薬を作る仕事をしている人なら誰しも憧れる
治療薬がない疾患の薬を作る
こと。もちろん簡単なことじゃないです。でも憧れます。最近FDA(アメリカの新薬承認機関)からスピード承認を受けて話題になった
SPINRAZA(一般名ヌシネルセン)
も今まで治療薬がなかった脊髄性筋萎縮症(指定難病の一つ)の薬です。今回はこの薬の紹介をしたいと思います。生物学の知識が必要ですが、もし難しかったら最後のまとめまで飛ばして下さい。
脊髄性筋萎縮症はSMN(survival motor neuron)1という遺伝子の変異によって起こる遺伝性疾患です。そして、罹患率は2万人に1人と言われているそうです。遺伝子変異による疾患は薬を作るのが難しいケースが多いです。今の技術では薬で遺伝子の変異を元に戻すことはできないし(CRISPR/Cas9が救世主になる可能性あり?)、ウイルスベクターを使う方法は動物実験レベルではすごくいい方法だけど、ヒトではいろいろリスクが懸念されていて、技術的にはもうちょっと時間がかかりそう。
でもこの脊髄性筋萎縮症のケースでは、そんなアプローチとは違う方法がとれた珍しいケースです。
ちょっとここから説明が難しくなります(読み飛ばしても大丈夫)。SMN1にはファミリー分子のSMN2という同じような機能を持つ遺伝子が存在していて、でも通常はSMN2の遺伝子は発現量が低く抑えられています。そこで、SMN2の遺伝子発現量を上げるために、考えられた方法が、最近ディシェンヌ型筋ジストロフィーの治療薬でも使われた戦略
スプライス スイッチング
という方法です。通常読み飛ばされていたエクソンを読み込む、もしくは読み込まれていたエクソンを読み飛ばすスプライスバリアントを作ることで治療する戦略です。脊髄性筋萎縮症の場合は、SMN2のエクソン7が読まれないとSMN2自身の発現が下がってしまうため、エクソン7を読みこませるために、そのエクソンをスキップさせる配列をブロックするアンチセンスオリゴヌクレオチド(要は目的配列にくっつくDNA断片)を作用させ、SMN2の発現量を上げ、SMN1の代わりをしてくれることで症状が40%も改善したそうです。(メカニズムの詳細はこのページのFig.4下の図参照)
要は短いDNAを投与する(髄空内投与だそうです)ことで遺伝子の発現をコントロールして治療する戦略です。脊髄性筋萎縮症の場合はSMN2という変異してしまっている遺伝子SMN1とそっくりな遺伝子が存在していたことが分かったために独創的な治療戦略が取れました。つまり今回は特殊なケースでうまくいった訳ですが、こういう感じで可能性が広がってきているのは素晴らしいですね。
ちょっと内容が難しくなってしまいましたが、まとめますと、このSPINRAZAの革新的な部分は
・スプライス スイッチングという創薬戦略
・比較的新しいタイプである核酸医薬品
・今まで治療が難しかった先天性遺伝子変異疾患の治療薬
・中枢神経疾患なのに末梢投与(髄空投与)で治療できた
とかだなって思います。自分もこういう患者さんの希望となる薬を作りたいなと思いました。
参考になれば幸いです。今回はちょっと難しい内容だったかもしれませんね。失礼しました。ご質問ご意見はお気軽に下記のコメント欄もしくはkenyoshida36@gmail.comまで。