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Black Diamond Therapeutics (Cambridge, MA, USA) ーケンのバイオベンチャー探索(第176回)ー

更新日:2020年8月15日


がんの原因となる遺伝子変異の中から、たんぱく質の構造変化を伴う遺伝子変異を見つけ出し、変異ファミリーとして分類、目的とする変異ファミリーのみを阻害するように設計された単一の低分子化合物を探し出すアプローチを用いて新たながん治療薬を開発するバイオベンチャー



背景とテクノロジー:

・キナーゼ阻害剤、プロテアソーム阻害剤などの分子標的薬のがん治療薬が成功をおさめたことで、患者さん一人ひとりのがんを分子レベル・ゲノムDNAレベルで解析し、その結果に基づいて治療薬を選択する治療法が標準治療の一部となってきている。


・これらの分子標的薬の成功にもかかわらず、最近の分析によると、転移性がん患者のうち、承認された精密がん治療薬による治療の対象となりうる遺伝子プロファイルを有する腫瘍を有する患者はわずか9%にすぎないことが明らかになっている。


・がんの遺伝子配列解析はますます普及しており、これまで治療の対象とされていなかったり、標的とされていなかったり、見落とされていた複数の遺伝子変化が発見されるようになっている。さらに、遺伝子配列解析の進歩と、がんの原因となる遺伝子変化の理解が深まったことで、腫瘍や組織にとらわれない方法で、より正確な抗がん剤開発が可能になっている。


・例えば、ネオアンチゲン療法は、がん細胞のみにおいて起こった新規のゲノム変異から転写翻訳されたたんぱく質の断片(ネオアンチゲン)を、患者さん自身のT細胞に認識させる方法(ネオアンチゲンのワクチン療法)や、ネオアンチゲンを認識するT細胞受容体を発現するT細胞を単離し移植するネオアンチゲンのT細胞療法などがある。まだネオアンチゲン療法で承認されている治療薬はないが、Neon Therapeutics(2020年5月にBioNTechにより買収(参考))や、Gritstone OncologyGenoceaなどがネオアンチゲン療法の開発を行っている。


・今回紹介するBlack Diamond Therapeuticsは、新たながん治療薬を探索するMAP(Mutation-Allostery-Pharmacology)プラットフォームという技術を保有しているバイオベンチャーである。MAPプラットフォームでは、がんの原因となる遺伝子変異の中から、たんぱく質の構造変化(アロステリック変異)を伴う遺伝子変異を見つけ出し、変異ファミリーとして分類する。そして、目的とする変異ファミリーのみを阻害するように設計された単一の低分子化合物を探し出すというアプローチである。


・MAPプラットフォームは以下の3段階からなる

アルゴリズムによる遺伝子変異の病原性予測(Mutation):

集団レベルの遺伝子配列データを包括的に解析することで、単一遺伝子内の何百ものユニークな変化の中から発がん性のある変異を特定する。MAPプラットフォームアルゴリズムは、遺伝学的特徴とプロテオミクス的特徴を用いて、発がん性の可能性のある突然変異をランク付けする。このアルゴリズムを機械学習ツールとして使用して、突然変異を病原性または良性のどちらかに分類し、突然変異が病原性である確率(MAPスコア)を予測する。

たんぱく質構造に基づいた変異ファミリーの分類(Allostery):

細胞モデルや腫瘍モデルを用いて、同定された突然変異の発がん性を確認し、これらの突然変異がどのようにしてタンパク質の構造変化を促進するかを明らかにしている。これにより、類似したタンパク質構造と共有された選択性プロファイルに基づいて、突然変異のサブセットをファミリーにグループ化する。

低分子化合物の探索(Pharmacology):

これらの共通の特性を利用して、目的とする変異ファミリーのみを阻害し、変異していない野生型たんぱく質は阻害しないように設計された単一の低分子製品候補を探索・開発する。


・例えば、キナーゼ阻害剤の場合、キナーゼのATP結合サイトに結合する化合物が多いが、Black Diamondの場合、ATP結合サイト以外のキナーゼドメインや細胞外ドメインにあるがん特異的変異の中から、キナーゼたんぱく質の構造変化を起こす変異を見つけ出し、同じような構造変化を起こす変異をファミリーとして分類する。この同じような構造変化をしたたんぱく質に対して作用する低分子化合物を探索する。

パイプライン:

BDTX-189

ErbBキナーゼであるEGFRやHER2の発がん性ドライバー変異を標的とした、経口的に入手可能な非可逆的な低分子阻害剤。HER2の細胞外ドメインアロステリック変異、EGFRおよびHER2キナーゼドメインエキソン20挿入、ErbBの追加の活性化がん原性ドライバーなどが含まれる。ErbB受容体は、細胞増殖および生存を含む主要な細胞機能に関与する受容体チロシンキナーゼのグループである。これらの変異は、膀胱がん、乳がん、結腸がん、子宮内膜がん、胃がん、非小細胞肺がんを含む様々な腫瘍型やがんに広く見られる。

開発中の適応症

・Phase I/II

固形がん


BDTX-Glioblastoma

強力でアロステリックEGFR選択的で脳への浸透性を持つように設計された低分子化合物。

グリオブラストーマ腫瘍のほぼ50%は、受容体チロシンキナーゼの細胞外領域に影響を及ぼす1つ以上のアロステリックEGFR変異を発現しており、その結果、発がん性の活性化が促進される。現在の標的治療薬は、(i)個々の患者においてこれらのアロステリックEGFR変異が同時に発現していること、(ii)アロステリックEGFR変異に対する薬効が不十分であること、(iii)脳への浸透性が低いことが原因で、グリオブラストーマの治療には成功していないとBlack Diamondは考えている。

開発中の適応症

・非臨床研究段階(2020年に前臨床研究移行予定)

グリオブラストーマ


コメント:

・キナーゼ阻害剤はATP結合サイトに結合して阻害する化合物が多いが、ATP結合サイトは他のキナーゼと相同性が高い場合が多く、標的分子への選択性を出すのが難しいことが多い。その点、アロステリック変異によって構造変化を起こした標的分子のみ阻害する場合は、標的分子への選択性を出しやすい可能性が高く、副作用の軽減、それに伴う用量増加による効果の増強が期待される。


キーワード:

・がん

・低分子化合物

・アロステリック変異

・キナーゼ阻害薬


免責事項:

正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対しても筆者は責任をとれません。よろしくお願いします。

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