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Enara Bio (Oxford, the United Kingdom) ーケンのバイオベンチャー探索(第209回)ー


Dark Antigen™というがん細胞でのみ発現している抗原や、MR1という多型を持たないMHC様分子によって提示されるがん特異的抗原を認識するT細胞受容体を同定する独自プラットフォームを持つ、新たながん免疫療法の開発を行っているバイオベンチャー


ホームページ:https://enarabio.com/


背景とテクノロジー:

・がん免疫療法は、外科治療、化学療法(一般的な抗がん剤治療)、放射線療法に次ぐ第4の治療法として確立され、開発が進んでいる。開発されているがん免疫療法には、免疫チェックポイント阻害薬、キメラ抗原受容体(CAR)-T療法が最も多いが、2重特異性分子(BiTEなど)、がんワクチン、NK細胞療法、さらには腸内細菌叢による免疫制御に着目した治療法などその他のアプローチも開発されてきている。


・このがん免疫療法の拡大の背景には、免疫研究の発展によって分かってきた新たな免疫メカニズムがある。例えばT細胞といえば、古くから抗原提示細胞(マクロファージや樹状細胞)によって提示された抗原に対して反応する獲得免疫の主役として知られているが、それ以外に、免疫を抑制する制御性T細胞が京都大学(現大阪大学)の坂口志文教授らによって報告されている。


・他にヒトのT細胞において最大の集団であるMAIT(mucosal-associated invariant T)細胞について、その役割が明らかになってきている。当初、腸管粘膜固有層に多く局在することからMAIT細胞と命名されたが、肝臓や末梢血単核球にも高頻度に検出される(ヒト末梢血単核球,腸管粘膜固有層,肝臓に存在する全T細胞のそれぞれ1~10%,3~10%,20~50%を占める)。MHC class Ib分子であるMR1(MHC-related 1)というすべての細胞で発現する分子によって抗原提示された分子を、MAIT細胞自身のT細胞受容体(TCR)によって認識し、活性化される。TCRを介して活性化したMAIT細胞は、IFN-γやIL-17、IL-2、グランザイムBを産生し、 抗原を持つ細胞に対して細胞傷害性活性を発揮し、感染の拡大を防ぐ。MR1が提示する抗原としては、大腸菌(Escherichia coli)や黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)、真菌のなどの一部の微生物由来の代謝物や自己由来の代謝物、さらには低分子薬物などが報告されており、これらがMR1と結合し、細胞表面に表示される安定な複合体を形成する。MR1を欠損したマウス(MAIT細胞が分化・増殖できない)では、肺炎桿菌Klebsiella pneumoniaeに対する感染抵抗性,特に感染初期における抵抗性の減弱が観察される。


・また、がん細胞が持つMR1により活性化したMAIT細胞が、NK細胞やCD8陽性T細胞の活性を抑制することで、抗腫瘍活性を抑制し、腫瘍の増殖と転移を促進していることが報告されている(参考)。つまり、MR1を発現しているがん細胞に対する、MR1阻害によるがん免疫療法の可能性が示唆される。アセチル-6-formylpterin(葉酸の代謝物)やMR1阻害抗体のようなMR1阻害性リガンドの注入は、実際にMAIT細胞の活性化をブロックする可能性がある。


・これ以外に、MR1が提示する抗原によってのみ活性化されるMR1-restricted T(MR1T)細胞というT細胞があることが報告されている(参考)。MR1T細胞はMAIT細胞とは異なり、循環するT細胞の0.04%程度の頻度で存在する。MR1の特徴は、HLAとは異なりヒト1人1人によって多様性を持たない、共通の単型であることである。つまりMR1T細胞を利用したがん免疫療法は、HLA適合性を要求しないため、既存のTCR-T細胞療法に比べて有用性が高い可能性がある


・MAIT細胞と異なり、MR1T細胞は細菌に感染した細胞を認識せず、健康な細胞によっても活性化されない。活性化に関与する自己抗原はまだ不明であるが、異なるTCRを持つ2つのMR1T細胞クローンが2つの異なる溶解液画分を区別したことから、複数の自己抗原の存在とMR1T細胞の抗原特異性を強く示唆する(参考)。個々のMR1T細胞クローンが複数のがん細胞株を認識することから、がんがMR1によって提示される共通の抗原を共有している可能性がある。がん患者さんにおけるMR1T細胞の頻度および表現型はまだ不明であるが、in vivoでがん細胞を認識する能力が示されていることから、MR1T細胞移植療法が治療効果を持つ可能性がある。(参考


