top of page
検索

ArunA Bio (Athens, GA, USA) ー元製薬研究員ケンのバイオベンチャー探索(第126回)ー


血液脳関門を透過できる、神経幹細胞由来の細胞外小胞(エクソソーム)を用いて神経疾患の治療薬創製を目指すバイオベンチャー

ホームページ:https://arunabio.com/

背景とテクノロジー:

・脳への薬物送達は難しい。これは脳血管と脳実質の間に血液脳関門という、脳内に入る物質を制限するバリアーが存在しているためである。そのため、治療介入としては直接的に頭蓋骨に穴を開けて投与する以外には、分子量500以下の低分子化合物のみが治療手段である。

・一方で、最近は低分子化合物以外にも、抗体医薬品、核酸医薬品、ペプチド医薬品、細胞療法など新しいモダリティが開発されてきており、今まで治療困難だった疾患に対する治療薬が生まれてきている。しかし、抗体、核酸、ペプチド、細胞などは血液脳関門を透過することが難しく、これらのモダリティの中枢神経疾患への応用は限定されている。

・そんな中、遺伝子治療薬として、血液脳関門を透過できるアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター(AAV9など)が注目を浴びている。2019年5月、FDAは脊髄筋萎縮症の治療薬としてAAV9を用いた遺伝子治療薬onasemnogene abeparvovec-xioi(Zolgensma®)を承認した。これは脊髄筋萎縮症の原因遺伝子であるSMN1遺伝子を発現するAAV9ベクターを静脈内投与することで、中枢神経系においてSMN1の発現が高まることで治療効果を得る。

・中枢神経疾患には、治療満足度の低い疾患が多く、このように血液脳関門を透過できるモダリティは今まで治療が難しかった疾患の治療薬となる可能性があり、注目されている。一方で、AAV9ベクターには下記のようないくつかの問題点が指摘されている。

①AAV9ベクターは静脈内に大量投与しなければ脳内に到達できないため、非常に高いタイターで投与される。これが肝臓毒性を引き起こす可能性や、生殖器に感染して次世代に伝播する可能性が指摘されている。

②AAV9ベクターは血液脳関門を透過して脳へ到達できるが、脳での発現効率、感染細胞率は低い。多くの細胞に遺伝子を導入する必要がある疾患への応用は現状のベクターでは難しい。

そのため、AAVの殻であるカプシドに変異を入れることで脳へのデリバリー効率や発現効率を上げる方法などが試みられている(例:StrideBio)。

③AAVベクターの製造は培養細胞を用いて生産するため、非常にコストがかかる。

・その他に血液脳関門を透過する方法として、ArmaGenは血液脳関門を透過できるインスリン受容体抗体と酵素をつなぐことで酵素が脳内でも働くようにし、ライソゾーム病の中枢神経症状を治療することを試みている。また、脳内にたんぱく質を透過させる技術J-Brain CargoをもつJCRファーマ社(本社:兵庫県)もライソゾーム病の一つであるハンター症候群を対象としたPhase 1/2治験(JR-141)を行っている(参考)。

・今回紹介するArunA Bioは、血液脳関門を透過する方法として神経幹細胞由来の細胞外小胞(エクソソーム)を用いた方法を開発しているバイオベンチャーである。

・細胞外小胞は細胞から細胞外に放出される小胞(脂質二重膜に囲まれた袋状の構造物)で、内部にたんぱく質やmRNA、microRNA、脂質、代謝物などを内包し、細胞間情報伝達に関わっていると言われている。細胞内小胞の中でも100 nm前後のものがエクソソームと呼ばれる。

・間葉系幹細胞を用いた細胞治療では、細胞から放出される何かが治療効果の本体であるという説があり、その候補の一つとしてエクソソームの治療効果についての研究が進んでいる。また、がん細胞由来エクソソームはがん微小環境において、血管形成・炎症・上皮間葉転換などに関与しているなど、疾患との関連も報告されている。

