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Vigil Neuroscience (Cambridge, MA, USA) ーケンのバイオベンチャー探索(第198回)ー


脳内の免疫細胞であるミクログリアの機能を調節するターゲット分子に着目し、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患の治療薬創製を目指すバイオベンチャー


ホームページ:https://www.vigilneuro.com/


背景とテクノロジー:

・アルツハイマー病の原因遺伝子としては、家族性アルツハイマー病で変異が見つかっているアミロイド前駆たんぱく質(APP)や、そのAPPを切断する酵素の主体であるプレセニリンなどが同定されている。しかし、アミロイドβを除去する目的で作られた抗アミロイドβ抗体は、現在のところアルツハイマー病において確実な認知機能改善効果を示すに至っていない。バイオジェン/エーザイの抗アミロイドβ抗体アデュカヌマブが1勝1敗のP3治験結果でFDAに申請したが、2020年11月6日のFDA諮問委員会では有効性を十分に証明できなかったとの見解に8票、証明できたとの見解に1票、判断保留に2票という結果となった(参考)。また、APP切断酵素であるγセクレターゼやBACEの阻害剤も今のところ、臨床において認知機能改善効果を示せていない。


・ このようにアルツハイマー病治療薬の開発失敗が続いている中、原因とされるアミロイドβ以外に着目したアプローチが注目されている。その中でも多いのが神経免疫に着目した創薬である。Denali Therapeuticsは、ミクログリアによる炎症反応を阻害するRIPK1阻害剤をアルツハイマー病・ALSを適応として開発している。一方、Alectorは、ミクログリアの貪食能を活性化させることで、アミロイドβなどの変性たんぱく質がミクログリアに取り込まれ、変性たんぱく質の分解が促進されることでアルツハイマー病に効果を持つというメカニズムの創薬を行っている。また、GliaCureは、ミクログリアに発現する、プリン受容体の一つであるP2Y6受容体に作用する低分子化合物をアルツハイマー病を適応として開発している。この化合物によりミクログリアは貪食能が活性化され、アミロイドβが貪食され、脳内アミロイドβ量が減少する。


・今回紹介するVigil Neuroscienceも神経免疫に着目した神経変性疾患創薬を行っているバイオベンチャーである。ミクログリアは脳内の免疫を司る細胞である。ミクログリアは神経活動の変化のモニタリング、学習と記憶の調節、脳実質における局所的な貪食細胞やダメージセンサーとしての役割など、複数の機能を果たしている。加えて、アルツハイマー病やパーキンソン病では、ミクログリアとニューロンの相互作用が障害されて神経変性を引き起こす可能性が指摘されてきている。また、アルツハイマー病やパーキンソン病で観察される慢性的なミトコンドリア機能不全がミクログリアの脂質代謝を損なうことで、ミクログリアの神経機能の監視・制御能力を損なうのではないかという仮説がある。これらの仮説を支持して、triggering receptor expressed on myeloid cells 2 (TREM2)、apolipoprotein E (ApoE)、GBA1、stearoyl-CoA-desaturase (SCD)など、様々なアルツハイマー病やパーキンソン病の危険因子として脂質代謝を調節する分子が報告されている。


・なかでもTREM2は、そのシグナル伝達により、ミクログリアが表現型を変化させ、恒常的な休止期から疾患関連ミクログリア(DAM)と呼ばれる活性化期へと進行することに関与することが示されている。TREM2が機能していない動物のミクログリアは、完全に活性化したDAMの表現型に変換することができず、その結果、神経変性の表現型が悪化する。


・Amgenの子会社であるdeCODE Geneticsは、TREM2遺伝子に変異がある患者はアルツハイマー病を発症する可能性が3倍高いことを明らかにした。AmgenではTREM2をターゲット分子とした創薬が行われてきたようだが、Vigil Neuroscienceはこの治療薬候補(VGL101)を買い取ることでスタートしたバイオベンチャーである。Vigil Neuroscienceは、現在TREM2などのミクログリアの機能に関わる分子を標的とした創薬を行っている。ミクログリア機能障害に関連した遺伝的変異が知られている患者さんのセグメントから始め、より広範な疾患(孤発性の神経変性疾患)へと拡大していくことで、一般的な神経変性疾患に対する治療薬創製を目指している。


パイプライン:

VGL101

TREM2を標的とした完全ヒト型の高活性モノクローナル抗体アゴニスト。

開発中の適応症

・前臨床研究段階

ミクログリア機能障害を持つ希少疾患


低分子化合物プログラム

効力、溶解性、経口バイオアベイラビリティー、中枢神経系への取り込み性などの魅力的なプロファイルを持つ、ヒトTREM2のファーストインクラスの新規アゴニスト。

開発中の適応症

・開発ステージ不明

一般的な神経変性疾患


新規ターゲット分子と新規適応症

ミクログリアの生理機能を調節するターゲット分子やミクログリア疾患の評価


コメント:

・TREM2はAlectorも着目し、アゴニスト抗体を開発しているようだが、その機能については分かっていないことが多い。TREM2の機能について報告されていることの一部を記載:

TREM2のリガンドは、細菌の生成物、DNA、リポタンパク質、およびリン脂質を含む形質膜に遊離および結合したアニオン性分子群(例:リポ多糖類(LPS))である。TREM2自身は免疫グロブリンファミリーの膜貫通型受容体で、膜貫通領域から下の部分でアダプターたんぱく質DNAX activation protein 12(DAP12)およびDAP10と結合している。TREM2にリガンドが結合すると、これらの共受容体はリン酸化され、細胞内シグナル伝達機構をリクルートする。DAP12は、TYROたんぱく質チロシンキナーゼ結合タンパク質(TYROBP)としても知られているが、DAP10はPI 3-kinaseをリクルートすることによってシグナル伝達を促進するのに対し、DAP12はスプレンチロシンキナーゼSykの活性化を媒介している。TREM2は、ヒトのミクログリアに加えて、脂肪組織、副腎、胎盤のマクロファージでも発現している。TREM2は、ミクログリアやアストロサイトが介在する過剰なシナプスの除去によって神経回路を形成するプロセスであるシナプス剪定に関与している。通常は貪食性ではない細胞、例えばCHO細胞におけるTREM2の過剰発現は、バクテリア、リポタンパク質、および細胞デブリの貪食を誘導した。アルツハイマー病モデルマウスにおいて、ミクログリアでヒトTREM2を過剰発現させると、プラーク負荷と認知機能障害を含む病理学的表現型を改善した。


・ミクログリアをターゲットとした創薬としてはCSF1RやRIPK1など他のターゲット分子のプログラムも含めて、メガファーマやバイオベンチャーなど様々な会社で進められており、そのうち神経変性疾患への効果があるか分かってくるだろう。ただ、長期の経過を経て発症するような疾患、具体的には孤発性アルツハイマー病、パーキンソン病などは発症後の治療では手遅れという可能性も十分に考えられる。これらの疾患については病気の原因からのアプローチ以外に、神経再生を含む異なるアプローチからの治療法開発も注目される。



キーワード:

・神経変性疾患(アルツハイマー病、パーキンソン病)

・ミクログリア

・抗体医薬品

・低分子化合物


免責事項:

正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対してもケンは責任をとれません。よろしくお願いします。

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