肝臓の線維化における細胞外マトリックスの機能に着目し、健常人および患者さんの細胞外マトリックスを用いたin vitro 3D共培養システムをもちいた化合物スクリーニングを行うことで、新たな肝線維化治療薬(NASH、NAFLD、肝臓がん治療薬)の創製を目指すバイオベンチャー
ホームページ:https://engitix.com/
背景とテクノロジー:
・C型肝炎ウイルス(HCV)感染、B型肝炎ウイルス(HBV)感染、大量のアルコール摂取、さらに非アルコール性脂肪肝(NAFLD)およびその進行形の非アルコール性脂肪肝炎(NASH)は治療しないと慢性の肝機能障害に至る。病因や原因に関係なく、これらの状態は肝線維化、ひいては肝硬変を引き起こす。肝線維化は、肝細胞の壊死、炎症、酸化ストレス、過剰な細胞外マトリックス(ECM)の沈着によって特徴づけられ、修復反応、すなわち創傷治癒の失調であると考えられ、肝硬変に至る可能性がある。このような末期肝硬変の状態は、原発性肝がん、肝細胞がん(HCC)の発生に最適な微小環境を促進する。実際、原発性肝がんのほとんどすべての症例は、肝硬変から発症する。
・健康な肝臓では、正常な類洞周囲のECMは、I、III、IV、V、VI型コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン、プロテオグリカンがバランスよく量的、質的に存在し、肝細胞と非実質細胞 の両方の機能維持に重要な役割を果たす。肝損傷時、特に慢性肝損傷時には、肝星細胞が「分化転換」し、ECMたんぱく質の蓄積と肝線維化を引き起こす。活性化された肝星細胞は、より高レベルの線維性コラーゲンI、II、IIIを発現・分泌し、厚くて高度に架橋されたコラーゲン束を形成する。
・過去数十年にわたり、肝疾患治療のための効率的な新薬の発明は、機能的な薬物動態や毒性学的研究を行うことができる、強固で生物学的に適切な肝モデルがないことが障害となってきた。例えば、in vitro培養系の限界は、短期培養後の肝細胞特異的機能の急速な低下、脱分化および肝細胞極性の喪失に関連している。さらに、効率的な抗線維化療法はまだ開発されていない。化合物の抗線維化作用の可能性は、2Dモデルで試験され、さらにin vivoモデルに外挿された。多くの場合、異なる2D in vitroシステムで試験した際に有効性を示した薬剤候補は、in vivo動物モデルで同様の成功した有効性を再現せず、データの誤った解釈につながった。
・化合物の評価に動物モデルを用いることの限界もあり、例えば、非ヒト由来であること、代謝能力、チトクロームP450アイソフォーム活性、種間生理学、薬物のバイオアベイラビリティと半減期、疾患適応機構に大きな違いがあることなどがある。実際、動物実験に合格した10種類の薬剤のうち9種類は、ヒトでの臨床試験に失敗している。
・ハイスループット・スクリーニングに適した安全性と機能的な薬物投与量を正確に予測するためには、in vitro組織特異的モデルが必要と考えられる。このモデルは、細胞の構造的支持を向上させ、組織の力学的特性(強剛性/硬化度)に寄与し、創傷治癒などの組織の動的プロセスに対応したリモデリングを可能にする柔軟な物理環境を提供することにより、ヒト組織を可能な限り表現することができるものと考えられる。肝ECMの多くの側面を反映する唯一の3Dモデルは、肝ECMそのものと考えられる。そこで、生体内のECM構造を模倣した、明確に定義された3D in vitroモデルの開発が進められている。これらの研究により、生体内と同様の微小環境下で肝臓の生理をシミュレートし、肝機能を向上させることができ、肝組織工学において最も重要な基準である複雑なマイクロスケール超構造を構築できる。これにより、少数のヒト細胞を用いた迅速、簡便、かつハイスループットなスクリーニングが可能となる。
・3D培養では主要なシグナル伝達経路が維持され、2D系と比較してより生体内のシナリオに類似している。例えば、核因子YAPは 肝星細胞 の活性化の重要なドライバーであることが示されており、3DスフェロイドにおけるYAP阻害剤のスクリーニングは、肝線維症の治療のための新しいアプローチを提示することができる。
・また、単一細胞培養系よりも共培養系の方が、in vivoでの細胞表現型に優れた相関性があることが実証されている。例えば、肝細胞の3D培養を用いた実験では、肝細胞と肝星細胞 の3D共培養は、肝星細胞 が産生する可溶性因子の分泌により、生着、増殖、分化などの肝細胞のいくつかの機能に有利であることが示されている。さらに、原発性肝がんにおけるECM産生間質細胞は、腫瘍の発生において動的かつ柔軟な機能を有し、その結果、化学療法に対するがん細胞の反応を制御しうることが研究により示されている。
