ヒトゲノム配列内に存在するヒト内在性レトロウイルス(レトロウイルスのエンベロープたんぱく質)の発現が自己免疫疾患を引き起こすという仮説に基づき、このたんぱく質に対する抗体医薬品を用いて、多発性硬化症などの治療薬の開発を行っているバイオベンチャー
ホームページ:http://www.geneuro.com/
背景とテクノロジー:
・ヒトのゲノム内にはレトロウイルス由来と思われるDNA配列がゲノム全体の8%を占めることが報告されている。これはヒト内在性レトロウイルスと呼ばれ、そのほとんどは機能を持っていないと考えられている。
・最近になって、この内在性レトロウイルスのうち、一部の配列が何らかの環境因子の曝露(詳細は不明)によってたんぱく質発現がONになる可能性が示唆されてきている。それがレトロウイルスのエンベロープたんぱく質をコードする遺伝子であるHERV-WとHERV-Kである(HERVはhuman endogenous retroviruses(ヒト内在性レトロウイルス)の略)。
・multiple sclerosis associated retrovirus (MSRV)は1990年代に多発性硬化症患者さん由来の細胞を培養した培養上清から同定された、HERV-Wファミリーに属するヒト内在性レトロウイルスである。MSRV配列は健常人のゲノムDNA中にも存在するが発現していない。しかしヘルペスウイルスの感染などによって再活性化されて、コードしているエンベロープたんぱく質を発現するようになると考えられている。
・発現したMSRVは免疫反応を惹起することで自己免疫疾患発症のトリガーになる可能性が示唆されており、曝露される環境因子によって異なるが、多発性硬化症、I型糖尿病、慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー、統合失調症などの発症に関連している可能性が報告されている。
パイプライン:
・GNbAC1
MSRVを認識するモノクローナル中和抗体。静脈内投与。
開発中の適応症
・Phase IIb
多発性硬化症(再発寛解型、二次進行型)
・Phase IIa
I型糖尿病
・他のHERV-Wファミリーへの抗体
開発中の適応症
・前臨床試験段階
炎症性精神障害
・HERV-Kファミリーへの抗体
開発中の適応症
・前臨床試験段階
筋萎縮性即索硬化症(ALS)
最近のニュース:
Servierは戦略的理由により、多発性硬化症を適応としたGNbAC1のグローバル開発権の権利をGeNeuroに返すことを決定
コメント:
・多発性硬化症は自己免疫疾患の一つとして考えられ、免疫抑制効果を持つフィンゴリモドなどが治療薬となっていることからも、何かの内在性分子に対する自己抗体が原因となっている可能性は十分ある。同様にI型糖尿病もインスリンを分泌するβ細胞に対する自己免疫疾患と考えられている。
・GNbAC1はPhase IIbのMRI試験において大脳皮質や視床の萎縮を抑制する効果が認められたとGeNeuroは発表した。しかし、試験は失敗との報道がされている(参考1、参考2)。このPhase IIb試験の後、共同開発していたServierがライセンスのオプション契約を返上する決定をしている(上記、最近のニュース参照)。この治験では270人の患者さんに対して12ヶ月のスタディをしているので、多発性硬化症の臨床症状を改善できるかどうか分かっている可能性は高いと思うがどうなのだろうか。
・HERVの発現を抑制することを目的とした抗ウイルス薬ラルテグラビルの多発性硬化症の臨床試験が行われたが(https://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT01767701)、結果はネガティブだった(参考)。
キーワード:
・ヒト内在性レトロウイルス(HERV)
・自己免疫疾患
・神経疾患
・抗体医薬品
免責事項:
正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対しても元製薬研究員ケンは責任をとれません。よろしくお願いします。