標的たんぱく質安定化薬という、①標的たんぱく質認識リガンド部位②リンカー部位③脱ユビキチン化酵素(DUB)認識部位をつないだ低分子化合物技術を開発中で、希少疾患治療薬創製を目指すバイオベンチャー
ホームページ:https://www.stablix.com/
背景とテクノロジー:
・標的たんぱく質を特異的にユビキチン化し分解誘導する、PROTAC(Proteolysis targeting chimera)を始めとする標的たんぱく質分解誘導技術は、新たな低分子創薬技術として国内外の数多くの製薬会社、バイオベンチャーが取り組んでいる。従来は治療不可能と考えられていた病気を治療する方法として注目されている。その中でもPROTACの発見者の一人であるYale大学のProf. Craig Crewsらが創業したArvinasが先行している。ArvinasのリードプロダクトであるBavdegalutamide (ARV-110)は、アンドロゲン受容体を分解誘導する前立腺がん治療薬候補で、現在Phase IIが進行中である。
・標的たんぱく質分解誘導薬を開発しているバイオベンチャーとしては、Arvinas以外にもKymera Therapeutics、C4 Therapeutics、Nurix Therapeutics、Cullgenなどがある。
・今回紹介するStablixは、この標的たんぱく質分解誘導薬と逆のアプローチで、標的たんぱく質安定化薬技術の臨床応用を目指しているバイオベンチャーである。標的たんぱく質分解誘導薬は、 ①標的たんぱく質リガンド部位②リンカー部位③E3ユビキチンリガーゼ結合部位の③つのパーツがつながったヘテロ2機能性低分子だが、標的たんぱく質安定化薬とは、この③の部分を脱ユビキチン化酵素(デユビキチナーゼ(DUB))結合部位にすることによって、標的たんぱく質を脱ユビキチン化し、プロテアソームでの分解を防ぐというコンセプトの低分子化合物である。
・ゲノム上に存在する約100種類のDUBは、体内の約10万個のタンパク質を制御しており、Stablixの技術の1つは、DUBがたんぱく質と正しく適合するかどうかを素早く見極める能力である。
・Stablixは、単一の遺伝子変異によって引き起こされる希少疾患、E3リガーゼが増幅して腫瘍と闘うたんぱく質に分解用のタグを付けるようになったがん、そして免疫学という3つの治療分野に向けて標的たんぱく質安定化薬の開発を計画している。
・Stablixは、コロンビア大学のProf. Henry Colecraftの研究室の成果を基に創業された。Prof. Colecraftらは、変異したたんぱく質からユビキチンタグが除去された後も存在し続けるだけでなく、その機能さえも維持されることを2020年Nature Methodsに報告している。これはナノボディ融合たんぱく質を用いた、標的たんぱく質安定化技術だが、StablixではDUBに対して結合できる低分子化合物取得を試みており、低分子化合物での創薬を目指している。
・2020年Nature MethodsにProf. Colecraftらが報告した内容は以下の通り。
・イオンチャネルの遺伝的変異やde novo変異は、神経系(てんかん)、心血管系(QT延長症候群(LQT))、呼吸器系(嚢胞性線維症(CF))、内分泌系(糖尿病)、泌尿器系(バーター症候群)にわたる疾患の原因となっている。個々のイオンチャネルには、通常、数百もの疾患の原因となる変異が見つかっており、研究および治療において難題となっている。異なるイオンチャネルに共通して適用できる、メカニズムに基づいた根本的な異常の修正方法があれば有利だが、そのような方法は今のところ見つかっていない。