Codiak Biosciencesはエクソソームの中に特異的にペイロード(低分子・抗体・核酸・脂質・CRISPR/Cas・ウイルスベクターなど)を入れる技術を持つ。また、表面や内部に薬物を結合させたエクソソームを分泌する細胞を作ることが出来る技術を持つ。またEvox TherapeuticsではエクソソームをDDSのためのキャリアとして用い、目的の細胞に対してタンパク質やRNA、低分子を送達させるためのエクソソーム技術を独自開発している。

・ArunA Bioが開発しているエクソソームArunAは神経幹細胞由来エクソソームで、動物実験において以下のことが示されている。

①炎症を抑制、神経機能を増強する

②血液脳関門を非侵襲的に透過し、損傷部位を修復する

③副作用なしに複数回静脈内投与可能

④運動機能、行動を改善する

⑤損傷24時間以内の脳内出血を大幅に抑制

・上記は神経幹細胞から抽出したそのままのエクソソームを用いた結果だが、このエクソソームをDDSの担体として用いる治療法も開発している。ArunA BioのエクソソームArunAは以下の特長を持つ。

①ナノサイズである

②血液脳関門を透過できる

③拒絶反応がない

④繰り返し投与(複数回投与)が可能

⑤FDAによって生物製剤にカテゴライズされている

・たんぱく質、脂質、DNA、RNAを搭載し運搬するポテンシャルを持つ。

パイプライン:未開示

コメント:

・脳梗塞モデルマウスおいて、神経幹細胞由来エクソソームは間葉系幹細胞由来エクソソームよりも治療効果を持つとの実験結果をArunA Bioのグループが報告している(詳細)。非常に興味深いが脳梗塞モデルマウスでは回復効果が見られたが、臨床では見られないケースは低分子化合物で多く見られている。どの程度の臨床効果が見られるのかが注目される。

・神経幹細胞由来エクソソームが血液脳関門を透過できるという報告を調べてみたが、それほど多くない。調査不足かもしれないが、果たしてどれほど脳への指向性があるのだろうか?ご存じの方がいらっしゃったら教えて下さい!

・ArunA Bioは多能性幹細胞から分化させた神経細胞を研究用用途で提供する業務を12年前から行っているため、エクソソーム製造のための独自の神経幹細胞株(?)を保有しており、安定したエクソソーム製造ができるとのこと。治療効果のメカニズムがはっきりしていない可能性が高いので、どのように製造の品質保証をするのかが知りたいところ。

キーワード:

・エクソソーム(神経幹細胞由来)

・血液脳関門透過

・中枢神経疾患

・DDS

免責事項:

正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対しても元製薬研究員ケンは責任をとれません。よろしくお願いします。

最新記事

すべて表示

Surface Oncology (Cambridge, MA, USA) ー元製薬研究員ケンのバイオベンチャー探索(第144回)ー

がん微小環境において免疫を抑制している免疫細胞やサイトカインに着目し、抗体医薬品によってがん免疫の抑制阻害する治療薬の創製を目指すバイオベンチャー。パイプラインに多くの候補品を持つ。 ホームページ:https://www.surfaceoncology.com/ 背景とテクノロジー: ・患者さん自身の免疫機能を調節することでがんを治療するがん免疫の領域にはさまざまなアプローチによる新たな治療法が開

Arkuda Therapeutics (Cambridge, MA, USA) ー元製薬研究員ケンのバイオベンチャー探索(第143回)ー

ライソゾーム機能の低下と神経変性疾患の関係に着目した創薬を行っているバイオベンチャー ホームページ:https://www.arkudatx.com/ 背景とテクノロジー: ・ライソゾームに局在する酵素の欠失によって起こる病気として遺伝子変異疾患であるライソゾーム病が知られているが、最近の研究により神経変性疾患の一部においてもライソゾームの機能異常が原因である可能性が報告されてきている。ライソゾー

Audentes Therapeutics (San Francisco, CA, USA) ー元製薬研究員ケンのバイオベンチャー探索(第142回)ー

希少疾患に対してアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを用いた遺伝子治療薬の開発を行っているバイオベンチャー。現在課題となっているAAVの大量製造およびヒトへの高濃度投与に関して先行している。2019年12月アステラス製薬による買収が発表された。 ホームページ:https://www.audentestx.com/ 背景とテクノロジー: ・遺伝子治療のベクターとしてアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクタ

bottom of page