線維芽細胞の中に、疾患において活性化されている一部の集団が存在するという知見を基に、この線維芽細胞をコントロールすることで免疫を調節し、がん、関節リウマチ、変形性関節症などの炎症性疾患の新規治療薬開発を目指すバイオベンチャー
背景とテクノロジー:
・線維芽細胞(Fibroblast)は、健康な組織では、コラーゲンなどの細胞外マトリックスたんぱく質を分泌し、細胞を支えることで結合組織の構造を維持する。また、創傷治癒などの正常なプロセスを調整している。しかし、線維芽細胞はそれだけにとどまらず、持続的な炎症が起こっている関節リウマチなど、さまざまな自己免疫疾患における炎症や組織損傷の原因にもなることが明らかとなってきている。
・今回紹介するMestag Therapeuticsの共同創業者の一人であるオックスフォード大学のProf. Chris Buckleyらは、関節リウマチ患者の滑膜(関節包を覆っている薄い膜状の組織)を採取して調べた結果、fibroblast activation protein-α (FAPα)というたんぱく質の発現上昇が進行性の関節リウマチの発症と強く関連していることを2019年Natureに報告している(参考)。
・この報告において、著者らは関節炎モデルマウスを用い、FAPαの発現量が多いほど足関節の炎症性腫脹の重症度が高いという相関があることを明らかにしている。また、FAPαを発現している細胞は、骨や軟骨に移動し、破壊を引き起こすために必要な行動をしていることが明らかになった。
・FAPαを発現している線維芽細胞は2つのグループに分けられ、1つは滑膜のLining Layer(表層細胞層:LL)という領域に存在するThy-1(CD90)陰性の細胞集団で、もう1つはSub-lining Layer(表層下細胞層:SL)に存在するThy-1陽性細胞集団。著者らは関節炎モデルマウスの関節では、これらの細胞集団の両方が増加しており、SLの線維芽細胞の数は炎症の重症度と相関し、LLの線維芽細胞の数は軟骨の損傷と相関していることを見いだした。炎症のピーク時に滑膜から単離した細胞のシングルセルRNAシークエンスから、異なる遺伝子発現プロファイルを持つ5つの細胞グループが同定され、1つのグループはLLにありFAPαを発現するThy-1陰性細胞であり、他の4つはSLにあるFAPαとThy-1を共発現する細胞のサブグループであった。これらのSL細胞は、免疫系の機能や炎症に関連するサイトカイン遺伝子を多く発現していた。一方、LLの細胞は、軟骨や骨の浸食に関連する遺伝子を発現していた。これらの特徴的な遺伝子発現パターンから、この2つの細胞集団は生体内で重複しない機能を持っている可能性が示唆された。
・著者らは、関節炎モデルマウスを用いて、疾患の初期および維持期にFAPα陽性の線維芽細胞を枯渇させる実験を行った結果、滑膜の細胞数が大幅に減少し、炎症が全般的に抑制されたことが示唆された。
・著者らは、2つの線維芽細胞集団の個々の寄与を直接調べるために、Thy-1を発現する細胞としない細胞を分離し、関節炎マウスの炎症を起こした関節に注射する実験を行った。その結果、Thy-1を発現する線維芽細胞を投与されたマウスは、細胞移植を受けなかった動物よりも重度の炎症性関節炎を発症したが、骨や軟骨の破壊は大きくなかった。一方、Thy-1を欠く線維芽細胞の注入は、炎症のレベルには影響を与えなかったが、骨浸食は移植を受けなかった動物よりも大きくなった。これらの結果から、Thy-1を発現する線維芽細胞の集団はサイトカインを産生することによって炎症を促進する一方、Thy-1陰性線維芽細胞の集団は骨や軟骨の破壊に寄与していると結論づけられた。
・著者らは、この研究結果がヒトの疾患と関連するかどうかを調べるために、関節リウマチと変形性関節症(関節に損傷はあるが炎症はほとんどないのが特徴)の患者の滑膜から採取した細胞を調べた。その結果、関節リウマチ患者には、変形性関節症患者よりもFAPαとThy-1を発現する線維芽細胞の集団が多いことが示された。
・このように、ある種の線維芽細胞集団は、炎症性疾患において慢性炎症を維持・増殖させる。一方、がんにおいては、ある種の線維芽細胞集団が免疫細胞が腫瘍の巣に入るのを阻止し、がん細胞を免疫システムから保護する役割を担っている可能性があることが明らかにされている。がん細胞の生存、成長、移動、さらには休眠は、周囲のがん微小環境(tumor microenvironment:TME)の影響を受けている。TME内では、がん関連線維芽細胞(cancer-associated fibroblasts:CAFs)が腫瘍の発生にいくつかの役割を果たすことが示されている。CAFsは、増殖因子、炎症性リガンド、細胞外マトリックスたんぱく質を分泌し、がん細胞の増殖、治療抵抗性、免疫排除を促進する。
・Mestag Therapeuticsが着目している疾患関連線維芽細胞集団は以下の通り。
①炎症性線維芽細胞
ケモカインやサイトカインを放出し、免疫細胞をリクルートし教育する
②筋繊維芽細胞
マトリックス産生とリモデリングによる組織微小環境の形成
③線維芽細胞網状細胞
リンパ系構造の形成と組織化、免疫細胞のサポートと教育を行う
・Mestag Therapeuticsの目指すアプローチは以下の通り。
①病的な線維芽細胞主導の免疫シグナル伝達を、あらゆる疾患において遮断する
②オンコロジーでは、免疫排除を克服するために、免疫細胞を活性化したり、がんにアクセスできるようにすることに重点を置いている
③炎症性疾患では、慢性炎症状態を軽減し、線維芽細胞の静止と活性化のバランスを回復させ、粘膜治癒などの臨床的に重要なエンドポイントに影響を与えることを目指す
パイプライン:未開示
最近のニュース:
Johnson & Johnsonの医薬品部門であるJanssenがMestag Therapeuticsと、炎症性疾患の治療に向けた新規線維芽細胞ターゲットの研究開発について契約を締結。Mestag TherapeuticsはJanssenに対し、本共同研究で得られた最大2つのターゲットに対する治療薬の開発および商業化のための独占的ライセンスに関するオプションを付与。
コメント:
・線維芽細胞は、多くの臓器に存在する一般的な細胞で、組織の修復などに関わっているとされている。線維芽細胞はひと括りに考えられていたが、最近のシングルセルRNAシークエンスなどの解析技術の発達により、線維芽細胞にもいろいろな集団が存在し、異なる種類の線維芽細胞が異なる疾患において異なる役割を担っている、例えば臓器ごとに異なる遺伝子発現をしている線維芽細胞集団がいることが明らかになってきている。Mestag Therapeuticsは疾患に関係する一部の線維芽細胞集団を見つけた研究者らが創業したバイオベンチャーで、この最新の知見の事業化を目指している。「背景とテクノロジー」欄で説明したように、線維芽細胞の中でもマーカー分子の発現の違いで集団の区別ができるようだが、治療薬をどのように選択的に標的線維芽細胞集団に作用させるのかが知りたいところ。
・がん、炎症性疾患に着目しているが、将来的には自己免疫疾患、感染症、神経変性疾患を含む様々な疾患に役立つ可能性があると考えているとのこと。
キーワード:
・線維芽細胞
・がん(がん微小環境)
・炎症性疾患(関節リウマチ、変形性関節症)
・シングルセル解析
免責事項:
正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対してもケンは責任をとれません。よろしくお願いします。
Comments