アルツハイマー病の原因の一つとして考えられているタウに対するワクチン・抗体医薬品を開発しているバイオベンチャー。Phase IIで脳脊髄液中タウの減少を確認している。
背景とテクノロジー:
・アルツハイマー病の原因遺伝子としては、家族性アルツハイマー病で変異が見つかっているアミロイド前駆たんぱく質(APP)や、そのAPPを切断する酵素の主体であるプレセニリンなどが同定されている。バイオジェン/エーザイの抗アミロイドβ抗体アデュカヌマブは、脳内のアミロイドβ量を減少させる効果を持つことが臨床試験で示されているが、認知機能の改善効果については、Phase III2本のうち1本で効果あり(後解析)、もう1本で効果なしと、安定した結果は得られていない。しかし、2021年6月7日、FDAはアデュカヌマブが脳内アミロイドβを減少させる効果を持つことから、アルツハイマー病治療薬として承認した。FDAは認知機能改善効果に対する追加の検証を課しており、今後の検証結果報告が待たれる。
・このFDAによるアデュカヌマブ承認は物議をかもしているが、アルツハイマー病治療薬に関しては、バイオマーカーに対する効果だけでも承認される可能性が示されたことで、他社のアルツハイマー病治療薬についてもその可能性から期待される動きが出てきている。
・今回紹介するAxon Neuroscienceは、病理学的に改変された形態のタウたんぱく質に対する免疫反応を誘発するように設計された活性型ワクチンAADvac1を用いたPhase II治験で、軽度のアルツハイマー病と診断されたほぼすべての被験者に抗原特異的IgG産生を誘導し、2年間の試験期間中に血漿中のニューロフィラメント軽鎖(NfL)の緩やかな上昇を抑制したことを2021年6月Nature Agingに報告している(参考)。またこの報告の中で、脳脊髄液(CSF)を採取した少数のボランティアでは、ワクチンはCSFのリン酸化tau217の濃度を低下させ、リン酸化tau181とトータルのタウも同様に低下させる傾向にあったことを示した。一方、この治験では認知機能スコアCDR-SBの低下を遅らせることはできなかったが、事後解析では、Aβとタウの病理を抱えている可能性の高い人たちには効果があったことが示唆された。
・タウたんぱく質は、細胞のシグナル伝達、細胞骨格の動き、DNAの保護など、さまざまな生理的プロセスに関与している。アルツハイマー病は、この正常なタウたんぱく質が切断されて病的になることで発症する。病的なタウたんぱく質は、互いに結合しやすく、また正常なタウタンパク質も引き寄せるため、病的なタウたんぱく質が生成され、脳内に広がっていく。これらの病的なタウたんぱく質の分布は、アルツハイマー病患者の認知機能の低下や記憶障害と強い相関関係を示している。
・今回は脳内アミロイドβ量ではなく、CSF中のタウ、リン酸化タウの量を低下させている結果だったが、今後はこれらのアプローチもたとえ認知機能が改善されなくてもFDA承認が得られる可能性があるため、注目されている。
パイプライン:
・AADvac1
病理学的に改変された形態のタウたんぱく質に対する免疫反応を誘発するように設計された活性型ワクチン。タウ配列のアミノ酸294~305に由来する合成ペプチドKDNIKHVPGGGSを、キャリアたんぱく質KLH(スカシガイ由来ヘモシアニン)と結合させたもので、抗原の正確な分子特性は未開示。アジュバントとして水酸化アルミニウムを使用。病的なタウオリゴマーの形成と、既存のタウオリゴマーの脳内への拡散の両方に作用する。健全なタウたんぱく質は免疫応答しないが、病的なタウたんぱく質には応答するように設計されたワクチンとのこと。アルツハイマー型認知症の症状が出る10~20年前から治療を開始することができる。
開発中の適応症
・Phase II
アルツハイマー病の予防
・AADvac2
AADvac1のタウたんぱく質抗原を認識するヒト化モノクローナル抗体医薬品。
・ACvac1
新型コロナウイルスSARS-CoV-2のスパイクたんぱく質のうちの限られた小さな領域を標的とした、複数のエピトープを持つペプチドを用いたワクチン。
・ACmab1
SARS-CoV-2のスパイクタンパク上の特定の領域を標的とするモノクローナル抗体医薬品。ウイルスのSpikeタンパク質とACE2受容体との相互作用を阻害することにより、ウイルスを中和する。
・P-TAU T217 超高感度イムノアッセイ
脳脊髄液や血液中に含まれる新規のアルツハイマー病バイオマーカーであるリン酸化T217タウの検出に基づいた代表的な診断法。
・診断薬プログラム
脳脊髄液や血液中の新規アルツハイマー病バイオマーカーの広範な研究プログラム。miRNA、メタボロミクス、ペプチドミクス、プロテオミクスを中心としている。
コメント:
・アルツハイマー病のワクチンはこれまでいくつかの会社で試みられてきたが、これまでのところ、どれもうまく行ってない。AADvac1はPhase II治験で抗体の産生誘導と標的たんぱく質の減少が確認されている。今後の大規模治験で認知機能が改善されなくてもタウの減少が見られれば承認されるのかどうかが注目される。
・ワクチンの治験は、健常人に対してワクチンもしくはプラセボを投与し、将来の疾患発症を予防するかどうか(もしくはタウのレベルに2群間の差がつけられるか?)を確認する形で行われる。現状は将来のアルツハイマー病発症を予測する診断薬はないため、発症するかどうかがわからない集団に対して治験を行うことになる。ワクチン投与群とプラセボ投与群間の発症確率を比較するまでの期間がどれくらいになるのか不明だが、新型コロナウイルスワクチンよりは長期になることが推測される。高齢者のためにある程度のドロップアウトも起こるために、それなりの余剰人数を含めた治験デザインとなる。これだけの規模の治験を行うとなると、それなりの財務体力が必要になるのではと推測する。
キーワード:
・神経変性疾患(アルツハイマー病)
・タウ
・ワクチン
・抗体医薬品
・診断薬
免責事項:
正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対してもケンは責任をとれません。よろしくお願いします。
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