top of page
検索

Emisphere Technologies (Roseland, NJ, USA) ー元製薬研究員ケンのバイオベンチャー探索(第151回)ー


通常は経口投与で吸収できないペプチドを経口投与できるようにするDrug Delivery Systemである Eligen® Technologyを用いた創薬を行っているバイオベンチャー



ホームページ:https://emisphere.com/



背景とテクノロジー:

・近年、抗体医薬品やペプチド医薬品などの高分子・中分子医薬品が開発され、これまでにない薬効とターゲット特異性から新しい薬が次々と生まれている。例えば、がん免疫薬(免疫チェックポイント阻害薬)のオプジーボ(一般名:ニボルマブ)やキイトルーダ(一般名:ペムブロニズマブ)はPD-1に結合する抗体医薬品である。また、前立腺がん治療薬のリュープリン(リュープロレリン)はGnRH受容体に結合するペプチド医薬品である。


・ペプチドなどの中分子は高活性なものが多いが、一方で経口投与ができない(消化器官から吸収されない、胃腸で分解されやすい)ため、多くの場合注射薬となる。長期投与が必要な疾患の場合、注射薬は経口薬に比べて不便という大きな課題がある。実際、II型糖尿病治療薬であるGLP-1受容体作動薬は高い血糖効果作用・体重減少作用があるにも関わらず注射薬であるために、競合のDPP-4阻害薬やSGLT-2阻害薬の市場を奪うに至っていない。


・中分子医薬品を消化管から吸収させる方法としては以下の5つのアプローチなどがある。

吸収促進

消化管上皮を透過する取り込み促進。糖鎖修飾、PEG化、脂質修飾、カルニチンエステルなどが用いられる。

a酵素阻害

消化管における分解を阻害。大豆トリプシン阻害剤、デオキシコール酸、有機酸(クエン酸など)などが用いられる。

bたんぱく質安定化(分解阻害)

消化管における分解を阻害。

微粒子システム

分解から逃れるためのカプセル化。重合化ミクロ粒子、重合化ナノ粒子、リポソーム、マイクロエマルジョン高分子ミセルなどが用いられる。

多機能ポリマー

粘膜組織に接着しタイトジャンクションを介しての吸収。ポリ(アルキルシアノアクリレート)キトサンが用いられる。

リガンドに結合した取り込み

食物取り込みと関連した経路を介した特異的送達。以下のものと結合した粒子が用いられるービタミンB12、ビオチン、葉酸、レクチン。


・今回紹介するEmisphire Technologiesは、ペプチドなどの中分子医薬品に弱く結合し、その消化管吸収を促進する独自技術Eligen® Technology(上記の①吸収促進に該当する技術)を持つバイオベンチャーである。


・Eligen® Technologyでは、消化管吸収させたいペプチドと非共有結合型で弱く結合し、脂溶性を高めることで消化管吸収を促進する低分子化合物(キャリア分子)を用いる。 用いられるキャリア分子は以下の3種。

5-CNAC(8-(N-2-hydroxy-5-chloro-benzoyl)-amino-caprylate)

SNAC(N-[8-(2-hydroxybenzoyl) amino] caprylate)

4-CNAB(monosodium N-(4-chlorosalicyloyl)-4-aminobutyrate)

このキャリア分子がインスリンやグルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)などのペプチドと、ペプチドの生物活性を損なわない形で結合する。ペプチドとキャリア分子の複合体は、低pH環境下で不溶性となることで、上部消化管のペプチダーゼによる分解への感受性を減弱する(ペプチドを部分的に伸ばすことで疎水性側鎖が露出すると考えられている)。高pHとなる小腸上部では複合体は溶解し、小腸における吸収が促進される。ペプチドは受動拡散によって吸収される。吸収後はキャリア分子はペプチドと解離し、ペプチドは元の自然な状態(3次元構造)に戻り、生物活性を保持する。

ペプチドに化学的修飾をしたり、生体膜の構造変化を伴う形での吸収促進ではないという利点がある。また、これら3つのキャリア分子は臨床試験で用いられ、キャリア分子による有害事象は見られていない。



パイプライン(詳細不明):

Eligen B12™

SNACとビタミンB12を結合させた複合体。ビタミンB12の消化管からの吸収が促進される。

健常人では以下のメカニズムでビタミンB12は吸収されるが、ビタミンB12欠乏症の患者さんでは何らかの理由でこの機構に障害がある。Eligen B12™はこの機構を使わないでビタミンB12を消化管から吸収させることができる。

健常人におけるビタミンB12吸収メカニズム(オレゴン州立大HPより転載

胃酸と酵素が食物からビタミンB12を遊離し、唾液や胃液にあるRタンパク質(トランスコバラミン-1またはハプトコリンともいう)と結合できるようにする。小腸のアルカリ性環境中で、Rタンパク質は膵酵素によって分解され、これによりビタミンB12が胃の特殊な細胞から分泌されるタンパク質である内因子(IF)と結合できるように遊離される。回腸(小腸の最終部)の表面にある受容体が、膵臓によって供給されるカルシウムがある場合にのみIF-B12複合体を吸収する。

開発中の適応症

・上市済み(処方箋なしでの服用可能)

ビタミンB12欠乏症


経口セマグルチド(Rybelsus®)

GLP-1アナログとSNACを結合させた複合体。詳しくはAnswersNewsの解説参照(こちら)。ノボノルディスクが開発。

開発中の適応症

・上司済み

II型糖尿病



コメント:

・ペプチドは強力薬理作用を示すものが多い。さらに化学合成可能なため、薬効が強く比較的低価格な医薬品を作ることができる可能性を秘めている。しかし、消化管で分解されやすく、かつ細胞膜透過性が悪いものが多いという課題がある。この点を解決することがキーになると考えられる。Emisphere Technologiesの独自技術Eligen® Technologyは消化管での分解を防ぐことができることが臨床試験で証明されており、今後のペプチド創薬においてキーテクノロジーとなるのだろうか。


・一方で、現状これらの技術がそれほど大きく広がらないのは、バイオアベイラビリティーが低いのが原因だろうか。上記の経口セマグルチドも薬効は出ているものの、投与された用量のほとんど(97ー99%)は吸収されていない(SNACなしで投与する場合の数倍の吸収率だが)。GLP-1作動薬は薬効が強いので低濃度でも効果が発揮できるのだろうが、一般的に利用するにはもっと吸収率の高い技術の開発が求められる。


AnswersNews解説にもあるとおり、経口GLP-1作動薬の開発はし烈。Oramed Pharmaceuticalsという会社も独自技術POD™テクノロジーを用いて経口GLP-1作動薬ORMD-0901を開発している。これは消化管での分解を防ぐためにカプセル化とプロテアーゼ阻害剤、さらに小腸での吸収促進剤の3つを組み合わせた技術。


ホームページを見ると、経口インスリンや経口ヒト成長ホルモンなどいろいろ臨床試験済みのプロダクトがあるが、これらのプロダクトの現状は不明。



キーワード:

・薬物送達システム(DDS)

・ペプチド医薬品

・糖尿病



免責事項:

正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対しても元製薬研究員ケンは責任をとれません。よろしくお願いします。

bottom of page