2018年4月にGSKの遺伝子治療事業を引き継ぎ、上市済み1品、臨床開発中の製品も複数持つ、遺伝子治療をリードするバイオベンチャー
ホームページ:https://www.orchard-tx.com/
背景とテクノロジー:
・Novartisが9300億円で買収したAvexisの脊髄性筋萎縮性の遺伝子治療AVXS-101や、Spark Therapeuticsの遺伝性網膜ジストロフィーの遺伝子治療Luxturnaなど、米国を中心に遺伝子治療の開発が進んでいる。
・それらは従来のモダリティではほぼ治療不可能だった遺伝性疾患に対して一定以上の治療効果をもたらすことが示されており、過去に問題となった安全性のハードルも乗り越えていることから注目を浴びている。
・GSKの元幹部らが立ち上げたイギリスのOrchard Therapeuticsは、患者さん自身の骨髄から採取した造血幹細胞に対し、体外でウイルスベクターを用いて遺伝子を導入し、増殖させた後患者さんの体内に戻すというCAR-T療法と類似のアプローチでの遺伝子治療の開発を行っているベンチャーである。
・遺伝子変異によって機能を欠失している遺伝子を、造血幹細胞で発現させ体内循環させることで、造血幹細胞の異常による疾患だけでなく、中枢神経系の疾患までも治療しようと試みている。これは血中に投与された造血幹細胞の一部が脳内に移行することができる性質を利用した方法である(参考)。
パイプライン:
・Strimvelis (GSK2696273)
GSKが臨床開発し、すでに上市済み。アデノシン・デアミナーゼが欠損することでデオキシアデノシンがリン酸化されたdAXPが蓄積し、特に免疫細胞に細胞毒性を示すことで免疫不全を引き起こす病気である、アデノシン・デアミナーゼ欠損による重症免疫不全症(ADA−SCID)への治療薬。患者さんの骨髄から採取した造血幹細胞に対して、γレトロウイルスベクターを用いてアデノシン・デアミナーゼ遺伝子を導入し、増殖後、患者さんに投与することで免疫細胞へのdAXP毒性を軽減する。
開発済みの適応症
・上市(Phase IV)
・OTL-101
上記Strimvelisと同様に、患者さん自身の骨髄より採取した造血幹細胞に対してレンチウイルスベクターを用いてアデノシン・デアミナーゼ遺伝子を導入し、増殖後、患者さんに投与することで免疫細胞へのdAXP毒性を軽減する。Strimvelisとの違いはレトロウイルスベクター(Strimvelis)を使うかレンチウイルスベクター(OTL-101)かという点(参考)と、製剤化過程の開発によりOTL-101は凍結保存が可能となっている点。
開発中の適応症
・Phase I/II
・OTL-102
X連鎖性慢性肉芽腫症という遺伝子疾患に対する遺伝子治療。X連鎖性慢性肉芽腫症は活性酸素を作るための必要なNADPHオキシダーゼが働かないために発症する原発性免疫不全症。患者さん自身の骨髄より採取した造血幹細胞に対してレンチウイルスベクターを用いてシトクロムb-245β鎖遺伝子を導入し、増殖後、患者さんに投与する。これによりNADPHオキシダーゼを形成できるようになり免疫不全症状が改善することが期待される。
開発中の適応症
・Phase I/II
・OTL-103
ウィスコット・アルドリッチ症候群という遺伝子疾患に対する遺伝子治療。ウィスコット・アルドリッチ症候群はWASP遺伝子の変異により起こる血小板減少、湿疹、易感染性を主症状とするX染色体劣性原発性免疫不全症。患者さん自身の骨髄より採取した造血幹細胞に対し、レンチウイルスベクターを用いてWASP遺伝子を導入し、増殖後、患者さんに投与する。これにより免疫不全症状が改善することが期待される。
開発中の適応症
・Phase I/II
ウィスコット・アルドリッチ症候群
・OTL-200(GSK2696274)
異染性白質ジストロフィーという遺伝子疾患に対する遺伝子治療。異染性白質ジストロフィーはアリルスルファターゼA遺伝子の変異によってアリルスルファターゼの機能欠損が起こり、脳白質、末梢神経、腎臓などにスルファチドが蓄積し、中枢および末梢神経障害を引き起こす疾患。患者さん自身の骨髄より採取した造血幹細胞に対し、レンチウイルスベクターを用いてアリルスルファターゼA遺伝子を導入し、増殖後、患者さんに投与する。造血幹細胞の一部が脳内に移行し蓄積したスルファチドを分解することで症状が改善することが期待される。
