アルツハイマー病などの神経変性疾患を、脳のメタボリックシンドロームという視点から見た創薬を行っているバイオベンチャー
背景とテクノロジー:
・アルツハイマー病の治療薬を開発しているベンチャーの紹介の時にいつも書いていることだが、アルツハイマー病治療薬の開発失敗が続いている中、原因とされるアミロイドβ以外に着目したアプローチが注目されている。その中でも多いのが神経免疫に着目した創薬である(例:Denali Therapeutics、Alector、GliaCure、Neuralyなど)。
・神経免疫以外のアプローチとしては、シナプス機能改善に着目した創薬を行っているEIP Pharmaや、歯周病菌の出すプロテアーゼの毒性という仮説に基づく創薬を行っているCortexyme、エピジェネティクス(ヒストン脱アセチル化酵素)に着目した創薬を行っているRodin Therapeuticsなどがある。
・今回紹介するT3D Therapeuticsは、アルツハイマー病が脳のメタボリックシンドロームであるという仮説に基づいた創薬を行っている。
・脳は、全体重の2%の重さだが、酸素消費は全身の20%、糖の消費は25%を占める。しかし、アルツハイマー病患者さんの脳において、糖の代謝が下がっているという報告がある(パーキンソン病やハンチントン病においても)。また、アルツハイマー病における脂質代謝の異常についても報告がある。コレステロール代謝を司るアポリポプロテインApoE4がアルツハイマー病の遺伝的なリスクファクターであることは、よく知られている。また、アルツハイマー病の脳内においてインスリン抵抗性が生じていることが示唆されており、アルツハイマー病とII型糖尿病の類似性についても議論されている。
・これらの糖代謝異常、脂質代謝異常の結果として、脳内においてアミロイドβ沈着、タウたんぱく質の凝集、炎症、酸化ストレスなどが起き、それがまた糖代謝異常や脂質代謝異常を引き起こすというフィードバックループが神経変性を引き起こしているという仮説を提唱している。
・そしてT3D Therapeuticsのリード化合物であるT3D-959は、糖代謝異常・脂質代謝異常を正常化することで、これらのフィードバックループを止め、アルツハイマー病などの神経変性疾患を治療するというメカニズムの化合物である。
パイプライン:
・T3D-959
経口投与可能な核内受容体PPAR delta / gammaアゴニスト。1日1回投与。糖代謝・脂質代謝の異常を改善するというメカニズムの化合物。すでに行われたPhase I治験において副作用は報告されなかった。Phase IIa治験では、34人の軽度〜中度アルツハイマー病患者さんに対して4 doseシングルアームで14日間投与され、認知機能改善の傾向(可能性?)、糖代謝改善が観察されている。
開発中の適応症
・Phase IIb
アルツハイマー病
・非臨床研究段階
ハンチントン病、NASH
コメント:
・T3D-959のPhase IIa治験は、プラセボ群がない、異なる4 doseで治療効果に差がない、14日間での効果を見ている(フォローアップ試験もあるが)、という治験のため、本当にアルツハイマー病の認知機能に改善効果を示したのかははっきりしない。プラセボ効果の可能性もあり、ランダム化比較試験で見る必要がある。
・アルツハイマー病の治験はPhase IIまでは認知機能改善が見られているがPhase IIIにして人数を増やすと効果が見えなくなることが多いので、最後まで効果が見えるといいのだが。
・14日間という治験期間はアルツハイマー病の治験としては短い。糖代謝や脂質代謝への効果は短期で見えるのだろうが、認知機能改善はもっと時間がかかるのではと思う。本当に疾患修飾薬なのであれば、もっと長期で効果が見えるのでは?
キーワード:
・糖代謝異常、脂質代謝異常改善
・低分子化合物
・神経変性疾患(アルツハイマー病、ハンチントン病)
免責事項:
正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対しても元製薬研究員ケンは責任をとれません。よろしくお願いします。