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Bicycle Therapeutics (Cambridge, the United Kingdom) ー元製薬研究員ケンのバイオベンチャー探索(第156回)ー


ノーベル化学賞受賞者Sir Gregory P. Winterらによって創業されたペプチド創薬ベンチャー。2環を持つ環状ペプチド(Bicycles®)を毒素とつないだpeptide toxin conjugateなどを用いたがん治療薬、免疫細胞を活性化するアゴニストとがん細胞を認識するBicycles®をつないだがん免疫療法薬を開発している。





背景とテクノロジー:

・免疫チェックポイント阻害抗がん薬である抗PD-1抗体ニボルマブ(オプジーボ)や、リウマチ治療薬である抗TNFα抗体アダリムマブ(ヒュミラ)など、抗体医薬品はその高い効力と安全性で、低分子化合物に次ぐモダリティとして定着している。


・一方で、抗体医薬品は以下のような欠点がある

①細胞膜を通過できないためにターゲット分子が細胞膜表面や細胞外分子に限られる

②分子量が大きいため投与経路が限られる(局所投与や静脈内投与)

③数日から数週間と半減期が長い(投与回数が減らせるという利点もあるが、副作用が出ても体内除去が難しいという欠点がある)

④培養細胞で生産するために生産コストが高い


・最近では一本鎖抗体(single chain Fv)などの分子量を小さくした抗体医薬品が承認されてきている例えば、Novartisは加齢黄斑変性症治療薬である抗VEGF-A抗体(Fab断片)ラニビズマブ(ルセンティス)の一本鎖抗体バージョンであるBrolucizumab(Beovu)を開発している。一本鎖抗体は大腸菌から生産することが可能なために生産コストが下げられる、分子量が小さいために広い領域に分布させられるなどの利点がある。しかし凝集体を作りやすいという欠点がある。また分子量が小さいとは言え約30 kDa程度あり、細胞膜を通過できない。


・そこでさらに分子量を小さくしたペプチド医薬品という選択肢がある。ペプチド医薬品は、分子量が数kDa以下のため、細胞膜を通過できる(細胞膜透過ペプチドを付加したりする)。広く分布することができ、投与経路も局所投与・静脈内投与だけでなく経口投与できる技術も開発されてきている(Emisphere Technologies参考)。化学合成できることから生産コストが下がるという利点もある。また、低分子化合物では難しいたんぱく質ーたんぱく質間相互作用(PPI)を阻害することが可能である。低分子化合物に比べて、ターゲット分子への特異性を出せるという利点もある。


・今回紹介するBicycle Therapeuticsは、ペプチド医薬品の治療薬開発を行っているバイオベンチャーである。Bicycle Therapeuticsの独自技術であるbicycle peptidesは、疎水性の足場化合物と直鎖状のペプチドを共有結合でつないだ2環の環状構造を作ることで、ブレッツェルのような構造をしている(参考)。bicycle peptidesはノーベル化学賞受賞者のSir Gregory P. Winterらによって開発された。生体内での半減期は数分から数時間だが、数日まで調節可能とのこと。直鎖状ペプチドや1環の環状ペプチドに比べて、構造的に安定していること、代謝安定性があることが特長となっている。


・2環のbicycle peptidesをタンデムにつないで、2つのターゲット分子を会合させる2重特異性ペプチドにしたり、3個以上のbicycle peptideを1つにつないだ多量体を作り、複合体形成を促進させるなどのアプローチができる。それだけでなく、bicycle peptideにがん特異的な酵素で解離可能なリンカー経由で毒素をつなぐpeptide toxin conjugateも可能となる。


ファージディスプレイ法の開発でノーベル化学賞を受賞したSir Gregory P. Winterが創業したベンチャーであり、このbicycle peptidesの探索もbicycle peptidesライブラリーを発現するファージディスプレイ法を用いて探索する独自プラットフォームを開発している。酵素・免疫チェックポイント分子・成長因子・インテグリンなど90以上のターゲット分子に対してスクリーニングを行い、80%の確率でbicycle peptidesの取得に成功しているとのこと。


・bicycle peptidesは、治療薬としてだけでなく、蛍光タグや放射性ラベルを付加することでイメージング用化合物としての応用も可能である。がんの診断薬としての開発も行っている。



パイプライン:

