今日は疾患を実験で再現することの難しさについて考えてみたいと思います。私たち非臨床研究者は、ヒトで起こっている疾患を何らかの形で再現する実験系を組み立てて研究してます。実験に使うのは、培養細胞だったり、実験動物だったりする訳ですが、こういうのを「疾患モデル」と呼びます。
このモデル化が難しい。
まず種差の問題があります。培養細胞だったらヒト細胞が使えることがありますが、実験動物として通常用いられるのはマウスやラット。特殊な例でもサル。見た目でも明らかなようにヒトと違います。
そして周辺環境の差の問題。培養細胞はシャーレの培地の中に単一細胞として増殖してて、実際の状況は臓器の中で異なるいろんな種類の細胞とコミュニケーションを取りながら働いていて、全然状況は違います。大人の臓器では増殖してないことも多い。
他にもいろいろ実験と実際の疾患の間にはギャップがあります。そのギャップを埋めるために新しい疾患モデルが開発されたり、既存の疾患モデルが改良されたりするのですが、当たり前ですが、そのギャップがなくなることはありません。iPS細胞は数々の問題点を解決する素晴らしい技術だと思いますが、それでもやはりギャップは存在します。モデル化しないと創薬は難しいので、
疾患モデルは疾患の一部のみを表現している
ということを理解した上で使わざるを得ません。これが時に創薬を難しくさせます。
例えば、アルツハイマー病の疾患モデルマウス。家族性アルツハイマー病ではアミロイドβの前駆体であるAPPやAPPからアミロイドβを作る酵素(βセクレターゼ、γセクレターゼ)に遺伝子変異が見られます。そこで、これらの遺伝子変異と同じ遺伝子変異を持つマウスが作られ、アルツハイマー病モデルマウスと呼ばれています。
βセクレターゼやγセクレターゼを阻害する(調整する)化合物を開発した際、このモデルマウスで効果があるかどうか確認され、これらの化合物はモデルマウスで起こる認知機能低下を改善させる効果がありました。にも関わらず、
実際の臨床試験では効果なし
となってしまったのです。これはどういうことなのか?はっきりしたことは不明ですが、結局は疾患モデルはあくまでモデルであり、使い方次第では違った結果を産んでしまうということだと思います。
アルツハイマー病の疾患モデルの場合、家族性アルツハイマー病の遺伝子変異と同じ遺伝子変異を持つ疾患モデルマウスだったのでしたが、臨床試験で投与された患者さんは家族性アルツハイマー病ではなく、普通のアルツハイマー病(孤発性と呼ばれます)だったからでしょうか?
それとも疾患モデルとして、遺伝子変異を施しやすい動物であるマウスを使ったけと、マウスとヒトの脳は違うからでしょうか?
他にも疾患モデルと実際の臨床が違った理由については、いろいろな可能性が言われています。その中から解決策が見つかり、アルツハイマー病の治療薬が作られればと思います。
アルツハイマー病を例に見てきたように、疾患モデルはあくまでモデルです。その使い方次第では間違った結論を生み出します。気をつけて使っていかなければいけませんね。
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