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Kallyope (New York, NY, USA) ーケンのバイオベンチャー探索(第173回)ー

更新日:2021年7月11日


腸ー脳軸という中枢神経系と腸神経系の間の双方向のリンクを制御する分子を探索し、腸神経系の標的分子に作用する治療薬を見出すことで中枢神経系疾患、代謝性疾患の治療薬創製を目指すバイオベンチャー。シングルセルシークエンス、オプトジェネティクス、ケモジェネティクス、計算生物学などを駆使して腸ー脳軸の統合的に理解し、創薬に結びつけるアプローチ。


ホームページ:https://www.kallyope.com/


背景とテクノロジー:

腸ー脳軸(Gut-Brain Axis)は、中枢神経系(CNS)と体内の腸神経系(ENS)の間の双方向のリンクのことである。腸ー脳軸には、内分泌系(視床下部-下垂体-副腎軸)、免疫系(サイトカインおよびケモカイン)、自律神経系(ANS)間の複雑なクロストークが関与している。腸ー脳軸の神経免疫内分泌系の介在分子群によって、脳は腸の機能(免疫細胞、上皮細胞、腸管ニューロン、平滑筋細胞)に影響を与える。さらに消化管(GI)の細胞は腸内細菌叢の影響を受けており、最近では、腸内細菌叢が腸ー脳軸の構造に重要な役割を果たしているという概念が浮上してきている。


・腸-脳軸は、代謝や消化管機能において役割を果たしていることが明らかになっている。また、気分、認知、報酬などの中枢神経系の機能に関与している可能性が明らかになってきている。腸-脳軸の欠損は、肥満、糖尿病、NASH、機能性胃腸障害、炎症性疾患、うつ病、自閉症、パーキンソン病などの疾患と関連していると考えられている。


Enterinは、腸管神経系においてαシヌクレインモノマーのオリゴマー化を抑制する低分子化合物ENT-01 (kenterin)を、パーキンソン病治療薬として開発中であり、現在Phase IIb治験を行っている。オープンラベルで行われたPhase I/IIa治験では、プライマリーエンドポイントであるパーキンソン病における便秘の有意な改善作用が見られたことを報告している(参考)。


・今回紹介するKallyopeは腸ー脳軸に関与する分子を見出すプラットフォーム技術を持ち、腸ー脳軸を調節する薬の開発を目指しているバイオベンチャーである。Kallyopeでは、最先端の技術を用いて、腸ー脳回路の包括的なマップを構築し、これらの回路の機能を解明することで、腸管特異的分子を用いて調節可能な治療標的の同定を目指している。対象疾患は中枢神経系疾患および代謝性疾患。


・プラットフォームの構成要素には、シングルセルシークエンス、計算生物学、回路マッピング技術を含む。また、オプトジェネティクスやケモジェネティクス(標的タンパク質の特定機能ドメインに結合して、その機能を阻害や活性化することによって制御する低分子化合物を用いて、特定タンパク質の特定ドメインの機能を研究する技術:日本医科大学半田研究室HPより引用)を用いて、回路と生理・疾患との関連を解明している。このプラットフォームの導入により、腸と腸ー脳の生物学に関する新たな知見が得られ、腸ー脳回路を標的とするための合理的で十分な情報に基づいたアプローチが可能になる。


シングルセルシークエンスの利用:

腸-脳軸は、消化管上皮、腸神経系、迷走神経、脳幹からなる細胞のネットワークであり、それぞれがユニークな機能を持つ多くの異なる細胞タイプで構成されている。これらの細胞タイプを同定し、特徴を明らかにするために、シングルセルRNAシークエンシングを用いている。最近の技術の進歩により、何千もの個々の細胞をプロファイリングし、各細胞に存在するRNA転写物を同定することが可能になった。計算生物学と組み合わせることで、腸-脳軸の様々な細胞タイプを同定し、その機能についての洞察を得ている。


計算生物学の利用について:

機械学習、次世代シークエンシング、ネットワーク生物学、プロテオミクス、知識表現、人工知能などの新しい手法を融合させた計算生物学を用いて、標的探索の合理化に取り組んでいる。計算生物学グループは、社内のシークエンシングチームと連携し、腸-脳軸を構成する異なる細胞タイプとその転写プロファイルの包括的な理解を構築した。これを達成するために、計算生物学グループは独自に開発したソフトウェアを使用している。これは、シークエンシングした配列のゲノムアラインメントと単一細胞の高次元の教師なしクラスタリングにおける最先端の技術を拡張したソフトウエアである。これまでに、全身の生理学、行動、疾患を強力に調節する可能性のある、いくつかの新しい細胞タイプと分子標的を同定してきている。


神経回路解明について:

過去10年間の神経科学の技術的進歩により、個々の細胞タイプがどのように入力に反応するのか、またそれらの細胞はどのように神経回路に統合されるのかといった、これまで解明が難しかった問題を明らかにする技術が飛躍的に向上した。遺伝的にコード化された活動センサーは、全身の特定の細胞反応を調べることを可能にし、トランス・シナプス・トレーサーは、どのニューロンが相互に接続されているかを判断することができる。Kallyopeでは、これらの進歩を応用して、腸-脳軸の構成要素の活性化を、代謝調節から行動制御に至るまでのプロセスに関与する神経回路に結びつけることを目指している。


腸ー脳回路を機能にマッピングする

腸ー脳回路がどのように行動や生理を変化させるのかを理解するために、Kallyopeでは腸ー脳回路内のユニークな細胞タイプを刺激し、生理的な反応を観察している。まず、オプトジェネティクスまたはケモジェネティクスで選択的に活性化できるタンパク質を遺伝子的に発現させることで、関心のある細胞タイプを制御する。その後、これらのツールを用いて、各腸-脳回路を系統的に関与させ、その機能を明らかにし、病気を治療するための有望な経路の特定を行っている。


パイプライン:未開示


最近のニュース:

肥満と糖尿病に対するペプチド創薬を行うための共同研究契約をNovo Nordiskと締結。この共同研究から生まれる6つまでのプロダクトについて世界で開発・販売する権利をNovoが保有するオプション契約も含む。


コメント:

・腸ー脳軸という多数の臓器が関わる現象をシステムバイオロジーとして理解し、治療薬の創製を目指すという、大々的なアプローチ。腸−脳軸は、過敏性腸症候群(IBS)などの腸の疾患のみならず、不安症、うつ病、自閉スペクトラム症などの中枢神経系疾患にも関与していることが示唆されており、大きな可能性がある。一方で、腸管の分子を制御することで、中枢神経系疾患に対してどの程度の治療効果が得られるのかは難しいところ。関係性はあってもその寄与率が低ければ、治療薬としての効果が十分に得られない可能性がある。


・「機械学習、シングルセルシークエンス、ネットワーク生物学、プロテオミクス、オプトジェネティクス、ケモジェネティクスなどの新しい手法を融合させた計算生物学を用いて、標的探索を行う」という最先端サイエンスをこれほど揃えているのはスタートアップでは初めて見た。これまでトータルで2億4300万ドルの資金調達を行っている大規模バイオベンチャー。


キーワード:

・腸−脳軸(腸−脳相関)

・中枢神経系疾患

・代謝性疾患

・ペプチド


免責事項:

正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対しても筆者は責任をとれません。よろしくお願いします。

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