・LQT1およびCFは、それぞれカリウム電位依存性チャネルサブファミリーQメンバー1(KCNQ1)および嚢胞性線維症膜コンダクタンス制御因子(CFTR)チャネルの機能喪失型変異により生じる。LQT1は心臓突然死のリスクを高め、CFは気道粘液のクリアランスを損ない、細菌感染の再発、炎症の制御不能、肺損傷、寿命の低下などを引き起こす。どちらのチャネルも、機能喪失型変異の根底にある顕著なメカニズムは、細胞表面へのチャネル輸送の障害である。Prof. Colecraftらは、この共通のメカニズムを利用して、治療法の開発に適した一般的な細胞生物学的アプローチを開発し、多様なイオンチャネルに適用することを目指した。Prof. Colecraftらは、ナノボディを用いた脱ユビキチン化法を開発し、標的たんぱく質からユビキチン鎖を選択的に除去することで、LQT1やCFの原因となる変異型イオンチャネルの機能発現を回復させることに成功した。
・著者らが作ったのは、OTU deubiquitinase 1(ovarian tumor deubiquitinase1)の触媒ユニットをYFPに特異的なナノボディに融合した、YFP標的の人工デユビキチナーゼ(enDUB-O1)である。LQT1の原因となるトラフィッキング欠損変異型KCNQ1チャネルのうちの一部は、このenDUB-O1と共発現させることで、KCNQ1電流が完全に回復した。これはKCNQ1トラフィッキング欠損変異の一部がKCNQ1分子の細胞膜発現を減少させていることに起因しており、enDUB-O1が変異KCNQ1の細胞膜発現を上昇させていることを意味していると考えられる。
・著者らは、CFTR の機能喪失型変異に起因する壊滅的な単発性疾患である CF にも注目した。CFTR には 2,000 以上の変異があり、その多くはフォールディングやトラフィッキングの障害(クラス II)や細胞膜安定性の低下(クラス VI)によりチャネル表面密度を低下させている。ハイスループット・スクリーニングによる薬理学的シャペロン(補正剤)とゲーティング修飾剤(増強剤)の発見により、ホモ接合型ΔF508変異の治療薬としてlumacaftor(VX-809、補正剤)とivacaftor(VX-770、増強剤)からなる併用療法、OrkambiがFDAにより承認されている。しかし、Orkambiの臨床効果はしばしば最適ではなく、相当数のCFTR変異患者が現在のモジュレータに抵抗性を示しており、補完的な治療法の開発が急務であることが強調されている。
・著者らは、ユビキチン特異的プロテアーゼUSP21の触媒成分をYFPに特異的なナノボディに融合した、第2のYFP標的の人工デユビキチナーゼenDUB(enDUB-U21)を用いた。VX-809とenDUB-U21の共投与により、変異CFTR表面密度の相乗的な救済が得られた。また、一部の変異CFTR発現細胞において、enDUB-U21 とOrkambiの共投与は、CFTR電流を大幅に増加させることが分かった。
パイプライン:未開示
コメント:
・イオンチャネル変異によって起こる疾患の中で、変異でイオンチャネルの機能は変わっていないが、変異していることで異常たんぱく質として生体内で認識され、ポリユビキチン化されて分解されてしまっているたんぱく質をレスキューし、細胞膜発現させることで疾患を治療しようとするアプローチ。論文中ではQT延長症候群や嚢胞性線維症を対象としてコンセプト証明を行っているが、同じような希少疾患はまだ他にもありそうだ。
・DUBを認識するドラッガブルな低分子リガンドが見つかっているかどうかがキーだが、現在取り組んでいる途中のようだ。また、このコンセプトに使えるDUBと使えないDUBの判別も必要になるだろう。標的たんぱく質分解誘導薬では、ユビキチンE3リガーゼ認識リガンドは限定されているし、使えるE3リガーゼも限定されている。
・標的たんぱく質分解誘導薬もそうだが、低分子化合物といいながら、まあまあ分子サイズが大きくなっていることがある。分子サイズが大きくなると生体内での安定性や分布に障害となることが多い。どのような物性、サイズの化合物が作れるかもキーの一つになるだろう。
キーワード:
・標的たんぱく質安定化薬
・脱ユビキチン化酵素
・低分子化合物
・希少疾患
・イオンチャネル病(channelopathy)
免責事項:
正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対してもケンは責任をとれません。よろしくお願いします。
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