・今回紹介するEngitix Therapeuticsは、ECMに対する独自の理解と、世界最高水準の技術とアプローチにより、線維症や固形がんの患者さんとそのご家族の生活を大幅に改善する治療薬創製を目指しているバイオベンチャーである。
・この領域におけるこれまでのほとんどの標的および創薬プログラムは、単層シートや人工3D基板で培養した哺乳類細胞のin vitro試験に依存しているが、これはヒト組織の組成を正確に表しておらず、ECMの役割も無視している。創薬の成功率を高めるために、細胞だけでなく、ヒト(健常人及び患者さん)のECMをモデルに取り込み、自然の微小環境をより忠実に再現するin vitro 3D共培養系を用いるアプローチをEngitix Therapeuticsは用いている。
・Engitix Therapeuticsの独自プラットフォームは以下の3つ
①ECMプラットフォーム
ECMの疾患特異的な細胞組成は、脱細胞組織のプロテオーム解析(マトリソーム)によって行われる。対象となる疾患に関連するさまざまな種類の細胞をECMに再投入することによって、細胞表現型の調節におけるECMの役割を解明し、RNAseq、scRNAseq、その他のリードアウトを通じてECM主導のターゲットを推定する。
②Engitomixバイオインフォマティクスプラットフォーム
Engitomixプラットフォームは組織特異的かつ疾患に関する公開OMICSデータベースを検索する。これらのデータセットは、独自のEngitomixプラットフォームとアルゴリズムを用いて分析される。AI、機械学習、テキストマイニングにより、偏りのない自動的なターゲットの優先順位付けが可能となり、ターゲットスコアリングによる自動ターゲットレポートが生成される。この迅速なターゲットの優先順位付けにより、1,000のターゲット候補の中から1~4週間で10~50の候補を選択することができる。
③Exscalateプラットフォーム
パートナーであるDompé社が開発した、32PetaFLOPSで動作する強力なスーパーコンピューティングプラットフォームで、高度なインシリコ手法をサポートする。1時間に10億個の分子を標的たんぱく質に結合させることができ、標的の同定から候補の選択までの処理時間を短縮することができる。Exscalateの採用により、世界最大のデジタルリガンドライブラリーと5,000億以上の分子からなる仮想化合物ライブラリーにアクセスすることが可能になった。そして、生物学的標的との相互作用の補完パターンが最も優れている化学構造を、その他の物理化学的特性、新規性、合成の実現可能性とともに特定することができる。
パイプライン:詳細未開示
非臨床研究段階
・非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)
武田薬品工業との共同研究。ターゲット妥当性評価段階。
・炎症性腸疾患(IBD)における腸管線維束症
武田薬品工業との共同研究。探索初期段階。
・膵臓腺がん (PDAC)および 肝転移
ターゲット妥当性評価段階
・肝細胞がん(HCC)
探索初期段階
最近のニュース:
Engitix社独自のECMプラットフォームと武田薬品の消化器領域における研究開発・商業化の専門性を融合させた提携
コメント:
・肝臓や腎臓、眼、脳のオルガノイド研究が進む中、これらのin vitro3D培養系を用いた創薬スクリーニングが進められている。3D培養系だからこそ見つかった新規承認薬というものは私はまだ知らないが、今後はそういう薬も生まれてくるだろう。ただ、こういったin vitro 3D培養系、特に多能性幹細胞から分化させたオルガノイドなどを用いた創薬は培養にコストや時間がかかるという課題がある。
・これまでの臨床試験からは、NASHの治療薬は非常にハードルが高いと考えられている。in vitro 3D培養系やECM創薬がブレイクスルーとなるかが注目される。
キーワード:
・in vitro 3D培養系
・患者さん由来細胞外マトリックス
・NASH
・肝臓がん
免責事項:
正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対してもケンは責任をとれません。よろしくお願いします。
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