top of page
検索

hC Bioscience (Cambridge, MA, USA) ーケンのバイオベンチャー探索(第261回)ー

更新日:2022年4月10日


全遺伝子疾患の10-15%を占める早期終止コドン変異を持つ遺伝子疾患に対して、人工トランスファーRNAを用いてアミノ酸を挿入し、たんぱく質の長さと機能を回復させる技術プラットフォームを持つバイオベンチャー


ホームページ:https://hcbioscience.com/


背景とテクノロジー:

・遺伝子はコドンと呼ばれる3連続のヌクレオチドで構成されており、たんぱく質合成の際に付加されるアミノ酸を指定する。コドンを構成する64種類の3連続ヌクレオチドの組み合わせのうち、61種類が翻訳中のリボソーム上のポリペプチド鎖にアミノ酸を組み込むためのコードであり、3種類(UAA、UAG、UGA)は翻訳終了のシグナルである。アミノ酸をコードしているコドンを終止コドンの一つに変換する突然変異(一般に一塩基置換)はナンセンス突然変異と呼ばれ、たんぱく質配列に早期終止コドン(premature termination codon (PTC) )をもたらす。翻訳がPTCで早期に終了すると、非機能的、あるいは細胞にとって有害な切断型たんぱく質が生成される。ナンセンス変異は、疾病につながる全遺伝子疾患の10-15%を占め、1000近い重篤な遺伝性疾患の原因となっている。


・リボソーム結合性抗生物質の一種であるアミノグリコシドは、ナンセンス変異読み飛ばし(リードスルー)を促進することが知られている。嚢胞性線維症やmdxマウス(デュシェンヌ型筋ジストロフィーの動物モデル)の治療において、アミノグリコシドがナンセンスリードスルー薬として作用することが報告されている。いくつかのアミノグリコシドが臨床試験で使用されている。患者への長期的な適用には、以下の課題を克服しなければならない。

①アミノグリコシドは翻訳の忠実度を低下させ、認識可能なアミノ酸の間違った取り込みを増加させる。アミノグリコシドによるPTCのリードスルーは、元のアミノ酸を挿入するだけでなく、ナンセンス変異のところに別のアミノ酸を挿入する可能性もある。何度も翻訳を繰り返すうちに、いくつかの異なるたんぱく質バリアントが生成されることになるが、その配列はPTCの同一性と使用したリードスルー薬剤に依存する。アミノ酸の変異は、たんぱく質の適切なフォールディング、輸送、機能に影響を与え、細胞プロセスに大きな影響を与える可能性がある。

②ナンセンス抑制療法でよく問題になるのは、自然終止コドン(NTC)リードスルーの可能性である。実際、in vivoでアミノ配糖体G418によって刺激されたゲノム全体のNTCリードスルーは、有害な細胞効果を持ち、いくつかの生物学的プロセスを崩壊させる。

③アミノグリコシドは、リボソームのデコーディングセンターに結合し、十分な用量でたんぱく質合成を阻害する。これらのアミノグリコシド系抗生物質は、主に細菌のリボソームに結合するが、真核生物のリボソームにもある程度結合し、特にミトコンドリアのリボソームには深刻な影響を与える。

④アミノグリコシドは、強い聴覚および腎毒性のリスクをもたらす。


・PTC含有遺伝子機能をレスキューするためのより特異的な方法としては、①mRNAにおけるPTCの標的偽ウリジル化、②CRISPR/Cas9によるゲノム編集、③ナンセンスサプレッサーtRNA(sup-tRNA)を含むいくつかの核酸ベースの戦略が追求されてきている。


・今回紹介するhC Bioscienceが開発している③のナンセンスサプレッサーtRNA(sup-tRNA)アプローチは、PTCの抑制と全長たんぱく質発現のシームレスな(つなぎ目のない)レスキューのために、アンチコドンを変更しながら正しいアミノ酸で充足するために内因性アミノアシルtRNA合成酵素(aaRSs)と交差反応するように設計されたアンチコドン工学sup-tRNA(ACE-tRNA)を利用する技術である。


・つまり、hC Bioscienceの開発している技術は、人工tRNA(sup-tRNA)を用いてmRNA転写産物のナンセンス変異を認識し、必要な場所にアミノ酸を挿入することでそれを抑制し、たんぱく質の長さと機能を完全に回復させるものである。PTCX(Patch)プラットフォームと名付けられたこのアプローチは、tRNAの未知の力を利用し、ゲノムDNA配列そのものを変更することなく、発現たんぱく質を修正することができる。


・突然変異や患者ごとにカスタマイズする必要がある遺伝子治療やゲノム編集とは異なり、tRNA医薬は、遺伝子や突然変異の場所に関係なく多くの疾患を治療できる可能性を持っている。


・hC Bioscienceは同様に、不要なたんぱく質が原因で起こる病気をターゲットとしたSWTX(Switch)と呼ばれる第2のtRNAベースのプラットフォームも開発している。この技術は、病気の原因となるたんぱく質をマークして破壊するように設計されている(詳細不明)。


パイプライン:未開示


コメント:

・一部のウイルスは、ストップコドンリードスルーを利用して、1つの転写産物で複数のたんぱく質産物をコードすることにより、限られた遺伝情報を増やしているとのこと。つまり、このhC Bioscienceのような技術は生物界でも利用されているような現象である。ただ、アンバー変異(UAG型のストップコドン)を修正すれば、もともとの終止コドンがこの型だった場合には同じように終止コドンがスキップされてしまう。その結果、3’UTR領域まで翻訳されてしまって異常なたんぱく質が形成され、Unfolded Protein Response (UPR)などの現象を引き起こしていまう可能性がある。このような現象から起こる可能性がある毒性を軽減するためには、できる限り目的の臓器、細胞にのみsup-tRNA をデリバリーする技術が必要となる(組織の遺伝子発現プロファイルに違いがあるため、特定の組織が他の組織よりもこのような現象に対して敏感である可能性がある)。

・上記の目的外の組織、細胞にデリバリーしないのと同時に、目的の細胞に十分な量の遺伝子をデリバリーする必要がある。ウイルスベクター、非ウイルスベクターなど現在利用可能な技術で治療効果が得られるのかどうかは今後の臨床での結果で明らかになるだろう。


キーワード:

・ナンセンス変異遺伝子疾患

・人工トランスファーRNA

・ストップコドン読み飛ばし

・遺伝子治療


免責事項:

正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対してもケンは責任をとれません。よろしくお願いします。

bottom of page