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Turbine (Budapest, Hungary) ー元製薬研究員ケンのバイオベンチャー探索(第139回)ー

更新日:2020年1月12日

がん治療薬に特化した人工知能創薬ベンチャー。既知・未知の化合物が作用することによって起こるがん細胞のフェノタイプをシミレーションできる独自プラットフォームを構築している。

ホームページ:https://turbine.ai/

背景とテクノロジー:

・すでに、さまざまな疾患において多くの治療薬が作られ、これまでの方法では新規の創薬ターゲット分子を見つけることが困難になってきている。そこで人工知能(AI)を用いて創薬ターゲット分子の同定を試みるアプローチが増加してきている。

・今回紹介するTurbineもAIを用いてがん治療薬に特化して新規ターゲット分子同定を行っているバイオベンチャーである。独自プラットフォームSimulated Cellを持つ。これは、ある分子の発現を変化させた時の細胞の反応をシミレーションできるツールである。次のこの細胞の反応が起こっている時の遺伝子の変化を機械学習を用いて明らかにし、最も強い反応が得られる条件を見出す。その後アーティファクトを除外し、適応できる患者さん層を同定、最も確実なバイオマーカー候補の裏にあるメカニズムを明らかにする。また、可能性のある併用薬の推奨を提示する。

・Simulated Cellでは、どんな細胞株のどんな化合物(存在しない化合物も含めて)との反応もシミレーションすることができる。化合物添加前と添加後のプロテオミクス(シミレーション)から個々のたんぱく質の動態を明らかに出来る。すでに承認されている薬や、治験で失敗となった化合物の他の適応疾患や用量の可能性についてもシミレーションすることができる。相乗効果を持つ併用薬や、その化合物に反応する患者さんを層別化できる未知のバイオマーカーを同定することもできる。

・このSimulated Cellは人の手によって精選された論文報告をベースとした高解像度のバーチャルながん細胞シミレーターをベースとしている。2000以上のたんぱく質とそれらのたんぱく質間の5000以上の相互作用情報から構成され、フェノタイプとしてアポトーシスや増殖、転移能、免疫システムによる細胞死の回避などが提示される。組織特異的なデータ、適応疾患特異的なデータを抽出し組み込むことで、広範ながんに対して適応できるプラットフォームとなっている。

・大学や企業とパートナーシップを結ぶことで、特定の化合物にとって必須のたんぱく質の相互作用や結合力についての情報を入手している。

・Simulated Cellにはフェノタイプを提示するために、全ての細胞株のゲノミクス、トランスクリプトミクスなどのオミックスデータも利用している。例えば、RNA-Seqの結果から概算されたたんぱく質濃度や、たんぱく質の機能を変える遺伝子変異のデータなど。依頼企業のデータを加えたカスタマイズも行う。

・細胞の種類の違いに伴うたんぱく質濃度の変動を加味することで、in vivoにおけるがん多様性を一定程度シミレートできる。

・化合物や化合物のコンビネーションが、どのようにがん細胞の挙動に影響を与えるかを予測するために、薬、用量、細胞機能の変化、微小環境の因子などを何百万回も並び替えてシミレートしている。シミレーション実験の結果は、プロテオミクスの形で表される。たんぱく質の特徴的な発現パターンや活性化パターンによって、アポトーシスや増殖などのフェノタイプが推定される。これらによって化合物のもたらす治療効果が予測できる。

・予測に使われる独自のたんぱく質間相互作用ロジックを改善するために、実際の実験結果をSimulated Cellにフィードバックしている。

パイプライン(詳細未開示):

DNA Damage Response (DDR)プログラム

Simulated Cellプラットフォームを用いてDNA Damage Response経路をモデル化し、新たな創薬ターゲット分子を同定している。

日々体内で起こっているDNA損傷を修復するシグナル経路がDDR経路で、この異常によって細胞のがん化が起こる可能性がある。多くのがんの特長として相同組換えの失敗がある。相同組換えはDDR経路の一つであり、一つもしくは複数のDNA修復たんぱく質の遺伝子変異やエピジェネティック変化によって機能が障害されることでがん化する。これらの機能障害されたたんぱく質を修復することはできないが、他のDNA修復たんぱく質を阻害することで細胞死を誘導できる。これは合成致死(https://www.yodosha.co.jp/jikkenigaku/keyword/1694.html)と呼ばれ。、がん細胞を特異的に殺すことができる。相同組換えに異常がない細胞ではDDR阻害剤は影響がない。Turbineではがん治療薬としてDDR副経路の阻害剤の探索を進めている。

最近のニュース:

BayerのデジタルヘルスイニシアチブのプログラムであるG4AにTurbineも参画し、Bayerと直接的なコラボレーションも行っている。

コメント:

・AI創薬のアプローチではないが、合成致死を引き起こす分子をCRISPRライブラリーで探すことで新規抗がん薬の創製を行っているベンチャーにRepare Therapeuticsがある(参考)。

・特にがんは、さまざまな細胞株にさまざまな化合物を添加したオミックスデータが公開されているので、がんに特化して、ビッグデータをうまく利用してシミレーションを行っているのだろう。オミックスデータを利用してAI創薬を行っているベンチャーは多いが、その結果を細胞のフェノタイプ、in vivoの予測に用いているのが特長。

・着目したシグナル経路に関与するたんぱく質だけをピックアップして相互作用、結合力データに基づいてシミレーションしている。AI創薬とはいえ、かなり研究者の目利きが必要な感じのアプローチで、逆に言えばAI創薬だがバイアスが入りやすいアプローチではと思う。

キーワード:

・人工知能(AI)創薬

・フェノタイプ予測

・がん

・合成致死

免責事項:

正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対しても元製薬研究員ケンは責任をとれません。よろしくお願いします。

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