合成、および低酸素応答を含む、小胞体ストレス応答に依存しない経路をアップレギュレートする。


・がん細胞は、たんぱく質のミスフォールディングを誘発する不利な環境条件(低酸素、栄養飢餓、酸化ストレス、高代謝要求など)に常にさらされているが、がん細胞は、小胞体ストレス応答経路を介してたんぱく質のフォールディングを調整することで、細胞の生存を確保している。例えば、XBP1 は低酸素条件下でがん細胞の生存と転移能をサポートすることで、トリプルネガティブ乳がん(TNBC)の発症を促進する、またTNBC細胞でXBP1をサイレンシングすると、がんの開始、進行、再発が抑制されることが報告されている(参考)。つまり、がん細胞における制御不能な IRE1α-XBP1 シグナルが、生体内でのがん細胞の増殖と生存にポジティブな影響を与えているという概念を支持する証拠が増えてきている。


・このような直接的な小胞体ストレスシグナル経路のがん細胞への関与以外に、小胞体ストレスシグナル経路が、がん免疫環境と抗がん剤免疫応答の形成に関与している可能性が示されてきている。卵巣がんは免疫抑制性の高い悪性腫瘍であり、樹状細胞の機能を制御して T 細胞による防御応答の発生を抑制する能力に優れている。Weill Cornell Medical College(当時)のProf. Laurie H. Glimcherらは、卵巣がんの微小環境悪化によって、腫瘍関連樹状細胞(tDC)において小胞体ストレスと、それに続く小胞体ストレス応答であるIRE1α-XBP1経路の活性化が引き起され、がんに対する免疫学的耐性を促進されることをCellに2015年報告している。またそのメカニズムとして、活性化された XBP1 が tDCs において包括的なトリグリセリド生合成プログラムを誘導し、脂質の異常蓄積を引き起こし、それにより tDC の抗腫瘍 T 細胞をサポートする能力を阻害することを報告している。加えて、XBP1 siRNAを内包化したナノキャリアをtDCに作用させることでtDCsの免疫賦活能が回復し、T細胞が介在する抗腫瘍免疫を誘導することで宿主の生存期間を有意に延長することを見出している(参考)。


・このように、がん微小環境における樹状細胞の小胞体ストレス応答を抑制することで、抗腫瘍T細胞を活性化させる可能性が示された。この発見を報告したWeill Cornell Medical College(当時)のProf. Laurie H. Glimcherらが共同創業したのが、今回紹介するQuentis Therapeuticsである。


パイプライン:(詳細未開示)

IRE1α阻害剤

IRE1αを阻害する低分子化合物。

開発中の適応症

・開発ステージ不明

固形がん


コメント:

・小胞体ストレス応答に着目した創薬は、たんぱく質の変性を伴う疾患(遺伝子疾患、神経変性疾患、網膜変性疾患など)への応用が試みられている。例えばアステラス製薬は、Proteostasis Therapeuticsと小胞体ストレス応答を調節する治療薬創製に関する提携を2014年に発表している(こちら)。また、OptiKiraは、IRE1αのキナーゼ阻害型RNaseアテニュエーター(減衰薬)(KIRAs:kinase-inhibiting RNase attenuators)低分子化合物を用いて、線維症、糖尿病、神経変性疾患、その他の免疫疾患治療薬としての開発を行っている。Quentis Therapeuticsのアプローチは、小胞体ストレス応答の制御ががん免疫療法になるという非常に斬新なコンセプトで、非常にホットなフィールドであるがん免疫分野に切り込む。これが本当に臨床で効果を持つのか結果を期待したい。


キーワード:

・小胞体ストレス応答

・低分子化合物

・がん免疫療法


免責事項:

正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対してもケンは責任をとれません。よろしくお願いします。

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