CRISPR-Casを用いた体内でのゲノム編集の世界初臨床試験をスタートさせたバイオベンチャー
背景とテクノロジー:
・非臨床の実験において、これまで非常に効率が低いリコンビナーゼ(組換え酵素)を用いた遺伝子ターゲティング法が使われてきたが、その応用はノックアウトマウス作製などに限定されていた。それは組換え効率が著しく引く(0.00001%-0.001%)、また使える動物種が限られるためだった。
・ところが、ヌクレアーゼを用いたゲノム編集技術が開発され、その編集効率の高さにより一気に注目を浴びた。最初に、ジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN、1996年)やTALEN(2010年)という制限酵素Fok IとDNA配列認識技術を組み合わせた方法が開発されたが、標的配列を認識させる方法のデザイン・構築に難があるという欠点があった(Sangamo TherapeuticsはZFNの臨床開発を行っている)。
・そこでこれらの方法が改良されたCRISPR-Casという技術が2012年に開発された。これはDNA配列の認識にガイドRNAという20塩基の相同配列を持つ一本鎖RNAをデザインし、DNAを切断する酵素(ヌクレアーゼ)であるCasと組み合わせることで、目的のゲノム領域を自由に変えることができ、しかも効率が非常に高いという特長を持つ。
・これまでのリコンビナーゼを用いた遺伝子ターゲティング法では、ヒトの体内の細胞一つ一つのゲノムを書き換えようと思っても、効率が低すぎて効果を得ることが難しかった。それに対してCRISPR-Casは、非常に高いゲノム編集効率(数%)を持つため、体内にガイドRNAとCasを導入することで、体内の多くの標的細胞のゲノムを直接的に書き換えることができる可能性を秘めている。
・そこで遺伝子変異疾患の治療に対してCRISPR-Cas技術が応用できないか、開発が始まっている。今のところ多くのアプローチは、培養した細胞にCRISPR-Casでゲノム編集を行い、ゲノム編集された細胞をヒトに投与するという方法である。これは、ゲノム編集を体外で行うため、そのコントロールが容易であり、正確にゲノム編集されたかをヒトに投与する前に確認することもできる。
・一方で、体内の細胞のゲノムを書き換えなければ治療できない疾患では、体内でゲノム編集を行う必要があるが、これについてはガイドRNAとCasを導入しなければいけないことから、その技術的な困難さ、そしてゲノム編集のオフターゲット効果(目的でないDNA配列を編集してしまうこと)の懸念から、その開発は二の足を踏む向きもあった。
・Editas Medicineはブロード研究所のDr. Feng ZhangなどCRISPR-Cas技術の開発者らが設立したベンチャーであり、この技術に関する専門的知識に長けているため、いち早くヒト体内でのCRISPR-Cas技術応用をスタートさせている。そのパイプラインは下記の”パイプライン”の項参照。
・CRISPR-Casによるゲノム編集には、NHEJとHDRという2種類の方法がある。NHEJは、標的のDNA配列をCasというヌクレアーゼでゲノムDNAを切断することで、(体内に備わっているDNA修復機構による)修復時にミスが起こり、1〜数塩基の挿入や欠失を起こさせる方法であり、遺伝子の発現を抑制するために用いられる。一方HDRは標的のDNA配列内に任意の遺伝子配列を挿入する方法であり、遺伝子を修復したり、新たな遺伝子を挿入するために用いられる。
パイプライン:
・AGN-151587(EDIT-101)
レーバー先天黒内障10型の原因遺伝子であるCentrosomal Protein 290(CEP290)のイントロン29にある変異をCRISPR-Cas9を用いて修復する(NHEJ、小欠失)、アデノ随伴ウイルス(AAV)5ベクターを用いた遺伝子治療法。gRNA-323とgRNA-64の2つのガイドRNAがU6プロモーター下で、saCas9がrhodopsin kinaseプロモーター(視細胞特異的プロモーター)下で発現する。網膜下への直接1回投与。Allerganとの共同開発。