開発中の適応症
・Phase III
https://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT03392987
・OTL-201
ムコ多糖症IIIA型(サンフィリッポ症候群A型)という遺伝子疾患に対する遺伝子治療。ムコ多糖症IIIA型はヘパラン N-スルファターゼの変異によって、ライソゾームにおけるヘパラン硫酸の分解ができなくなり蓄積することで、精神運動発達遅滞、行動異常(睡眠障害、多動、粗暴)、難聴、痙攣、退行など神経症状を主体とする症状の疾患。患者さん自身の骨髄より採取した造血幹細胞に対し、レンチウイルスベクターを用いてヘパラン N-スルファターゼ遺伝子を導入し、増殖後、患者さんに投与する。造血幹細胞の一部が脳内に移行し蓄積したヘパラン硫酸を分解することで症状が改善することが期待される。
開発中の適応症
・IND申請可能段階
・OTL-202
ムコ多糖症IIIB型(サンフィリッポ症候群B型)という遺伝子疾患に対する遺伝子治療。ムコ多糖症IIIB型はα-N-アセチルグルコサミニダーゼの変異によって、ライソゾームにおけるヘパラン硫酸の分解ができなくなり蓄積することで、精神運動発達遅滞、行動異常(睡眠障害、多動、粗暴)、難聴、痙攣、退行など神経症状を主体とする症状の疾患。患者さん自身の骨髄より採取した造血幹細胞に対し、レンチウイルスベクターを用いてα-N-アセチルグルコサミニダーゼ遺伝子を導入し、増殖後、患者さんに投与する。造血幹細胞の一部が脳内に移行し蓄積したヘパラン硫酸を分解することで症状が改善することが期待される。
開発中の適応症
・IND申請可能段階
・OTL-300
βサラセミアという遺伝子疾患に対する遺伝子治療。βサラセミアは、βグロビン遺伝子の変異によって、溶血性貧血等を引き起こす疾患。患者さん自身の骨髄より採取した造血幹細胞に対し、レンチウイルスベクターを用いてβグロビン遺伝子を導入し、増殖後、患者さんに投与する。これにより貧血症状が改善することが期待される。
開発中の適応症
・Phase I/II
最近のニュース:
GSKは自社の遺伝子治療部門をOrchard Therapeuticsに譲渡する契約を締結
コメント:
・OTL-200, 201, 202は、静脈内投与された造血幹細胞の一部が血液脳関門を通過して脳に移行しミクログリアになるという現象を利用している。投与された細胞のうちの何パーセントが移行できるのか効率が気になるところだが、少なくともOTL-200の臨床結果を見る限りは十分な効力を持っているようだ。
・OTL-101, 102, 103, 300については通常、他家造血幹細胞移植が行われるのだが、HLAマッチングが難しいため、自家移植できるのはメリット。OTL-300はbluebird bioなど他社でも同様の開発が行われており、差別化が必要かもしれない。
・遺伝子治療には、ウイルスを直接体内に投与するin vivo法と、細胞を取り出してその細胞にウイルスを投与するex vivo法があるが、Orchard Therapeuticsは後者の遺伝子治療を行っている。この方法は、投与する細胞が目的臓器に到達しないといけないため適応疾患が限られてしまうが、ウイルスを直接投与するin vivo法に比べればリスクは少ない(CAR-T療法と同じアプローチ)。体外で投与されたウイルスは培養で継代を繰り返すことでウイルス非存在となるため、法規制上の利点も大きい。
・やはり最大のネックは価格だろう。すでに上市されているStrimvelisは66万5000ドルと言われている(効果がなかった場合の返金保証あり)。
・GSKが遺伝子治療部門をOrchard Therapeuticsに売却したのは、投資家から「遺伝子治療は会社に利益をもたらすのか?」と言われたことが理由の一つと報道されている。価格が高いこと以上に1回の治療で完治することでビジネス上のうまみがないという点が大きかった模様。
キーワード:
・遺伝子治療
・造血幹細胞移植
・レンチウイルスベクター
・免疫不全症
・ライソゾーム病
免責事項:
正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対しても元製薬研究員ケンは責任をとれません。よろしくお願いします。