遺伝子疾患で変異している遺伝子の発現を特異的にON/OFFするメカニズムを見つけ出し、制御する低分子化合物を見出す独自プラットフォームを持つバイオベンチャー
ホームページ:http://www.fulcrumtx.com/
背景とテクノロジー:
・遺伝子変異を持つ希少疾患は、これまでの低分子創薬では治療が難しい疾患だった。しかし、Sarepta Therapeuticsによるデュシェンヌ型筋ジストロフィーに対する核酸医薬品EXONDYS 51や、AveXis(2018年にNovartisが買収)による脊髄筋萎縮症に対する遺伝子治療薬AVXS-101などの新しいモダリティによるアプローチによる治療法が出てきた。
・一方でこれらの新しいモダリティによる治療薬は非常に治療費が高いことが問題となる可能性が高い。例えば先述のAVXS-101は上市後の価格が400万ドル(4億円以上)を超える見通しが示されている(参考)。Biogen/Ionis Pharmaceuticalsによる脊髄筋萎縮症治療薬SPINRAZAは数週〜数カ月に1回投与する必要があり、治療費は1年間で5000万円を超える(参考)。
・そこでこれらの治療を価格を抑えられる低分子化合物で代替できないかどうか検討されている。例えば、先述のSPINRAZAについては同様のメカニズムを持つ低分子化合物が開発中である(RisdiplamーRocheが開発中(参考)、BranaplamーNovartisが開発中(参考)。Risdiplamは中間解析において有効な結果が出ているとのこと(参考))。
・Fulcrum Therapeuticsは、創業者の一人であるマサチューセッツ大学のMichael R. Greenらが見出した、遺伝子のON/OFFを制御する分子を探索するプラットフォームを用いて、単一遺伝子変異を伴う希少疾患を治療できる低分子化合物を開発しているバイオベンチャーである。
・詳細は公表されていないが、患者さん由来iPS細胞で起きている遺伝子発現変化を正常に戻す遺伝子をCRISPR/Casライブラリーを用いて見出すことで、疾患遺伝子に関わる遺伝子発現メカニズムを明らかにし、低分子化合物の標的分子を見つける方法を開発しているようだ。
パイプライン:
FSHDは徐々に進行する筋肉疾患で、およそ2万人に1人が罹患している。第 4 染色体テロメア近傍に存在する 3.3 kb のリピート配列が短縮することが病態と深くかかわっている。これまでの研究からこのリピート配列の短縮によりDUX4という遺伝子の発現が上昇することが示されている。DUX4は筋肉細胞に対して毒性を持ち、発現が上昇すると筋肉細胞の細胞死を誘導する。
FulcrumはDUX4の発現を抑制する生化学的メカニズムを見出し、それに作用する低分子化合物を取得した。
開発中の適応症
・IND申請試験段階(2019年初期IND申請予定)
顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー
DMDは男児5000人に1人が罹患する遺伝子変異を原因とする筋肉疾患である。ジストロフィン遺伝子の変異によって発症するが、ジストロフィンの機能にはutrophinの発現が関係していることが明らかとなっている。Fulcrumではutrophinの発現を上昇させる低分子化合物を開発している。
開発中の適応症
・非臨床研究段階
デュシェンヌ型筋ジストロフィー
FXSは男児4000人に1人が罹患する遺伝子変異を原因とする神経疾患である。原因はFMR1遺伝子内の3塩基(CGG)繰り返し配列が延長していることによる(健常人は繰り返しが50回以下だが、患者さんではそれ以上)。これにより配列異常のない別のとある遺伝子の発現が抑制され、FMRPたんぱく質(FMR1遺伝子がコードするたんぱく質)が作れなくなることにより神経機能が異常をきたす。
FulcrumではFMR1遺伝子の発現抑制を解除する低分子化合物を開発している。
開発中の適応症
・非臨床研究段階
脆弱X症候群
・α-シヌクレイン/パーキンソン病
α-シヌクレインは不溶性凝集体であるレビー小体の主成分であり、レビー小体はパーキンソン病、レビー小体型認知症、多系統萎縮症の原因と考えられている。
Fulcrumではα-シヌクレインの発現を抑制する、血液脳関門を透過できる低分子化合物を開発している。
開発中の適応症
・非臨床研究段階
シヌクレイン病(α-シヌクレインの発現と関連する神経変性疾患の概念)
SCDはβグロビン遺伝子の変異によって発症する。成人においては、βグロビンはαグロビンと結合してヘモグロビンを形成する。変異したβグロビンが形成するヘモグロビンは酸素との親和性が正常と異なる。γグロビンは胎児期においてβグロビンの代わりとして働いている。
Fulcrumはγグロビンの発現を上昇させる低分子化合物を開発している。γグロビンが発現するとβグロビンに代わってαグロビンと結合し、ヘモグロビン(通常では、胎児ヘモグロビン)を形成する。
開発中の適応症
・非臨床研究段階
鎌状赤血球症
コメント:
・遺伝子発現を上昇させる低分子化合物を取得する方法としては、標的遺伝子のプロモーター下でChAT(コリンアセチルトランスフェラーゼ)を発現させる細胞を作り、化合物ライブラリーを用いてHTSを行う古典的方法があるが、化合物が作用するターゲット分子が不明であり、関係のない遺伝子発現も変えてしまう可能性が高く、毒性がでやすい。Fulcrumの方法は正確に標的遺伝子の発現を制御する経路を見出すことで、この可能性を排除している。
・CRISPRスクリーニングライブラリーなどを持つ試薬メーカーと共同研究契約をしていることからも、これらのライブラリーと幹細胞技術を組み合わせて遺伝子発現を制御している新規遺伝子を探索してターゲット分子同定を行っていると考えられる(参考)。
キーワード:
・遺伝子発現制御
・低分子化合物
・筋肉疾患
・神経疾患
・血液疾患
免責事項:
正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対しても元製薬研究員ケンは責任をとれません。よろしくお願いします。