開発中の適応症
・Phase I/II
レーバー先天黒内障10型(LCA10)
・遺伝性、または感染性の眼疾患
詳細不明。CRISPR-Casを用いたゲノム編集法(NHEJ)。デリバリーはAAVベクターの眼内直接投与。
開発中の適応症
・非臨床研究段階
アッシャー症候群2a型、単純ヘルペスウイルス−1による角膜ヘルペス
・T細胞の遺伝子編集
詳細不明。体内でT細胞が持続的に活性化続けるための遺伝子編集(NHEJ)。体外でのゲノム編集(ex vivo)。Juno Therapeutics(2018年にCelgeneに買収、そのCelgeneは2019年BMSに買収された)との共同研究。
開発中の適応症
・非臨床研究段階
がん
・非悪性の血液疾患
詳細不明。体外での造血幹細胞へのCRISPR-Cas9による治療法(ex vivo)。NHEJとHDRを用いる。
開発中の適応症
・非臨床研究段階
βサラセミア、鎌状赤血球症
・筋肉の遺伝子疾患
詳細不明。体内に脂質ナノ粒子もしくはAAVベクターを用いてCRISPR-Cas9を導入し、NHEJにより遺伝子発現を正常化する。
開発中の適応症
・非臨床研究段階
デュシェンヌ型筋ジストロフィー症
・肺の遺伝子疾患
詳細不明。体内に脂質ナノ粒子もしくはAAVベクターを用いてCRISPR-Cas9を導入し、cystic fibrosis transmembrane conductance regulator protein (CFTR)遺伝子をNHEJもしくはHDRにより遺伝子発現を正常化する。Cystic Fibrosis Foundation Therapeuticsとの共同研究。
開発中の適応症
・非臨床研究段階
嚢胞性線維症
・肝臓の遺伝子疾患や感染症
詳細不明。体内に脂質ナノ粒子もしくはAAVベクターを用いてCRISPR-Cas9を導入し、α1-アンチトリプシン遺伝子をNHEJもしくはHDRにより遺伝子発現を正常化する。
開発中の適応症
・非臨床研究段階
最近のニュース:
BlueRockは自身の持つiPS細胞の技術を、Editas Medicineは自身の持つCRISPR技術を持ち寄り、BlueRockは神経、循環器分野、Editas Medicineはがん領域の研究を共同で行う契約
Editas Medicineが、Adverum Biotechnologiesの持つ眼疾患へのAAVベクター技術を使用する契約
コメント:
・CRISPR-Cas9によるゲノム編集を、ガイドRNAとCas9たんぱく質を体内に入れて行う臨床試験はEDIT-101が世界初である。CRISPR-Cas9には、オフターゲット効果により意図しない遺伝子を編集してしまう可能性や、Cas9たんぱく質が微生物由来であるために体内で発現させると免疫で除去されてしまう可能性が指摘されている。臨床試験の結果がどうなるのか注目される。
・最近FDAにより承認された、AAVベクターによる遺伝子治療Luxtarna(Spark Therapeutics(2019年Rocheにより買収)創製)がAAVベクターを最初に試したのも眼疾患で、iPS細胞から分化させた細胞の初の臨床研究も眼疾患から始まった(理研・高橋政代先生)。そして今回のEditas Medicineの世界初のヒト体内CRISPR-Cas9も眼疾患からスタートさせている。目は免疫特権部位であるために拒絶反応の懸念が低い、異常が起こるかどうかをモニターしやすい(OCTなどで観察可能なため)、異常が起こっても対処がしやすいことなどが理由にあるだろう。
キーワード:
・ゲノム編集(CRISPR-Cas)
・眼疾患
・遺伝性疾患
免責事項:
正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対しても元製薬研究員ケンは責任をとれません。よろしくお願いします。