・今回紹介するEnara Bioは、MR1T細胞に発現しているがん特異的抗原を認識するTCRの同定に取り組んでいるバイオベンチャーである。加えて、Dark Antigen™(後述)およびDark Antigen™を認識するTCRを同定し、がん免疫療法に応用する技術の開発も行っている。これらの同定された抗原やTCRを用いて、がんワクチンや自家ポリクローナルT細胞製剤(ex vivo刺激)などのがん免疫療法製品の開発を目指している。


・Enara BioのHPによると、Dark Antigen™とは、がん細胞にのみ発現している、通常はたんぱく質として発現されない遺伝子のことである。がんでは、エピジェネティックな変化によって、通常は発現していない領域の転写が起こり、新規ポリペプチドの翻訳が起こる。これらの新規ポリペプチドは、がん細胞内で処理され、細胞表面のHLA分子によって選択的に提示される。このように提示された抗原、Dark Antigen™は、がん細胞と健康な細胞を区別する新しい抗原性領域であり、がん免疫療法の理想的なターゲットとなることが期待される。Dark Antigen™は、突然変異由来のネオアンチゲンとは異なり、特定のがんタイプに対応し、患者間で共有されているため、がんに特異的な、既製品としてのがん治療(オーダーメイドではないがん治療)が可能となり、より多くの患者に利益をもたらす可能性がある。


・Enara Bioでは、Dark Antigen™のレパートリーを新たに探索し、MHC の提示と腫瘍特異性を検証するために設計された差別化抗原発見プラットフォーム (EDAPT - Enara Dark Antigen Platform Technology) を開発している。このEDAPTプラットフォームは、がん特異的なDark Antigen™を探索する独自のバイオインフォマティクスデータベース、がん細胞表面に提示されたDark Antigen™を質量分析法を用いて検出、検証するイムノペプチドミクス、患者さんサンプル中のがん細胞で見られるDark Antigens をコードする転写産物をin situハイブリダイゼーション法で評価し、その転写産物の特異性と均一性を検証する腫瘍生物学的解析を組み合わせたプラットフォームである。


・上記のプラットフォームから同定されたDark Antigen™の候補は、各がん種に対して最も強力で広範な免疫応答を誘発する能力を持つかどうかを検証することでその開発優先度が決定される。これは、末梢性CD8+ T細胞と腫瘍浸潤リンパ球(TIL)を用いてファンクショナルアッセイでスクリーニングし、類似のTCRを発見、検証を行う。


・また並行して、がん細胞に対して強力かつ広範ながん全般に対する活性を有するTCRを同定するための抗原にとらわれない方法として、がん細胞に対するT細胞ライブラリーを機能的にスクリーニングする技術を開発している。この方法により、がん特異的なMR1提示リガンドを標的としたTCRを含む、従来にない治療開発候補TCRがいくつか発見されている。


パイプライン:詳細未開示

・Dark Antigen™やMR1提示リガンドを認識するTCRを発現するT細胞を用いた細胞療法


・Dark Antigen™もしくはMR1提示リガンドと、T細胞を認識する2重特異性分子


・複数のDark Antigens™を組み合わせた治療用がんワクチン


最近のニュース:

Enara BioのDark Antigen™創薬プラットフォームを活用する戦略的提携およびライセンス契約をベーリンガーインゲルハイムと締結。肺がんおよび消化管がん領域で、最大3種類のがんにおける新規Dark Antigenを発見し、検証する。


コメント:

・がん細胞においてエピジェネティクスの異常が起きていることはよく知られており、実際、エピジェネティクス分子の阻害剤ががん治療薬として承認されている。しかし、エピジェネティクス異常によって、通常遺伝子としては使われていないゲノム領域から新規ポリペプチドが発現して、しかもそれががん細胞から抗原提示されているとは知らなかった。Dark Antigen™からどんな治療薬が生まれてくるのか、臨床の結果を期待したい。

・勉強不足で多型を持たないMHC様分子であるMR1という抗原提示分子があるとは知らなかった。MR1が提示する抗原を認識するTCRであればHLAタイプを合わせる必要がないというのは非常に良いコンセプトだと思う。一方で、MR1が提示する抗原には制限がある可能性が高い。まだこの1年程度で報告され始めた知見であり、がん細胞特異的抗原がどれほどの数MR1で提示されているのかなど明らかにすべきことは多いだろう。


キーワード:

・がん免疫療法

・Dark Antigen™

・MR1提示リガンド

・ワクチン

・TCR


免責事項:

正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対してもケンは責任をとれません。よろしくお願いします。

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