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Frequency Therapeutics (Woburn, MA, USA) ーケンのバイオベンチャー探索(第191回)ー


低分子化合物の合剤による再生医療Progenitor Cell Activation(PCA)というコンセプトの治療薬開発を行っているバイオベンチャー。難聴治療のPhase I/II治験において効果を報告している。



ホームページ:https://www.frequencytx.com/


背景とテクノロジー:

・アルツハイマー病の原因遺伝子としては、家族性アルツハイマー病で変異が見つかっているアミロイド前駆たんぱく質(APP)や、そのAPPを切断する酵素の主体であるプレセニリンなどが同定されている。しかし、アミロイドβを除去する目的で作られた抗アミロイドβ抗体は、現在のところアルツハイマー病において確実な認知機能改善効果を示すに至っていない(バイオジェン/エーザイの抗アミロイドβ抗体アデュカヌマブが1勝1敗のP3治験結果でFDAに申請済み)。また、APP切断酵素であるγセクレターゼやBACEの阻害剤も今のところ、臨床において認知機能改善効果を示せていない。


・このようにアルツハイマー病治療薬の開発失敗が続いている中、その代替手段としてアルツハイマー病を含む認知症の発病リスクを減らすためのアプローチが考えられてきている。幼児教育、中年期の高血圧、肥満、難聴、老年期の喫煙、うつ病、身体活動不活発、糖尿病、社会的孤立などの管理が認知症の予防に有効である可能性がある(参考)。


・このなかで、加齢性の難聴は有効な治療薬がほとんどない。加齢性の難聴は内耳蝸牛内の有毛細胞の脱落によって起こっていると考えられている。脱落した有毛細胞は再生することができないため、治療は難しいと考えられてきた。しかし、近年の組織再生に関する科学の発展によって、治療の可能性が生まれてきている。


・今回紹介するFrequency Therapeuticsは、難聴の治療薬開発を行っているバイオベンチャーで、コンセプトは低分子化合物による再生医療Progenitor Cell Activation(PCA)である。


・音を直接感知する細胞は内耳内にある有毛細胞で、先述したように難聴においてはこの有毛細胞が脱落しているが、その前駆細胞(有毛細胞に分化する前の細胞)は残っていることが明らかになっている。そこでFrequency Therapeuticsでは、この内耳前駆細胞を一時的に活性化、増殖させることで、有毛細胞への分化を促し、内耳組織を再生するというコンセプトで、そのような作用を持つ治療薬の開発を試みている。


・細胞を用いたIn vitroの実験において、Wntシグナルの活性化を引き起こすglycogen synthase kinase-3(GSK3)阻害剤とHistone Deacetylase (HDAC)阻害剤バルプロ酸ナトリウムを共投与するとLgr5(上皮幹細胞マーカー)陽性の内耳前駆細胞が増殖することが確認された(それぞれの化合物単独では増殖しない)(参考)。


・また難聴マウスを用いたin vivoの実験においても、これら2つの低分子化合物を投与すると有毛細胞の増加および全周波数における聴力の回復が確認されている。


パイプライン:

FX-322

glycogen synthase kinase-3(GSK3)阻害剤(新規)とHistone Deacetylase (HDAC)阻害剤バルプロ酸ナトリウムの合剤。鼓室内投与。Phase I/II試験では単回投与で聴力の回復が見られた。現在行われているPhase IIaでは複数回投与との比較(1-4回)が行われている。アメリカ以外の世界における開発権はアステラス製薬が保有。

開発中の適応症

・Phase Iia

難聴


多発性硬化症における再ミエリン化

詳細不明。低分子化合物の合剤。前臨床研究段階。


最近のニュース:

FX-322の米国以外の世界における開発および商業化の権利をアステラス製薬が取得した



コメント:

・治験において聴力が回復していることが確認されているのですでに画期的だが、それがコンセプトどおりに有毛細胞の再生によるものなのかはわからない(確認する方法がない)。もし単回投与で有毛細胞の再生が本当に起こっているとしたら科学的にも画期的な成果だと思う(単回投与でも1−2年後の効果持続の可能性が示されていることから、再生している可能性があると思われる)。


・バルプロ酸ナトリウムは古くからある抗てんかん薬であり安全性が保証されているが、GSK3阻害剤はFrequency Therapeutics開発の化合物。GSK3阻害剤に幹細胞増殖効果があることはよく知られているが、全身投与では毒性の懸念があり、治療薬にはなっていなかった。しかし、耳への局所投与(鼓室内投与)することで全身への作用を回避しながら前駆細胞の増殖を促進することで、可能性が開けた。アイデアそのものは考えつくことは難しくないが、これを実証するのは大変なことだと思う。無事FX-322が難聴治療薬になることを期待する。


・この会社の創業にはMIT教授Robert S. Langerが関わっている。Robert S. Langerは、ハーバード大教授George M. Churchと並ぶアメリカのバイオベンチャーのキーパーソンの一人。

キーワード:

・低分子化合物

・再生医療

・難聴


免責事項:

正確な情報提供を心がけていますが、本内容に基づいた如何なるアクションに対してもケンは責任をとれません。よろしくお願いします。

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