BT1718

Membrane Type 1 Matrix Metalloproteinase (MT1-MMP)、別名MMP-14に特異的に結合するbicycle peptidesとcytotoxin DM1を解離可能リンカーでつないだpeptide toxin conjugate。MT1-MMPはがんに強く発現する、細胞膜に局在するプロテアーゼ。Cancer Research UK’s Centre for Drug Developmentのスポンサーで治験が行われている。

開発中の適応症

・Phase I/IIa

進行性の固形がん、トリプルネガティブ乳がん、非小細胞肺がん、非小細胞肺がんなど


BT5528

Ephrin type-A receptor 2(EphA2)に特異的に結合するbicycle peptidesとcytotoxin MMAEを解離可能リンカーでつないだpeptide toxin conjugate。EphA2は治療不能な種々の固形がんで発現が高いチロシンキナーゼ型受容体。EphA2を標的とした抗体薬物複合体(ADC)は肝毒性などの理由により臨床において中止となったが、BT5528はADCに比べて半減期が早く、腎臓において代謝されるため、ADCで見られた毒性を回避できることが期待される。

開発中の適応症

・Phase I/II

非小細胞肺がん、子宮がん、トリプルネガティブ乳がん、胃がん、すい臓がん、尿路上皮がんなどEphA2の発現が高いことが想定される進行性固形がん


BT8009

Nectin-4に特異的に結合するbicycle peptidesとcytotoxin MMAEを解離可能リンカーでつないだpeptide toxin conjugate。Nectin-4は、がんの増殖に関与していると考えられ、がんにおいて発現が高い細胞間接着分子。Nectin-4を標的とした抗体薬物複合体enfortumab vedotinが昨年FDAによって承認されている。

開発中の適応症

・IND可能研究段階

乳がん、膀胱がん、すい臓がん、食道がん、肺がんなど


BT7480

Nectin-4と特異的に結合するbicycle peptidesと、CD137のアゴニスト活性を持つbicycle peptides(tumor-targeted immune cell agonist (TICA™))を繋いだタンデム型Bicyclesのペプチド医薬品。TNF受容体ファミリーの一つであるCD137を活性化することでNectin-4を発現するがん周辺の免疫細胞(T細胞やNK細胞など)を活性化する。

開発中の適応症

・非臨床研究段階

進行性固形がん


BT7401

CD137のアゴニスト活性を持つbicycle peptidesを複数つないで多量体化したペプチド医薬品。CD137のアゴニスト活性を持つ抗体医薬品は臨床試験において、強い抗がん活性があることが示されているが、同時に重篤な肝毒性が報告されている。抗体医薬品は半減期が長いのに対し、BT7401は短いため、副作用の軽減が期待される。BT7401は非臨床試験において肝毒性は見られていない。Cancer Research UK’s Centre for Drug Developmentのスポンサーによる治験が計画されている。

開発中の適応症

・非臨床研究段階

進行性固形がん


EphA2/CD137 TICAs™

EphA2と特異的に結合するbicycle peptidesと、CD137のアゴニスト活性を持つbicycle peptides(tumor-targeted immune cell agonist (TICA™))を繋いだタンデム型Bicyclesのペプチド医薬品。

開発中の適応症

・探索研究段階



最近のニュース:

bicyclic peptidesプラットフォームを用いた呼吸器、循環器、代謝性疾患の治療薬の共同研究開発契約をAstraZenecaと締結。Bicyclesの吸入投与による治療法開発など。


Oxyrionと共同開発を行っている、Bicycleベースのplasma kallikrein (PKal)阻害剤THR-149の眼硝子体内投与による糖尿病黄斑浮腫治療のPhase Iにおいて忍容性と安全性を確認。視力改善も確認されたことを発表。



コメント:

・抗体薬物複合体で臨床での有効性が確認されたpromisingなターゲット分子に対して、抗体薬物複合体の欠点(長い半減期)を持たない、短い半減期のペプチド薬物(毒素)複合体で開発を行うというアプローチは面白い。ペプチド薬物(毒素)複合体は半減期が短い分、有効性も低くなってしまう可能性はあるが。。。


・がん細胞と免疫細胞の両方を認識するBi-specific T-cell engager(BiTE)のようなものも作れそうだが、どうなのだろうか。


・Bicycle Therapeuticsの特長であるペプチド複合体(リンカー技術)やbi-specificペプチドの技術という、独自性を前面に出せるアプローチを行っているところがポイントかもと思った。



キーワード:

・ペプチド医薬品

・環状ペプチド

・がん、がん免疫

・ペプチド薬物複合体



免責事項:

正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対しても元製薬研究員ケンは責任をとれません。よろしくお願いします。

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